五色の章 一 ついに出会いました。
新章です。
やっとここまで来ました。
二人の主人公が出会います
貞州高苑県県城、高苑。
貞州で十本の指にに入る大きなこの邑は、別名白苑とも呼ばれる。
黒夜でも煌々と灯りがともり、まるで白夜のようだと評される、不夜の邑である。
黒夜ともなれば、競うように赤い提灯をともす享楽的な花町の影に、干からびたように草臥れた、貧しい里が並ぶ。光と闇が共存する乾いた邑でもあった。
宿舎を決めた玲凛と緋雲は、月が沈み治安が悪くなる前にと、邑を散策していた。
露天で買ったべっ甲飴を舐めながら、古書店などを覘いては、久しぶりの都会の雰囲気を愉しんでいた。
買い物は一人一つまで、と打ち合わせた通り、緋雲も何を買うべきか吟味すべく、目に付く商店があれば、すぐに飛び込んでいく。
子犬のように、店から店へと飛び回る緋雲に苦笑しつつ、玲凛は組紐屋の軒先を覘いていた。
色取り取りの組紐を眺めていると、背中に衝撃を覚えた。
振り向くと青ざめた顔の女性がいた。
どうやら、夢中になりすぎて呆けていたようで、女性とぶつかってしまったようだった。
「すみません。急いでいたもので」
女性は早口に謝罪を述べると、玲凛の返しも待たず、逃げるようその場を立ち去ろうとした。
なんだか、変わった人だな、と思ったとき、遠くから怒声が飛んできた。
「そこの女、止まれ」
振り向くと県尉が一人、刀を片手にこちらに駆けてきていた。
「ああ……」
先ほどの女性が、絶望的な声を漏らした。
状況が分からず立ち尽くしていると、騒ぎを聞きつけた緋雲が向かいの店から飛び出してきた。
「玲凛、また何かやったの」
「失礼ね、まだ何もしてないわよ」
ぷぅっと、頬を膨らませている内に、目の前に県尉が迫ってきた。
「見ない顔だな」
「まあ、旅の者です」
恫喝めいた誰何の声に、玲凛はけろっと答えた。
「まあ良い。女をこっちに寄越せ」
「寄越せも何も、私の持ち物じゃないわ」
言いながら背後に振り返ると、先ほどの女性が蒼白として震えていた。
縋るような瞳に心が痛む。
県尉に追われているのなら、犯罪者なのだろうが、此処は花街が有名な高苑、単なる犯罪じゃないのかもしれない。
足抜け、という言葉が頭に浮かぶ。
売られた身には同情はするが、余所者が口を出す問題じゃない。
玲凛が身体をずらして県尉に道を開けると、女性が悲愴な瞳を向けてきた。
ごめんなさいね、と心中で詫びる。
玲凛が大人しく道を開けたことで、県尉は余裕を取り戻したのか幾分優しげな口調で女性に語りかけた。
「莫迦な考えは捨ててくれ。お前一人の行動でどれだけの人間が死ぬ羽目になるか分かってるのか」
「お願い、見逃してください。母親を見捨てるなんて無理よ」
「お前が逃げれば、どうせ母親だって死刑になるんだ。短い余生、少しでも長くしてやりたいなら、大人しく戻るんだ」
「嫌よ。私が何をしたって言うの。あなたも県尉なら、邑人を護ってよ」
「こいつ、下手に出てたら付け上がって……」
顔を朱に染めた県尉が大股で掴みかかってきた。
玲凛は無意識の内に女性の手を引っ張り、肩を入れて背に庇っていた。
県尉の恫喝と緋雲の呆れ声が重なった。
「貴様……何のつもりだ」
「玲凛っ、何してるの」
玲凛は頬を掻きながら、乾いた笑いを漏らした。
「あはは……。ごめん緋雲、やっちゃった」
「あはは、じゃないよぅ。助ける理由がないよ。県尉さんのほうが正しいかもしれないでしょ」
緋雲が情けない声で頭を抱える。
「まあそうなんだけどね。勝手に身体が動いちゃったって言うか。ほら、県尉さんが悪人面してるから……思わずさぁ」
玲凛も、言いながら自分の短慮にほとほと呆れていた。
この性格で郷土を追われたというのに、本当に懲りていない自分にがっかりしてしまう。
怒りで膨らんだ県尉が、女を取り返そうと手を伸ばす。
逃れようと一歩下がったとき、――――――ふと顔に影が差した。
横に振り向くと、すぐ傍に一人の小柄な少年が立っていた。
――――――腰に双刀を佩いた、碧銀の髪が風に揺れる。
孔雀石のような濃い翠の双眸に長い睫がかかっているのを見て、少女かもしれない、と思い直す。
少女は不思議そうに、細い首を傾げた。
「県尉が女性を苛めているように見えるのだが」
私の目がおかしいのかな、と生真面目に首を捻る。
「何だお前。何者だ」
「耿晨」
少女は、凄む男に飾りのない応えを返す。
思わぬ助っ人に玲凛は焦った。まだ県尉に非があると決まったわけじゃない。
「えっと、もう県尉が悪ってことにしとく?」
「ぬかせ。俺は県尉だぞ。罪人を取り締まるのが役目だ」
「罪を捏造するの間違いじゃなくって?」
背後の女性が射るように叫んだ。
「その女は宋興様から直々に召上げられたにも関わらず、盗みを働き逃げ出した罪人だ。分かったらさっさとこっちに寄越せ」
「嘘よ。盗んでなんかいないわ」
罵声の応酬に、耿晨と名乗った翠の少女は腰に手を当て、呆れたように首を振った。
「一体どっちが正しいんだ」
耿晨の呆れ声に、県尉が気色ばんだ。
「証拠がある。その簪だ。それは宋興様の持ち物だ」
「宋興が勝手に押し付けてきたのよ」
女の悲痛な訴えに、県尉は勝ち誇ったように口を歪めた。
「言い訳なら後で聞いてやる」
「こんなのいらないわ」
女が綺麗に結い上げられた髪から、簪を抜き取ると、県尉に向かって投げ付けた。
県尉の頬に、簪のつけた朱の線が浮かんだ。
「貴様っ」
怒りに震える県尉が腰に手を伸ばそうとしたとき、黙って成り行きを見ていた耿晨が、よく通る声を上げた。
「あーもう、煩い。話にならん。蚩尤」
耿晨が腰に当てていた手を上げて、鬱陶しげに振った。
応えるように、長身の男が人垣の間から滑り出てきた。
県尉の背後に立ったかと思うと、いきなり県緯の身体が崩れ落ちた。
首に手刀を入れたのだ、と思い至ったときには、意識を失った県尉は男の肩に抱え上げられていた。
土嚢か何かを抱えるような素っ気無い仕草だった。
決して太いとは言えない長躯に秘められた力に唖然とさせられた。
その光景を何のこだわりも無いように眺めていた耿晨は、土埃を被る簪を拾うと、差し出しながら優しく微笑んだ。
「これで静かになった。話を聞かせて貰えるか?」
出会いましたね。
語り部は玲凛でした。




