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五色の章 五 円卓囲んで作戦会議

謀反を起こす作戦会議です

 耿晨は正面の椅子に座り、先程まで腰掛けていた円卓に片肘を付くと、もう一方の手で誰にでもなく席を勧めた。


蚩尤がその後ろに付き従うように仁王立ちする。


「宋興を討てばその後はどうなる?」


 耿晨の問いに、最初に席に着いたのは乃器だった。


現貞州牧ていしゅうぼくは地方に関心のない方だ。県令が欠けば、慣例どおり、県丞けんじょうが持ち上がりで県令に叙される。つまり県丞である文城ぶんじょうが実権を握るでしょう」

「文城とはどんな人物なんだ」


 耿晨の問いに、舌打ちしながら大維が乱暴に席に着いた。

 それに釣られて邑人たちも椅子の背を引いた。


「宋興と変わらない獣だ。奴さん、宋興が死んだと知れば小躍りして喜ぶぞ」

「ふむ。宋興を討つだけでは事足りないのか。ちょっと厄介だな。なんせこっちは二人だ」

「反対勢力はないのか?」

 蚩尤が問う。


「昔はあったが、全部粛清された。顕光けんこう様がいらっしゃった頃は、まだ此処まで荒れては無かったんだ」

「顕光様とは?」


 玲凛たちの存在を無視して、着々と進む話に、玲凛が会話を遮った。


「ちょっと待ってよ。余所者だって言うなら、私にも手伝わせてよ」


 卓子を囲む六つの顔が一斉に玲凛に向いた。

 まだいたのか、とでも言いたげな視線に、むっとする。

 壁に背を持たれていた蚩尤が、ゆっくり組んでいた腕を解いた。


「足手纏いだ。分かったら出て行ってくれ」


(そんなこと……)


 玲凛は大股で円卓の前に来ると、力いっぱい卓を叩いた。


「分かるわけ、ないでしょうがあっ」


 あまりの大声に、大維と乃器が慌てて情けない声を出す。


「頼むから静かにしてくれよ……」


 肩で息をする玲凛を、蚩尤が呆然と見返してきた。


「まあまあ玲凛」

「緋雲は黙ってて」


 ぴしゃりと言い捨てる。

 捨てられた子犬のような目でうな垂れる緋雲の視線を受けて、耿晨が仕方のない奴だと言うように、ふう、と溜息をついた。


「すまない玲凛、緋雲。こいつの言葉は分かり難いんだ。通訳するとだな、蚩尤は二人を気に入ったと言っているんだ」

「はあ?」

「死なせたくないと思うほど、気に入ってしまったんだよ。不器用な男なんだ、分かってやってくれ。な、蚩尤」

「……お前らは次の時代に必要な命だ」


 玲凛は呆れて腰に手を当てた。


「あなたに命の重さを量ってもらわなくても結構よ。命の駆け時くらい自分で決めるわ」

「自分を軽く見るな。相手構わず食ってかかる度胸、空尸湖詠仕込の知識、見知らぬ邑の為に義憤に燃える心根、天狗を従わせる霊力。どこをとっても俺には、失って良い命とは思えん」


 不機嫌そうな、だがまっすぐに真摯な漆黒の瞳に、怒りが吸い込まれていく。

 赤面して黙り込んだ玲凛に、耿晨の柔らかい声がかかる。


「今回私たちは、どう贔屓目に見ても分が悪い。自分の身は護れるつもりだが、退き時を間違えればそれすら危うい。他人を護る余裕が全くないんだ。気持ちは分かるが、ここは任せてくれないか」


 確かに玲凛には刀は握れない。

 反論の余地のない静かな声に、小さく肩を落とす。

 後ろから緋雲が柔らかく諭した。


「耿晨の言う通りだよ。今の僕たちは役立たずだ。大人しくしてよう?」


 味方が一人もいなくなって、玲凛は鼻息を荒くした。


「分かった。大人しくしてる。でも出て行かないわ。貴方たちが勝手にするって言うなら、私だって勝手に此処にいるんだから」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 玲凛は居間の片隅につったって、話に耳を傾けてつつも、奇妙な二人組みを観察していた。


一見すると主従関係。


 だが二人の気安さを見ると、一概にそうは言えない。

 兄妹というには年が離れすぎている。

 何より二人を包む、溶け込むような一体感。


「顕光様は以前、県丞をされていた方ですが、二年前に宋興に諫言して罷免されました。今は北東にある無人の里に一人でお住まいです。宋興に楯突いてなお、命を奪われなかったのは、一重に顕光様の人望の為です。流石の宋興も顕光様を処刑されるのには躊躇われました」


 乃器の説明に、耿晨は真剣な表情で聞き入っている。


「民に慕われていたんだな。その方の周りに反対勢力が集まっていたりはしないだろうか」


 乃器は首を振った。分からない、という意味らしい。

 考え込んでいた大維が口を開く。


「おそらく、ないな。顕光様のいる里門りもんには門衞もんいが張り付いている。ほぼ軟禁状態なんだ。目を付けられるから、誰も近寄らない」


 宋興を討っても無駄、反対勢力もない。

 味方はたった二人。

 玲凛には絶望的な状況のように思えた。

 それなのに、耿晨も蚩尤も気落ちした風もないのは何故だろう。

 一体何故そんなに自信を持っていられるのだろう、と訝しくも、頼もしくも思えた。


 実際、あんなに及び腰だった大維たちにも、活気のようなものが漂っている。

 二人がいるだけで、空気が変わる。


「なんか、凄いねあの二人」

 緋雲が囁いた。玲凛も無言で頷く。


(格が違う)


 今まで感じたことのない、圧倒的な敗北感を玲凛は味わっていた。

 だがそれは、不快な感覚ではなかった。

 ずっと探していたものを、やっと見つけた。そんな気すら覚えた。


「その薬さえなくなりゃ、最悪の事態は免れるんじゃねぇか? 今は宋興はいねぇんだ。警備は手薄じゃねぇのか」


 大維が意見を述べた。それだけで数刻前までは有り得なかった行為だ。


「それは駄目だ。それだと県尉が処罰を受ける。今回の最悪の事態とは、宋興が実権を持ったまま生き残る事態だと心得てくれ」


 実権……。

 耿晨の言葉に、何か閃くものを感じた。玲凛はおずおずと手を上げる。


「ねえ。発言してもいいかしら」

 蚩尤がじろりと睨む。玲凛は負けないように胸を張った。

「勿論、いいよ。何?」

 耿晨が柔らかく微笑で手を差し伸べた。

「県丞の任免も県令の権でしょ。宋興を脅して、文城を罷免させれば良いんじゃない? その後宋興を県令から降ろせばどちらも空席になるわ」


 玲凛の提案に、一同が低い喚声を上げた。蚩尤の深緑の瞳が、初めて優しく緩んだ。

「良い考えだ」

「それならいっそ、次の県丞も任命させれないかな。皆の幸せを考えてくれる人をさ」

 と緋雲も勢いづく。

「顕光様か……。他にいない」


 大維の呟きに皆が力強く頷いた。

 一人首を捻るのは乃器。躊躇いがちに意見した。


「いくら貞州牧とはいえ、事の経緯を知れば、顕光様の県令任命を躊躇われるのではないでしょうか」


 確かに、と場が沈みかけた瞬間、耿晨の明るい声が飛んだ。


「なに、制圧後県府を調べれば、不正の証拠などいくらでも出てこよう」

「混乱に乗じて、証拠を隠滅されないかしら」


 問題提起すると、耿晨が曲げた指を口元に当てて考え込んだ。

 どうやら耿晨の思案するときの癖のようだ。


「女たちを押さえましょう。彼女らは生き証人です。騒ぎの隙に県府の安全な一室に非難させます」

「乃器……お前」

「最早、傍観者などではいられません。信頼できる同僚を、仲間に引き込みます。必ずお役に立ってみせます」

「階級は?」と蚩尤。

両司馬りょうしばです」と乃器が姿勢を正して答えた。


 両司馬。二十五人を束ねる長だ。

 思いがけず、高い地位の男だったのだな、と玲凛は内心驚いた。

 本当に、自分の人を見る目はまだまだだ。


「分かった。乃器に任せる」 


 耿晨は一つ力強く頷くと、さて、と切り口上で勢い良く立ち上がった。


「方向性が出たところで、顕光に会ってくる。彼の同意がなければ話は進まないからな。蚩尤、この計画に必要な条件は?」


 指名された蚩尤が指を折りながら状況を纏めた。


「まず宋興の油断が突けること。宋興を説得する安全な場所と時間を用意できること。更にその場に県令印があること。最後に顕光の同意があること、だな。簡単なようでいて、かなり厳しい。特に三番目が厄介だ」


「そういうわけだ。時間もないから手分けしよう。私は顕光を片付けてくるから、蚩尤は他のを計画しておいてくれ。こっちは一人でいいから、皆は引き続き蚩尤に知恵を貸してくれるか」

「私も行く」


 意識しないうちに、玲凛は手を上げていた。


「説得するんでしょ? 私そういうの得意よ。きっと役に立つから連れて行って」

「いや、でも……」

「僕も行く」

 押しとどめる耿晨の言葉を遮って、緋雲も手を上げた。

 耿晨が困ったように蚩尤を見上げた。


「何度も言わせるな。人数が多い分だけ目立つんだ。護りきれないと分かっていて、荷物を抱え込むわけにはいかない」

「人を物呼ばわりしないで。蚩尤は耿晨を一人で行かせようとした。それって蚩尤がいなくても危険はないって判断したからでしょ。なら私がついて行っても問題ないじゃない」


 陽気に言って、玲凛はさっさと部屋を出て行こうとした。

 呆気にとられる人々の視線の中央を横切って、戸に向かう。


「連れて行くのは一人だ。緋雲おいで」


 耿晨の笑いを含んだ声が背にかかった。


「なんでよ。私が先に言ったの」

 反駁する玲凛に、耿晨が笑顔で訊いた。


「土塁を昇れるか?」

「それは……、頑張るわよ」

「無理するな。緋雲のが適任だろ。それに玲凛は頭が良い。残って他の課題を片付けてくれたほうが助かるんだ。適材適所だよ」


 玲凛が納得する間もなく、耿晨は緋雲の首根っこを掴んで、大股で出て行ってしまった。


大ざっぱすぎる作戦が決まりました。

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