五色の章 三 邑人達の乱入
邑人が乱入してきました。
語り部玲凛
三、四人の男が雪崩れ込んで来た。
皆一様に、当てのいくつも入った粗末な袍を着込んでいる。――――――邑人だ。
相手が邑人だと分ったのだろう。
耿晨と蚩尤は刀を鞘に納めた。
一体いつの間に抜刀したのだろう、と驚く。
気がついたつきには、玲凛と緋雲は耿晨の背に庇われていた。
耿晨の前には蚩尤の広い背中が立ちはだかっている。
この二人はいったい何者なのだろう。
武人のようだが、どこかに仕官している風もないし、傭兵というには品が良すぎる気がする。
玲凛は奇妙な旅人の背中を、興味深く見詰めた。
「誰だお前たちは」
乱入者が恫喝した。
「気にするな、ただの旅人だ」
耿晨が素っ気無く返す。
「玉葉が戻ってるだろう」
「さあな」
人を喰ったような態度の耿晨に、怯んだ男たちの一人が、拘束され気を失っている県尉を指差し、裏返った声を上げた。
「おい、それ県尉じゃないか」
「ああ、煩かったもんで黙らせた」
事も無げな返事に、どよめきが起こる。
「何てことしてくれたんだ。これでこの里は終わりだ」
「大袈裟な」
耿晨は円卓の上に腰掛けると、鷹揚に足を組んだ。
「余所者が勝手な真似するんじゃねぇ」
「とにかく玉葉を出せ、まだ間に合うかもしれん」
「お前たちも宋興に突き出さにゃならん」
口々に叫ぶ邑人を視線で一舐めして、耿晨が顎で傍らに立つ蚩尤を指した。
「止せ。お前らでこいつに適うわけ無いだろう」
蚩尤が組んでいた腕を解く。
それだけで男たちは一歩後ずさった。耿晨がくすりと笑う。
「構えないでくれ。揉めてたようだから仲裁しただけだ。話を聞かせてくれないか」
耿晨と蚩尤の覇気めいた雰囲気に呑まれ、邑人たちは固まっていた。
口をだらしなく開けて、言葉を発せないでいる様を哀れに思い、玲凛は取り成すように促した。
「県尉が宋興様がどうこうって言っていたけど何者なの?」
玲凛の言葉に、邑人たちがさらに顎を落とした。
「お前たち、宋興が誰だか知らずに楯突いたのか」
別に楯突いた覚えはないけど、という耿晨の言葉は無視された。
「宋興はここ高苑の県令だ。高苑じゃ宋興に逆らえば生きてはいけない。一人逆らえば、連帯責任だと平気で里一つ潰してしまうような獣だ」
「その獣に玉葉は仕えているの?」
「仕えてるんじゃねえ。囲われてるんだ」
「囲われてる?」
玲凛が眉を上げる。
「可哀相だが、目を付けられた玉葉が悪い。宋興の輿が通るときに、迂闊に出歩いた玉葉の落ち度だ」
「何よそれ。たったそれだけで」
いくら政が乱れようと、歩いているだけで、無理やり手篭めにされるなど聞いたこともない。
「良いんです。私戻ります」
振り向くと、居間の入り口で、真っ青な顔をした玉葉が壁に手を付き、体を支えるようにして立っていた。
「玉葉さん」
駆け寄る緋雲の手を制し、一同が見詰める中、玉葉はよろよろと部屋の中央まで歩いてきた。
「ごめんなさい大維。私戻りますから」
大維と呼ばれた男は、苦しげに目を伏せる。
他の男たちも辛そうに玉葉から視線を外し俯く。
「すまない玉葉。里の為なんだ。堪えてくれ」
玉葉は色を無くした顔で、全てを飲み込んだように頷いた。
「分かってます。お母さんに一目会えたから、もう思い残すことはないわ」
安堵したように、けれど労うように玉葉の肩を叩く男たちを見て、玲凛は声を上げた。
「何よそれ。逃がしてあげようとは思わないの? 同じ里の仲間でしょ」
「余所者は黙ってろ」
玲凛の訴えを大維が一括した。
玲凛を見返す目に怒りが宿っている。
その暗い瞳に思わず二の句を呑んだ。
「助けてくれてありがとう。でも本当にこれで良いんです」
「そんな」
全てを甘受した顔で微笑む玉葉の二の腕を掴む。枝のように細く華奢な腕。
(こんな華奢な身体で……)
憐憫に胸が震えたとき、在らぬほうから声が飛んできた。
「宋興様は明後日までお戻りにならん」
振り向くと、県尉が目を覚ましていた。
自由を奪われた身体で、目だけこちらを向いている。
「宋興様は明後日までお戻りにならん。明後日の月が沈む前までに戻れば、何も無かったのと同じにしてやる」
意外な申し出に玲凛が瞬く。
緋雲がきょとんとした顔で県尉の前に歩み寄ると、座り込んで目線を合わせた。
「お兄さんは協力してくれても、他の県尉さんたちが脱走に気付いてるんじゃないの?」
「誰が態々、首を刎ねられると分かってて、脱走を許した失態を自ら報告するんだ」
「た、確かにそうだ。良かったな玉葉」
大維が安堵の息をつくと、玉葉は額に汗をにじませて頷いた。
そこに来て、玲凛は玉葉の異常に気付いた。
掴む腕が冷たい。発汗も異常な上、息も荒く、血の気の失せた顔。
問いただそうと口を開きかけたとき、今まで無言で事の成り行きを見ていた耿晨が口を開いた。
「では、こういうのはどうだろう。宋興とやらが不在の間に二人の賊が官邸に押し入り、玉葉を連れて逃げた」
全員の呆気にとられた視線を集めて、耿晨がくるりと目を動かした。
自分の髪を一つまみ掴んで、悪戯っ子のように微笑んだ。
「こんな色の人間、この邑にはいない。賊が余所者なのは明白だろう」
「……耿晨、あなた今。さらっととんでもない話を口にしなかった?」
「流石に玉葉を連れ出すのは難しいが、肝心の玉葉はここにいるんだ。ならばちょっと騒ぎを起こして逃げればいいだけだ」
隔壁の外で落ち合おう、と玉葉に優しい目を向ける耿晨に、全員が目を白黒させるしかない。
蚩尤だけが、腕を組んだまま考え込むような顔をしていた。
既に県城に押し入る算段を頭の中で立てているようにも見える。
(一体何者なんだろう)
新種の生物を見る思いで黒翠の二人の旅人を見やった。
「玲凛よりも、無謀な人間っているんだね」
緋雲が感嘆ともつかない、息を吐いた。
「おかしいな。蚩尤。賛同が得られないぞ。私は何か変なことを言っているのか」
矛先を向けられた蚩尤が、少しの間、考え込んだ。
「官邸か」
蚩尤の呟きを受けた耿晨が一瞬はっとした顔をした。
うっかりと不可触領域に触れてしまったかのような気まずい沈黙が落ちた。
沈黙は、蚩尤の小さな微笑で破られた。
「好きにすれば良い。その代わり、俺にもしものことがあったら、全てを捨てて拓達のもとへ帰るんだ。後のことは拓達に頼んである」
「勝手に何をしてるんだお前は」
耿晨が苦笑気味に肩を竦めて、蚩尤の提案を請け負った。
偉丈夫の了承に、みんなの目に希望の光が灯りかけたとき、県尉が驚愕の声を上げた。
「冗談じゃない。そんな真似されたら、俺たちは全員宋興に殺されちまう」
その言葉に耿晨が目を丸くして、蚩尤を仰ぎ見た。
蚩尤が頷くと耿晨が残念そうに腕を組んだ。
「知ったことか、と言いたいが、そうもいかないな」
「宋興の手下なんぞに温情をくれてやる必要はねぇよ」
耿晨の翻意に大維たちが失望の色を見せた。
もっともな訴えに、玲凛も内心頷く。
だが耿晨は意外な言葉を聞いた、とでも言いたげな顔をした。
「県尉だって、陶の民だろう。本心から宋興に従っているわけじゃない」
「そんなの分かるもんか。こいつらが宋興の命に従って何人殺してきたと思ってるんだ」
いきり立つ大維を耿晨は冷え冷えと見下ろした。
「私の目には、宋興を恐れて玉葉を差し出そうとするお前たちも、命じられて人を斬る県尉と大差ないように見えるがな」
ぐっと大維が怯んだ。
玲凛は頭を殴られたような気がした。
ああそうだ。
と胸に手を当てる。
県尉が望んで人を斬ってきたと誰が言えるだろう。
処刑しなければ自分が殺される。
許されないと分かっていても、自分や愛しい家族を護るため、人を殺さなければならなかったのかもしれない。
ああそうだ。
玲凛は再び心の中で頷く。
どちらかに肩入れすることなく、俯瞰で事態を見れば、耿晨が正しい。
ただ人は、私心がある限り、そんな視点を持つことは不可能だ。
この部屋の中で、他にいったい誰が、県尉の立場で考えれただろうか。
(大器だわ……)
県尉の身体が雷に打たれたようにに震え、がっくりと頭を垂れた。
そのまま、後ろ手に縛られた不自由な姿勢で額づいた。
県尉は無言だったが、額づく床に小さな水滴が滲むのが見えた。
県尉の押し殺した嗚咽が部屋に染みた。
この男は、泣くことすら自分に許せずにいたのかもしれない。
「もういいのっ。私戻りますから」
唐突に腕の中で玉葉は叫んだ。その途端、床に崩れ落ちた。
支えきれず、玲凛も倒れこむ。
息が荒い。意識はあるが、朦朧としているようだ。額に手を当てると、驚くほど冷たい。手首に指をあてがい脈を取る。頼りなげな脈動に眉を顰めた。
(こんなに体温が下がっていて、脈が弱いなんて)
「玉葉さん。どこか痛いところはある?」
玉葉は震えるように首を振った。
(痛みがない。これはまさか……)
玲凛が視線を送ると、蚩尤が心得たように身を起こして玉葉を抱え上げた。
「空いている寝室にお願い。緋雲、宿舎に行って、私の荷物を取ってきて」
手早く指示を出すと、困惑する一同を残して蚩尤の後を追った。
随分と問題の有る邑みたいです




