五色の章 八 松絽と蚩尤
松絽が仲間になりました。
松侶を連れて戻ると、戸をくぐった途端に玲凛の甲高い声が飛んできた。
「あれ?」
玲凛は目を丸くしてこちらを指差している。
指し示す先には松侶。
周囲の注目を気にもしていない様子で、松侶が朗らかに応えた。
「やあ、やっぱりいたね」
驚く耿晨たちを他所に、玲凛は喜色を湛えて、にこにこ微笑む松侶に駆け寄った。
「松侶。どうしてここにいるの」
「偶然面白い二人に遭ってね。付いて来れば玲凛に会えるんじゃないかと思ったんだが、正解だったみたいだね」
「知り合いなの?」
緋雲が目を見張る。
「銭来で追われたのを助けて貰ったの。得体が知れないけど、悪い人じゃないわ。多分」
「随分な言われようだな」
気を害した風もなく、松侶が微笑む。
玲凛と松侶が知り合いだった事実にも驚いたが、同時に耳に残った言葉を耿晨は聞き質した。
「追われてた? 手配書の件か」
「やだ、あれ見たの? そうじゃなくて、ちょっとね……」
バツが悪そうに蟀谷をかく玲凛の姿で、大方が想像できる気がして、笑いを噛み殺しながら訊いた。
「聞かなくても分かる気がするな。どこかのお偉いさんに喧嘩を吹っかけたとか、そんなところだろう」
「正解。耿晨いい勘してるね」
松侶が技とらしく拍手し、玲凛が慌てて言い繕った。
「違うわよ。あれは売られた喧嘩を買っただけよ」
頬を染めて反論する玲凛の一生懸命が姿が可愛らしく、抑えていた笑いがこぼれた。
「予想を裏切らないな、玲凛」
「違うったら。仰命拝紋の餌食になる所だったんだから。正統な防衛行為よ」
玲凛の訴えに、乃器らを始め、数人から納得の息が漏れた。
初めて聞く単語に耿晨は首を傾げた。
問うと玲凛が鼻息も荒く説明をしてくれた。
「それはちょっと、行き過ぎてないか」
「焦ってるんでしょ」
信じられない思いで口にした言葉を、玲凛はあっさり切り捨てた。
乃器も頷いている。
「私だって王を見つけたら玉座の前に突き出してやりた。だからと言って、人としての権利を侵害して良いわけじゃないだろう」
耿晨の口上に、松侶は、ああ、と納得したように頷いた。
「焦ってるというのは、そうじゃなくてね。官吏の多くは地尸だろう。王が身罷って四年が過ぎた。地尸の寿命もそろそろ限界だ」
いつか崇斎から聞いた話を思い出した。地尸に残された時間は長くて五年。
「自分たちの命を惜しんでいるのか」
「そういうことだね」
「浅ましいな」
「到って人間らしいと思うけどね。黙して死を待つと聖人面されるより、よほど理解しやすい」
どこか冷めた松侶の口調は、実感を伴って聞こえた。
常に制服のように笑顔を纏う松侶が見せた、始めての本心からの言葉のようで、耿晨は新鮮な気持ちで琥珀の涼しげな顔を見上げた。
耿晨の視線に気付いたのか、松侶は幾分声の調子を変えると、それにしても、と室内に揃う面々にぐるりと目を這わせた。
「恐ろしく珍しい色が揃ったものだ。それに……」
松侶の目が一人の男に注がれた。
その目はもう笑っていなかった。
「――――――随分と大物も混じっている」
大物、と呼ばれた蚩尤の眉がぴくりと動く。
瞬間、蚩尤の全身から殺気が立ち上った。
「一目で分かったよ。噂どおりの風貌。まるで黒夜の申し子だ」
視覚に捉えれそうな程の濃厚な殺気に臆する風もなく、飄々と松侶が言った。
一触即発の雰囲気に、誰もが戸惑ったように二人の顔を交互に覗いた。
松侶の予想外の言葉に、耿晨も息を呑んだ。
崇斎だけでなく松侶も蚩尤の過去を知っている。
蚩尤とは実は名の知れた人間なのかもしれない。
ただ、崇斎のときと違うのは、蚩尤の反応だった。明らかに松侶を敵視している。
耿晨の目からは、松侶は信頼に値する人物に思える。
今はそれで十分だった。
むしろ、二人の放つ不穏な空気が、皆の心に染み込むほうがやっかいだ。
「なんだ、蚩尤とも知り合いなのか。よくよく縁があるな」
敢えて軽い声で、蚩尤の肩を叩く。
「とにかく皆座ろう。こっちは顕光の承諾を得てきた。そちらの計画を聞かせてくれ」
雰囲気を意に介せず、勢い良く椅子に腰掛ける。
それでも動こうとしない蚩尤に視線を当てたまま、耿晨は鋭く言い放った。
「松侶。蚩尤と一戦交える気があるのか?」
松侶が肩を竦める。
「まさか、私の腕では彼には傷一つ付けられないだろう」
「と、言うわけだ。分かったら個人的な話は後にしろ」
有無を言わさない眼光に、蚩尤はしばし歯噛みをしていたが、やがて後ろ髪を引かれる態で耿晨の背後の壁に背を預けた。
蚩尤が定位置に付いた姿に、皆が決まり悪げに席に付き、円卓を囲んだ。
蚩尤と松絽、不穏な空気です




