翡翠の章 十 王を探す旅に出ようと思う
みんなで熊を退治しました。
その夜は、盛大な宴となった。
邑人は里府に集い、自らの武勇伝を肴に熊鍋をつついていた。
俺の矢が熊に止めを刺したのだと大声で威張る陽気な声が里府に響く。
熊肉を頬張り、酒を呑む邑人の、底抜けに明るい笑顔を、耿晨は拓達と並んで眺めていた。
「最初に熊が現れたとき、あいつらなんて言ったと思う」
湯呑みの中の濁り酒を舐めると、拓達が含み笑いをした。
「よっしゃ、今夜は熊鍋だ、だとよ」
「逞しい」
「ちょっと前までなら、他人を押しのけて逃げ出してた連中がだ、鍬を構えながら言うんだぜ」
拓達は目を細めて囲炉裏を囲む邑人を眺めながらそっと言った。
「耿晨と蚩尤のおかげだ。
お前らが平雍に来てくれて良かった。ありがとな」
耿晨は目を見張った。熊鍋を囲む邑人の笑い声が耳に霞む。
「こんな風に皆で何かを成すことも、誰かに感謝されることも、私は始めての経験なんだ」
「ずっと蚩尤と二人だったんだな」
こくんと頷く。
「だから、嬉しい。ありがとう」
「俺に礼を言うことじゃねぇよ」
「私が礼を言いたいんだ。旅に出て良かった。おかげで拓達に出会えた」
まぁ好きにするさ、と笑うと拓達は足元の小石を拾って投げた。
囲炉裏端で鍋を突いていた邑人が、何しやがるんだと明るい野次を飛ばす。
黒夜なのに里の光は明るい。
囲炉裏の爆ぜる乾いた音さえ、陽気に聞こえる。
しばらくの穏やかな無言の後、耿晨は唐突に口を開いた。
「旅を再開しようと思っている」
拓達の小石を弄んでいた手が止まった。
「王を探そうと思う。
現れない王を待つのじゃなく、こちらから探し出してやる」
「大きくでたな。なんでまた……」
「太陽の下で食べる拓達の握り飯は、最高なんだろ」
「うまいぞ」
「だからだ」
拓達が呆れたようにに小石を投げた。
「どうやって探す」
「さあ。それは今から考える。……どう思う」
「何でそれを俺に訊く」
「拓達に聞いて欲しかったんだ。意見が聞きたい。
どうだろう。やっぱり私は甘いかな。
贅沢な子供の発想だろうか」
拓達が驚いたように顔を上げ、耿晨の目を覗き込んだ。
「気にしてたのか」
「まあね」
耿晨は微苦笑をもらす。
「私は王を恨めしく思っている。
もし出会えたら、ぶん殴ってやろうと思ってるくらいだ」
どんだけ不遜な奴だよ、と拓達が苦笑で応えた。
「……うまい握り飯を食わせてやるよ」
耿晨は顔を伏せて呟いた。
「見つからないかもしれないぞ」
「なら行くなよ」
顔を上げると、拓達の真剣な黒い瞳があった。
探りあうようにお互いの目を見詰める。
黒夜の支配する今、一度離れるという行為は、二度と会えない未来を覚悟する必要があった。
―――――――――離れがたい想いは、二人の胸の内にある。
数刻の沈黙の後、耿晨はふっと肩の力を抜いた。
「恨めしく思う気持ちは消えない。
ならば行動を起こさなければ道理が通らない。
今の私には荒廃を嘆く権利すらないんだ」
憤るだけなら子供でもできる。
納得できなければ挑めば良い。
祈るのではない、挑むのだ。
王を探す旅に出るそうです。
この章終わり。
主人公チェンジ。




