五色の章 七 噂の2人連れ
松絽にあいました。
松侶に連れられて居室に現れた顕光は、耿晨の想像に近い、髪に白が混じり始めた、壮年の温厚そうな人物だった。
顕光は二人を見るなり相好を崩した。
「今宵は客が多い。それに見たことも無い美しい色。さながら清水と炎のようですね」
「今日は色んなものに例えられるなあ」
緋雲の溜息に、耿晨が淡く笑む。
「すまないね。害を為す輩じゃないと分かるまでは、顕光殿に会わせるわけにはいかなかったんだよ」
さしてすまないと思ってもいないような笑顔で、松侶が説明した。
「……で、囚われの身の私に、一体なんの御用ですかな」
誘い水に、耿晨は居住まいを正し、ちらりと松侶に視線を向けた。
松侶が肩を竦める。
どうやら場を外す気はないようだ。
「私のことは気にしないで良い。口は固いほうだし、身元も確かだ。ねえ、顕光殿」
「そうですね、居ても害にはならないと思いますよ」
「酷い言われようだな」
松侶の軽口に耿晨は諦めて口を開いた。
「――明日、私が里門からやって来たら、県丞の任を受けてくれるだろうか」
顕光と松侶が目を見張った。
「……里門から、と仰ったか」
「はい」
「宋興を斬るおつもりか」
「……おそらくは、そうなるだろう」
風が窓を叩いた。
顕光は静かに立ち上がり窓を閉めた。
「貴方には、武力によって実権を奪った汚名を強いることになる。貴方の県丞就任が認められる保証もない、極刑に処される可能性も十分にある。それでも民の為、戦って貰いたいと思っている」
押し黙った顕光の背は、深い思考に沈んでいた。
耿晨は、顕光が思考の沼から出てくるのを、辛抱強く待った。
「――勝算はあるのかい」
松侶が訊いた。
「難しいだろうな」
耿晨は素直に応えた。
緋雲が驚いたように顔を上げる。
縋るような紅い瞳に、耿晨は人差し指を唇に当て
「玲凛には内緒だぞ」
と微笑んだ。だから、と顕光に向く
「明日私が来なければ、この会話は忘れて欲しい。夢でも見たと思ってくれれば良い」
「……見たところ、高苑の者ではないようですが」
顕光の問いに首肯する。
「何故、見知らぬ土地の為に命をおかけになる」
「見知らぬ土地じゃないよ」緋雲が声を上げた。
「ここは、陶の国。僕たちの国だ」
へえ、と松侶の琥珀の瞳に、今までとは違う光が煌いた。
「――君たちの目に、この国はどのように見えているのかな」
「……私には、親を亡くした幼子のように見える。里親が出来た人であれば、その子は幸せに育つだろう。だが陶の里親は、禄でもない」
「新しい親が必要だと」
「ああ」
「親とは王じゃないのかな」
問い正す松侶に、耿晨は曖昧に首を振った。
「その王がサボっているんだ。仕方がないだろう」
「成程」
顕光が感慨深げに瞼を落とした。
「……松侶殿と気が合うでしょうな。松侶殿も世を嘆き、王を探して私の元に来られた」
意外な言葉に松侶をまじまじと見据える。
「只者ではない、とは思ったが」
そんな義侠心があるとは思わなかった。
後半部分は心の中だけで呟く。
「私は世を嘆いて行動しているのではないよ。耿晨のように高潔な心根は持ち合わせていない。私の行動は言ってみれば、まあ義理みたいなものだ」
「陶の民として当然の行い、ってこと?」
「違うよ緋雲。もっと個人的なことさ」
にっこり微笑んで口を噤んだ松侶は、どうやらこれ以上の説明をする気はないようだった。
「王の手がかりが高苑にあるのか?」
同じく王を探す者として、耿晨は尋ねた。
不躾な質問かと思ったが、松侶はこだわりなく説明を始めた。
「半年前に来たときに比べ、この辺りの雰囲気が違うんだ。淀苑、荊郷、帯山関などを中心に、民の顔が明るくなっている。
何かね、時代のうねりのようなものを感じるんだ。
そして必ず耳にする、奇妙な二人連れの噂。不思議なことに、彼らに関しては誰もが固く口を閉ざしてしまう。分かったのは男女の二人連れだという情報だけ。だが、彼らのどちらかが王の可能性は高いと思う」
「帯山関……」
「うん。貞州と予州の州境の関所なんだけどね。最近街道を整備して予州からの移民を誘導したり、周囲の邑の警備をしたりと、活発に活動をしているんだ。なかなか聞かない、良い話だろう」
柿茶色の官吏の歪んだ笑みが、脳裏に蘇った。
考えに沈んだ耿晨を、松侶は誤解したようだった。
笑顔の下に真剣さを隠した瞳で訊いて来た。
「もう一度訊くよ。君たちに聖紋は出ているかい」
「……聞いた地名もあるが、悪いが私は王を探す側の人間だ」
松侶の言う、荊郷や帯山関に出現した二人連れは、おそらく耿晨と蚩尤を指しているのだろう。
だが、淀苑は聞き覚えが無い。
何気なく緋雲を盗み見ると、複雑そうな表情を作っていた。
(玲凛と緋雲、か)
思わず笑いを押し殺した。
「だからさっき、聖紋の有無を聞いたんだね。その二人連れじゃないかと思ったんだ」
そんな三人のやり取りを、顕光が眩しそうな表情で見ていた。
顕光の視線に気付いたのか、松侶が気を取り直したように、腰に佩いた刀の柄をなでた。
「随分と話がずれてしまったね。元に戻そう」
松侶が耿晨と緋雲の顔を、順に眺めた。
松侶はたっぷりと時間を取ってから、満足したように微笑んだ。
「―――――私も協力しよう。足手纏いにはならない筈だよ。顕光殿もどうせお受けになるんでしょう」
顕光は振り向くと恭しく拱手した。
「お受けしましょう。但し条件が一つだけ」
「聞こう」
顕光は顔を上げると、真剣な眼差しを耿晨に向けた。
「里門からの来訪者は、必ず耿晨さん、貴方でいて下さい」
「約束しよう。死地に向かう気はない」
安心しました、と顕光は穏やかな笑みを浮かべた。
さて、と耿晨は松侶に向き直る。
「いいのか? 果たすべき義理があるのだろう。こんなところで命を懸けても、私は何も返してやれないぞ」
「私の心中など、気にしなくて良い。単なる義侠心で賭けて良い程、私の命は軽い代物じゃないんだ」
よし、と緋雲が両手を打った。
「話は決まったね。早速皆に報告しよう。きっと喜ぶよ」
松絽も参加します




