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紺珠の章 六 豪快なおっさん、現る

建忠さんと同志になりました。

 門衛に書状を預けてから、二刻は過ぎた。


「なんだ、建忠の奴はいないのか」


 びっくりする程の大声が頭上から降ってきた。

 見上げるほどの背丈。

 山のような印象を与える四十半ばほどの男が不満顔で立っていた。


「ええ。建忠さんの使いでやってきました、玲凛です」

「ほう、あんたが玲凛か」


 男が太い眉を持ち上げた。

 口調からして、男は漢張本人なのだろう。

 まさか本人が直々にやってくるとは思わなかった。

 玲凛は自然と一歩後ろに下がった。


「ん? どうした。おっさんが怖いか」

「いえ、水の端から来たので、あまり近くには寄らないほうが良いです」


 ああなるほどね、と男が頷いた。

 男は牛の足のような腕を両腰にあて、胸を張った。


「俺が漢張だ。書状は読ませて貰った」


 朗々と響く声。

 あまりの音量に、一言発せられる度、玲凛の肩はびくっと驚いてしまう。


「結論から言うと、場所が悪い。

 今のままじゃ何やったって焼け石に水ってもんだ」

「えっと……」

「どうしても何とかしたいなら、場所を移して穴を深くするんだな。そうだな」


 漢張はいきなりしゃがみこむと、地面に線を引き出した。

 玲凛も慌てて座り込む。

 漢張は水の端の略地図を描くと、一点に小石をおいた。


「まあ、お勧めはここだな」


 小石は、水の端からかなり離れた場所だった。

 歩くだけで一刻はかかりそうだ。


「そんなに遠かったら、運べないわ」


「屋内化する方法もある。

 そうすれば、まあ今の位置でも良いんじゃないか」


 言いながら、小石を動かし、囲むように四角い線を描いた。


「屋内化って、どの程度の小屋ですか」

「お前さんの背丈の倍くらいだな」


(無理だわ)


「水の端のやつらじゃ無理だろうな」

「ですよね」

「そう落ち込むなって」


 漢張の分厚い手が、玲凛の頭を叩いた。

 それだけで、首から上がもげ落ちそうなほどの衝撃が走った。

 恨めしげに見上げると、漢張は悪びれもせず、がははと喉仏を見せた。


「豪快、以外の形容詞が思いつかないわ」

「なんだぁ?」

「なんでもないです。お陰で気合が入りました」


顔を叩き込んで立ち上がった。

 いまだ屈んだままの漢張に向かい、頭を下げる。


「お手数をおかけしました。残念ですが、諦めて水の端に戻ります」


 漢張は立ち上がると、いてて、と腰を叩いた。

 首を傾けポキポキとならす。


「やけに急ぐじゃねぇか。飯でも食ってゆっくりしていきな。水の端の様子もききてぇし」

「邑門を潜るつもりはありません」

「頑なな嬢ちゃんだな。可愛げがねぇ」


 玲凛の頬に朱がさした。


「建忠さんに釘を刺されてるんですよ。

 それに急いで帰らないと。

 収穫は無いわ、帰りは遅いわじゃ怒られちゃう」


 頬を膨らませる玲凛を、漢張が値踏みするような視線で見てきた。


「小屋だが、確かに農夫にゃ無理だが、俺たちなら朝飯前だ。

 子分を引き連れていきゃ五日もあれば十分だ。どうだ、任せてみないか」


「冗談じゃありません。漢張さんを水の端に近づけるなんて論外です」

「屯には入らなねぇ。ここで」


 と足先で小石をつつき


「作業するだけだ。危険はねぇだろ」


「ありますよ。とにかく駄目です。お気持ちだけ頂いておきます」


 慌てる玲凛の肩を、漢張がバンバンと叩いた。

 漢張は軽く叩いたつもりだろうが、痛みと振動で頭の先まで痺れた。

 このまま漢張と一緒にいたら、バラバラに壊れてしまうんじゃないかと心配になる。


「もちろん無料ただじゃねぇ。

 お前さん、あの病の薬を作れるらしいな。

 その製造方法を教えてくれ。それが対価だ」


「そんなのいつでも教えますよ。元々存在した知識なんだから」


 漢張は分かってねぇな、とでも言いたげに指を立てた。つくねのような指だった。


「今この状況で製造方法を知る人間に価値があんだよ。

 胸を張って交渉の道具にしやがれ」


「赤死狐にしか効かない薬です。

 水の端以外での需要はないでしょう」


 漢張はつくねのような指を、ちっちっち、と左右に振った。


「ところが、だ。他の邑でも同じ病が出ちまったんだな。

 淀苑に来るのも時間の問題だと、今じゃ邑中お祭り騒ぎよ。

 もう淀苑も終わりだって風潮のところ、水の端が突破口を見つけたって言うじゃねぇか。

 淀苑の、いや陶の運命がお前さんたちに乗っかってると言ってもいい。

 おっさんにも一枚噛ませろよ。立派な小屋作ってやるからよ」


「だから、教えるって言ってるでしょ。

 交換条件なんて必要ないって」


「阿呆かお前は。貰えるもんは貰っとけ。損にはならないだろ」


 居心地悪さから俯くと、足元で阿雪が不思議そうな目で見上げてきた。


「薬が出来たら、……売るつもりなの?」

「ああ? そりゃそうだ。人は無料ただじゃ動かねぇよ」


 思いで黙っていると、漢張が揶揄るように唇を上げた。


「ははーん。なるほど。人の不幸で金勘定しやがって、おっさん最低って顔だな」

「そんな風には思ってないけど……」


 胸の内を読まれ、玲凛は力なく否定した。が思い直して顔を上げる。


「――――――――いいえ、そう思ったわ」


 漢張は面倒くさげに見返した。


「若いねぇ。お前さん、今まで何度も建忠に叱られただろう」

「……なんで分かるの」

「分かるさ。自己犠牲こそ正義ってつらしてやがる」


 玲凛は頬を染めて顔を背けた。身に覚えが、ありすぎた。

 阿雪が『その通りなんです。おっさん』というように、尻尾を振り回した。


「お前さんの調子に巻き込まれてるんなら、水の端の奴らが哀れだな」


「どういう意味よ。放っておいたら死ぬのよ。

 何を投げ打ってでも助けたいと思って何が悪いの」


 漢張はつまらなさそうに、小指を耳に突っ込んで聞いていた。

 指を引き抜くと、息を吹きかけて耳垢を飛ばす。


「お前さんがそうしたいなら、すればいい。

 だけどもよ。他人にまで無償の奉仕を強制するのは、独善が過ぎるんじゃねぇか」


 反論しようとした玲凛を「まあ、聞けって」と遮り、大きな手の平で隔壁を叩いた。


「隔壁を作るのに、一番神経を使うのはどこだと思う」


 突然の質問に面食らう。


「土台作りだよ。基盤が緩めば、どんなに上を上等に組み上げても、すぐに壊れちまう」

「それで?」


「人間も同じだ。ここで言う基盤は生活だ。

 てめえの生活が安定してなきゃ、何もできやしねぇ。

 上に立つ人間は、下の者の生活を護るのが一番の仕事だ。

 生活に必要なのは何だ? 金だろ」


 漢張は大仰に両手を開いて見せた。


 この手に掴めない物などないんじゃないか、と思わせる、大きな分厚い手だった。


大工の棟梁は豪快な人みたいです。

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