五色の章 二 とりあえず自己紹介
出会いました。
語り部玲凛
案内された質素な民家に入ると、女は挨拶もそこそこに寝室に足早に向かった。
玲凛は緋雲と顔を見合わせ後を追った。
「お母さん。玉葉よ。分かる?」
呼ばれた先には、寝台に老女が一人横たわっていた。
老女を一目見て、玲凛は眉を顰めた。
血の気のない顔、落ち窪んだ目、浮腫も見受けられ、明らかに病んでいる。
老女の目が細く開いた。玉葉を認めたのか、求めるように蒲団から腕を伸ばす。
その頼りない動きを握り締め、玉葉が嗚咽を漏らしだした。
戸口に立ち尽くしていた玲凛と緋雲は、来たときと同じように顔を見合わせると、そっと寝室を後にした。
廊下に出ると、玲凛は息をついた。
「確かに、あの状態の母親を置いて宮仕えする気にはなれないわよね」
緋雲の返事がないのにいぶかしみ、振り向くと緋雲はぼうっとして突っ立っていた。
「緋雲どうしたの?」
顔の前で掌をふって見せると、我に返ったように、顔をあげた。
「あ、ごめん。えっと。うん。お母さんに会いたくて抜け出してきたんだろうね」
取って付けたような返事に、玲凛は鼻白みながらも、まあいいわ、と歩き出した。
その後を、ぱたぱたと小走りで付いて来る緋雲が小声で訊いてきた。
「玲凛、治して上げられないの?」
玲凛は首を振った。
あれは腑を病んでいる徴だ。それも相当悪い。残された時間は、それ程長くないだろう。
「私は医師じゃないのよ。苦痛を和らげてあげるくらいはできても、あそこまで進行した病、手が出せないわ」
居間に戻ると、蚩尤と呼ばれた偉丈夫が、担いでいた県尉を肩から下ろしていた。
耿晨がくべたのだろう、居間には灯が点っていた。
方卓が主な陶には珍しい円卓のある居間だった。
玲凛たちが戻ったのを見止めて、耿晨が小さく微笑む。
その屈託のない笑顔に、玲凛も柔らかく微笑み返した。
「先刻は助けてくれてありがとう。私は玲凛、こっちは緋雲よ」
「助けたつもりはないよ。話を聞いて県尉に分があると思えば、突き出すから」
ぞっとしない話をにこやかに告げられて、玲凛は引きつりながら乾いた笑みを返した。
「実は私たちも単なる野次馬だから事情は知らないの。玉葉さんが戻ってきたら話を聞いてみましょう」
「事情を知らないで食って掛ってたのか?」
「まあ、堪って奴? 私が向こう見ずなのはいつものことだから。ね、緋雲」
悪戯めいた視線を流すと、緋雲は曖昧に頷いた。
反応の鈍い緋雲を無視して、玲凛が続けた。
「でも、事情を聞きだす前に、手を出しちゃうのも大概だと思うけど」
玲凛の反撃に、耿晨が腕を組んで然りと頷いた。
「そうだろう。こんな乱暴者が傍にいては、私の品位まで疑われてしまうっ痛」
言い終わらないうちに、脳天に蚩尤の拳骨を受け、痛そうに頭をさする。
「命じたのはお前だと思ったが」
憮然とした蚩尤の言葉に、耿晨が小さく舌を出す。
気の置けない風のやり取りを見て、玲凛は思わず噴出した。
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「旅の人?」
「ああ。そちらもかな」
「まあね。それにしても目立つ組み合わせね。貴方たちが二人でいると黒夜と白夜が寄り添っているみたい」
耿晨の銀碧の髪は、晴れた日の空に似ている。
「そちらも相当なものだぞ? 葡萄と蜜柑みたいで美味しそうだ」
玲凛はあはは、と奇麗な撥音で笑った。
「まさか食べ物に例えられるとは思わなかったわ。ねえ緋雲?」
同意を求めて眺めた緋雲は、視線を耿晨に向けたまま、相変わらずぼんやりとした表情をしていた。
「緋雲?」
再度呼ぶと、緋雲は我に返ったように二、三度瞬きをして、顎に手を当てて首を捻った。
「どうしちゃったのよ」
ううん。と考え込む赤髪の少年に、三人の視線が集まる。
やがて緋雲は、あのですね、と切り出した。
「僕、耿晨に会ったことないですか?」
「いや、ないと思うが」
奇妙な言い回しに戸惑ったような顔をしながらも、耿晨が生真面目に答えた。
「本当? 緋雲。何か思い出したの?」
「ううん。ただなんとなく変な感じ」
「変って?」
「ええと、懐かしいって感じに似てるかも」
「すごいじゃない! ねえ、耿晨何か思い出さない? お願い、大事なことなの」
「お願い耿晨」
両手を合わせ、喜色を湛えて詰め寄ると、耿晨は慌てて押し戻すように両手を上げた。
「ちょ、ちょっと待った。それってつまり」
「緋雲には記憶がないのか?」
後半部分を蚩尤が受け持った。
玲凛と緋雲は力強く頷く。
期待を込めた視線を注ぐと、耿晨は何度か瞬いた。
腕を組んで繁々と緋雲を見詰める。
「駄目だ。思い出せない。そもそもこんな美しい色、一度見たら忘れないと思うんだが。蚩尤お前はどうだ」
話を振られた蚩尤はゆっくり首を振る。
「忘れようのない色だ。おそらく会ったことはあるまい」
「そっか……」
玲凛は肩を落とした。期待した分失望も大きかった。
気を取り直して緋雲に声をかける。
「でも進歩だわ。もしかしたら耿晨と似た色の人と知り合いなのかも。珍しい色だから、脳が混乱しちゃったのかもね」
玲凛の激励に、緋雲は納得いかないように首を垂れたあと、上目遣いで漆黒の偉丈夫を見上げた。
「あのう蚩尤、さん」遠慮がちに問う。
「蚩尤でいい」
「はい。あの蚩尤はもしかして」
言いさしたとき、乱暴に部屋の戸を叩く音が響いた。
耿晨は緋雲の記憶をくすぐる存在みたいです




