五色の章 十 作戦直前1 耿晨と玲凛
今夜作戦決行です。
粗末な寝室で、耿晨は寝台に腰掛けていた。
後ろから、玲凛の細い指が耿晨の碧の髪を掬う。
手入れをしようと、刀に手を伸ばすと、頭上から玲凛の鈴のような声が飛んできた。
「動かないでったら」
「そんなこと言ったって、もう半刻ほど同じ姿勢でいるんだぞ。限界だ」
「さらに半刻は我慢して貰うわよ。まったく、ザンバラに切っちゃって。せっかく綺麗な髪なのに、手入れも何もあったもんじゃないわよ」
「……すまない」
玲凛の勢いに、もう謝るしかない。
耿晨はされるがままになりながら、何故か早鐘を打つ、自らの鼓動を感じていた。
勢い任せに決まった謀反。
舵を取っているのは、間違いなく耿晨自身だ。
民の為に在ろうと決めた平雍の夜。背負うものはあれど、手を繋ぐ者は蚩尤一人だった。
だが今は玲凛がいて緋雲がいて、松侶もいる。
「仲間、か」
これが、仲間というものなのかと、胸に手を当てて考える。
十六年の短い人生で、初めて感じるぬくもりだった。
「私はさ。自分の力を過信しているわけではないが、どうしても蚩尤以外の人間は護るべき対象にしか見えないんだ」
「確かに、蚩尤は護る必要はなさそうね」
玲凛の冗談めかした口調に、生真面目に頷く。
動かないでったら、とまた怒られる。
「ああ。あいつが死ぬのは自ら望んだときだけだろう。―――――だけど玲凛は他の人に感じるのとは、何か違うんだ。緋雲や松侶にしてもそうだ。私ごときが、護るなんておこがましいような、変な感じだ。こんな気持ち初めてで、こんな風に思わせてくれる人間がいるなんて意外だった。これが、仲間ってものなのかな」
「やだ、耿晨かわいい。今じゃなかったら抱きしめてたわ」
今は髪が乱れるから駄目だけどね、と朗らかに言う。
笑いを含んだような声。鈴の音のように耳に心地よい。
「私は、私なんかが耿晨の仲間を名乗っちゃおこがましいような気がしてるけど?」
「そんなわけないだろう。蚩尤の言っていた通り、玲凛は自分を軽く見すぎだぞ」
(何故王だと名乗り出ない。身を隠さなければならない事情でもあるのか。私では力になれないか)
喉元まで出掛かった言葉を、耿晨は飲み込んだ。
「耿晨はどうして見ず知らずの邑のために命を賭けようとしてるの」
「理不尽を仕方ないと諦めるのは止めたんだ。納得できないから挑むだけのこと。それに、個人的な理由もあるしな」
「個人的な理由?」
「高苑の安寧は、周辺の邑にも及ぶだろう?」
刺客を『高苑からの使者』だと崇斎は言っていた。
「玲凛はどうなんだ? 今回の参戦は玲凛の想いに適っているんだろうか」
耿晨の問いに、小さな沈黙が生まれた。
「私の想いは単純。湖詠に恥じない私でいること、よ。ここで逃げちゃ、湖詠に顔向けできないもの。それに理由ならもう一つあるわ。私不確かなものって信じない性質なんだけど、何故か今回の一件の結末が、陶の未来を変える気がするの。私はそれを見てみたい。刀が持てない私は、あんまり役に立てなくて悔しいけど、最後まで一緒に行かせてね」
あんなに憎んだなずなのに、不思議と怒りが沸いて来なかった。
寧ろ、玲凛を選んだ天に感謝さえしてしまいそうになる。
「―――――玲凛。この件が終わったら、一発殴らせてくれ」
「なんで?!」
文字通り飛び上がって、身を避けた玲凛に、耿晨は声を上げて笑った。
「玲凛はすごいってことだよ」
「何それ? 意味分からないわ。私から見たら耿晨のほうがずっとすごいんだから。私じゃいくら着飾ってもこんなに美人にはなれない」
玲凛が満足げな表情で手鏡を差し向けてきた。
覗き込むと、自分とは思えない少女の姿があった。
玲凛が言うような美人にはとても見えない。
子供が慣れない化粧で遊んだ悲惨な結果のように思えた。
「残念なほど、不細工なんだが」
「何言ってるの。女の私でもときめいちゃうほどよ。耿晨の美的感覚ってずれてるんじゃないの?」
玲凛が思いっきり不愉快げに、耿晨の額を突いた。
女の子同士仲良くなりましたね。




