表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/66

五色の章 六 君たちに聖紋は出ているかな?

顕光を説得に行きます

語り部ここから耿晨

戸の後ろで玲凛を宥める蚩尤の不器用な声が聞こえてくる。

 玲凛も納得はしているが、蚩尤に指摘されるのは腹立たしいというところだろう。

 あれはあれで気が合っているのだろう、と耿晨は頬を緩ませた。


「玲凛が駄々を捏ねてるね」

 腕の下から緋雲が上目遣いに微笑んできた。

「まあね、可愛いな」

「うん。玲凛は本当に可愛いんだ」

「緋雲に言われたら玲凛も形無しだな」

 不思議そうに首を傾げる緋雲の蜜柑色の頭をガシガシと撫でる。

「緋雲も相当可愛い」

 微笑むと、緋雲が頬を染めて手を振り払った。

「そんなの、嬉しくないよ」

 不満顔で抗議する緋雲に、耿晨は目元を緩めた。


(本当に可愛い二人だ)


一緒にいるだけで、こちらまで晴れやかな気持ちになる。

 戦う力が湧いてくるようだ、と頬を緩めた。


「凄い二人だな」


 独白が口をついて出た。

 緋雲が聞き返すように首を傾げる。

 耿晨は軽く頭を振ると、緋雲の背を優しく促した。


(こんなに早く出会えるとは思っていなかったな)


 耿晨は手配書を思い出していた。


 あの手配書が指していたのは間違いなく玲凛だろう。

 手配書の人物が王だと安易に信じていたわけではなかったが、実際に玲凛に会って、耿晨は何故かしっくりと腑に落ちた。

 確かに玲凛なら、王と間違われても仕方がない。

 いや、もしかすると本当に王なのかもしれない。



 高苑は夜に花咲く白夜の雅。

 そう唄われるに相応しい時間が訪れつつあった。

 通りの灯篭は赤や緑といった様々な色に煌き、今が墨節だと忘れそうになる。


 並んで歩いていると、夜目でも目立つ赤と緑の色が、人目を引いた。

 嫌でも集まる視線に、緋雲を伴に選んだのは、軽率だったかもしれない、とほんの少しだけ後悔した。


 緋雲はそんな視線など気にする風もなく、ゆったりした足取りで進む。

 その後ろを先程の野良猫が付かず離れずで付き従っていた。


 野良猫の揺れる鍵尻尾を眺めていると、緋雲が遠慮がちに呟いた。


「僕、耿晨といると懐かしい気分になるよ。耿晨の記憶の中に、僕はやっぱりいないの」

「ないな」

 目に見えて項垂れる緋雲に、申し訳ない気分になる。

 耿晨は少し取り繕い気味に、けれど本心を口にした。


「でも、私も緋雲といると懐かしさを感じる」

「ほんと?」

 期待を込めて顔を上げる緋雲に、慌てて付け足す。


「尤も、私の場合は理由ははっきりしている。私は森の中で暮らしていたんだが、長い間暮らしていると、森も私を森の一部だと認めてくれるようになる。小さな狸や鳥なんかは、結構顔馴染みになった。緋雲を見ていると、森の友達を思い出す」

「それって……、僕が動物っぽいって言ってる?」

「動物に似ているというよりは、人間臭くない、と言った感じだ」


 緋雲は複雑そうに眉と目を寄せた。


「多分、僕今怒って良い場面だと思うんだけど。不思議と嫌な気はしないなぁ」

「褒めたつもりだぞ。有り難く受け取ってくれ」

 心外な思いでそう告げても、緋雲は納得いかないような顔をしていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 大通りのぶつかる場所に里府りふがあった。

 顕光は今、里正りせいだというから、里府の中に居を構えている筈だった。


耿晨は里の北側の土塁の外に立った。

 介添えが必要かと思ったが、緋雲も難なく上がってきた。


「耿晨、あそこ」


 声を顰めて、緋雲が里府のある一点を指差した。

 西際の窓から漏れ出した灯が、闇を薄めていた。


 近づいてみると玻璃ガラスを嵌め込んだ吐き出し窓で、施錠もされていない。

 玻璃越しに中を窺ってみる。

 人の気配はするものの、目が捉える範囲には人影はなかった。


 親指を立てて玻璃の奥を指差した。


「行こう」


 口の形だけで伝え、窓を押して足を踏み入れた。


 その瞬間、ふっと居室へやの灯が消えた。


 反射的に、緋雲を壁に押し付ける。

 辺りは闇。

 完全に視野を奪われた中、背後に気配を感じた。


 刹那。――――――空気が切り裂かれた。


 抜刀する余裕は無かった。

 鞘から僅かに刀を引き抜き、刀身で斬撃を受け止める。

 手首が痺れる程の衝撃が襲う。

 鋼の蒔いた火花が、一瞬寄せ手の輪郭を浮かび上がらせた。


 後方に飛び退きながら、双刀を鞘走らせる。

 抜刀が産んだ小さな火花は、闇の潜む剣客に自分の居場所を伝えてしまった。


失態に舌打ちする間もなく、二撃目が飛んできた。

 翠糸が一房宙に落ちる。

 身を反らせ避けると同時にかけた足払いは、僅かに相手の裾を掠った。


(速い)


 崩れた態勢の頭上に刀が振り下ろされる。

 耿晨は交差させた双刀で受け止めた。

 敵の刀身を挟んだ双刀が、鋼の擦れる甲高い音を響かせた。

 双刀を持つ手に力を込め、一息で両手を広げ下ろす。敵の刀を弾き飛ばす、双刀特有の技だ。

 だが相手の刀を弾き飛ばす直前に、手に伝わる抵抗が消えた。


耿晨は気配と音を頼りに、一気に間合いを詰める。

 一合、二合、切り結び、互いに飛び退って距離を取った。


 着地する振動と伴に、一瞬に凪いだ空気。


 闇が静寂を落とした。


 一切の光のない部屋の中、互いの息遣いだけが空気を揺らした。


――――――数手刃を合わせれば実力は分かる。

 闇の向こうにいる剣客は、耿晨の腕と拮抗している。

 ここが屋外であればまだしも、狭い居室の中では、機動力を武器にする耿晨は本来の力が出せない。


(私がやや不利か。だが……)


耿晨は全身の肌で室内の空気を確かめる。


数刻の沈黙の後、どちらからともなく、――――――刀を鞘に戻した。


 暗闇の奥から、くすりと笑む音と一緒に、場違いに明るい声が聞こえた。


「刺客じゃないみたいだね」


――――――――――――――――――――――――――――――


 再び明るくなった居室には、琥珀色の優男が人好きのする笑みを浮かべて立っていた。

 年は二十歳を越えた辺りだろうか。

 身なりはかなり良い部類に入るだろう。


(ではこの男が顕光か?)


 無意識に壮年の男性を想像していたため、耿晨は内心驚いた。

 道を知り、民から慕われる為政者と、目の前の男が結びつかない。

 ふと、男の高級そうな絹の袍の裾に裂け目があるのに気付き、耿晨は素直に詫びた。


「すまない。袍を駄目にしてしまったようだな」


 男は明朗な笑顔を見せた。


「いや。刺客と誤解した私のせいだよ。君こそ怪我はないかい。っと、君ほどの腕の人に聞くのも失礼かな」

「それは嘘だろう」


 男の目を真っ直ぐに見ながら耿晨が断言した。

 男は瞬いた後、可笑しそうに目を細める。


「どうしてそう思うんだい?」

「最初から殺気がなかった。私に殺気がないのに気付いてから、というなら分かるが、一太刀目からだったからな」


 男は軽く声をあげて笑った。

「成程。たいしたお嬢さんだ」


 否定しないんだな、と耿晨は奇妙な思いで男の整った笑顔を見詰めた。

 男は二人に椅子を勧めながら、長椅子にゆったり腰をかけた。


「それで。何の用でこんな所に忍んで来たのかな」

「顕光という人に会いに来たのだが」


 男は首を傾げて微笑んだ。


「ここは顕光の居宅すまいだと思ったが」

「でもあなたは顕光じゃないだろう。奥に人の気配がある。その方が顕光じゃないのか?」


 男は大きく笑って、降参の形に両手を挙げた。


「参ったよ、正解だ。用件を聞いてからと思ったんだが仕方ない。待っててごらん。今顕光殿を連れてきて上げる」


 あっさりと認めると、男は立ち上がり、軽い足取りで奥に向かった。

 その細い背に、緋雲が声を掛けた。


「ねえ。お兄さんの名前は何ていうの?」

「そうだねぇ。教える前に、私も一つ質問していいかな」


 二人が無言で頷く姿を、男は満足そうに眺めて、不思議な笑みを浮かべた。


「君たちに聖紋せいもんは出ているかな?」

聞き覚えのある台詞ですね

覚えてない方は紫紺の章六をご覧ください

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ