紅蓮の章 二 行方不明のご子息と、新王(仮)?
蚩尤のことは内緒みたいです。
「ここも随分と無節操な街になったな」
「地尸がどんどん死んでってるんだ。
地方まで目が届かねぇんだろ。
お陰で面倒な手続きが減って、こっちとしては万々歳だがな」
狭くはない食堂の片隅、玲凛の後ろの食卓についた二人組みは、串焼きを頬張っていた。
「違いねぇ。だが寧北はいいが、他の邑じゃ地方官吏の暴虐が多いぜ。
あいつら法外な関税をかけやがる。
お陰で荷の値が上がってやりずれぇよ」
「まあな。中央が力を落とした分、地方の役人の人柄に掛かってるってところはあるよな。
まともな州と言えば、いまじゃ江州、青州、宣州ってところか」
「まあ啓州もそれなりだな。
だが宣州は今後どうだろうね。
一月ほど前、とうとう杜州牧がお亡くなりになったそうだぞ」
「初耳だぞ、それは」
寧北に入って何度か耳にした宣州牧杜義の訃報。
その後に必ずと言って良い程、宣州牧への賛辞と、その死を惜しむ声が続いていた。
「お前そういえば宣州の出身じゃなかったか」
「ああ。良い土地だぞ、宣州は。ひとえに杜義様のお陰だがな。
そうか……杜義様もついにか。
宣州の人間にとっちゃ、太陽が沈むより痛い話だぜ」
「実際今後の宣州はどうなるのかね。
なんでも、杜州牧のご子息も行方不明らしいしな。
お前ご子息も知ってるのか」
「杜克坊ちゃんだろ。
まだ二十歳を少し越えた辺りだと思うぞ。
お目にかかったことはないが、随分と美しい色とお顔をお持ちだそうだ。
そうか、坊ちゃんが行方不明なぁ。なんだかキナ臭いねぇ」
僕と同じくらいの年齢なのに苦労するなぁ、とぼんやり考えていると、突然玲凛が大きな声を上げた。
「その色って、何色ですか」
驚いて顔を上げると、玲凛が二人の商人へ身を乗り出していた。
(玲凛ったら、また向こう見ずなんだから……)
「ごめんなさい。話が聞こえてきちゃって。
それで、あの。いきなりで悪いんだけど、その杜克という方の色って何色か教えてくれませんか」
男たちは顔を見合わせた。
それでも玲凛の必死な形相に押されたように、説明を始めた。
「山吹色……、いや柿色だったか。
すまん、お嬢ちゃん、はっきり覚えてねぇよ」
「赤と黄色の間の色だということですか? この」
と緋雲を指差し「この色じゃないですか」と勢い込む。
どうやら玲凛は杜克という人物を緋雲だと考えているようだ。
でもどこかしっくり来ない。
緋雲と呼ばれるほうが、よほど自分に近い気がする。
「すまん。実際に見たことはねぇんだ。
あまり人前に出られない方なんだ。
色の話も伝聞さ。正直あまり覚えてねぇんだ」
「そうですか……」
自分のことのように肩を落とす玲凛に、緋雲は申し訳なくなって、取り繕った。
「そう気を落とさないでよ。たぶん違うと思うしさ」
「何言ってるの。
年齢も、失踪した時期も、もしかしたら容姿まで同じなのよ。
それに、緋雲の知識の高さ。世間知らずなところ。
州牧の子息だとしたら、頷けるわ」
早口でまくし立てられて、緋雲は勢いに負けてコクコクと人形のように頷いた。
こんなときの玲凛には、逆らっては駄目なんだ。
それは、旅の心得として、湖詠に教わったことの一つでもあった。
足元で阿雪が身を摺り寄せてきた。
そうそうそれが正解だよ、と緋雲を労っているようだ。
「杜克様って、どんな方なんですか?
伝聞の範囲で構わないので教えてください」
「えっとな。身体が弱いらしく、鐘山にある別邸に住まわれてるんだ。
だから人目に出ることが少なくてな、謎が多い人物なんだよ。
深層の麗人って、宣州の女には人気だな。
悪いが知ってるのはその程度だ。……なんかの役にたったか」
粗雑な印象の男の、思いがけない丁寧な説明に、玲凛が心からの礼を言った。
「ええ。ありがとう。
すごく役にたったわ。お礼に一杯驕らせてくれるかしら」
玲凛の気遣いを、男たちは豪快に笑いとばした。
「ありがたいけどな、お嬢ちゃん。
迂闊にそんな台詞吐いてると、身包み剥がれるぞ。
金持ってますって言ってるようなもんだ」
「あら大丈夫よ。身包み剥がれたって、何にも持ってないもの。
ない袖でも振りたくなるほど有益な情報だったと解釈して、私の申し出を受けてくれないかしら」
こまっしゃくれた玲凛の物言いに、男たちは再度笑い
「それじゃあ、お言葉に甘えよう」と一杯の酒を受け取ってくれた。
後ろの食卓に酒が届く間、玲凛は更に男たちから宣州への行き方を聞き出していた。
そうしているうちに、ふと店の視線が自分たちに集まっていることに気が付いた。
(もう、玲凛が騒ぐから……)
そのうち酒を運んできた女性が、遠慮がちに声をかけてきた。
「お客さん。その足元のは、もしかして天狗じゃないかい」
「……ええ。そうだけど。
良く知ってますね。松侶も知っていたし、天狗って実は有名なのかしら」
何気ない玲凛の応えに、店内が一瞬ざわっと波立った後、潮が引いたように静かになった。
「じゃあ、あんたたち固河から来たのかい」
半信半疑と言った響きを含んだ言葉に、緋雲は玲凛と顔を見合わせた。
返事を返せないでいると、女は慌しく奥に引っ込んで行った。
「……なんなの?」
玲凛が不審げに呟いた。
緋雲も肩をすくめながら、女の去ったほうを呆然と眺めた。
「もしかして銭来の一件でおたずね者になっちゃったんじゃない」
とからかうと、
「やめてよ。もう青州よ。他州まで追ってくるものですか」
と玲凛は顔をしかめた。
やがて女が一枚の紙を片手に戻ってきた。
「これ、あんたじゃないのかい」
目の前に広げられた紙は、
―――――――――手配書だった。
玲凛が女の手からもぎ取る。
緋雲も頭を寄せて、紙を覗き込んだ。
そこには、阿雪と玲凛の特徴が事細かに書き込まれ、見つけたときは官府に連絡するようにと記されている。
罪状は何も書かれていない。
『捕えよ』や『通報せよ』ではなく『報告せよ』となっている。
一見するだけでは、犯罪者というより尋ね人、といった扱いに感じた。
「全く身に覚えがないんだけど……」
弱りきる玲凛に、先程の商人が助け舟を出した。
「これは誰が持って来たんだ」
「官吏さ」
と女は軽く答え、ちらりと視線を玲凛に投げてから
「なんでも王かもしれないから仰命拝紋を受けて貰うんだとか言ってたよ」
途端に玲凛は金切り声をあげた。
「どうしてそんな話になるの。私王じゃないわ」
先ほどまでは、遠慮がちに見ていた食堂の客たちは、もはや皆、箸を置いて玲凛たちの会話に集中していた。
「勘弁してよ。
どうしてそんな誤解を受けなきゃいけないのよ」
だが緋雲は、確かに玲凛なら王と間違う人もいるだろう、と思った。
その理由を言葉にするのは難しいが、なんとなく、そう思えた。
取り乱している玲凛を宥めるため、緋雲は一番分かりやすい理由を説明した。
「阿雪だよ」
緋雲はできるだけ穏やかな声で言った。
「魔以導和を体現していると思われたんだよ」
「そんな……」
玲凛に、仰命拝紋を受けさせるわけにはいかない。
この逃亡劇の元凶が仰命拝紋なのだ。
何のために固河と湖詠に別れを告げたか、分からなくなる。
―――――――――逃げるしかない。
瞬時に結論を出した緋雲は、間近にある玲凛と目をあわせた。
玲凛も同じ結論のようだ。
二人揃って、再び手配書に視線を落とした。
致命的なことに、懸賞金がかけられていた。
決して安い金額ではない。
緋雲は恐る恐る、商人と女に視線を上げた。
「通報、するよね」
「するね」
二つ返事で肯定され、肩を落とす。
仕方ないわね、と隣で玲凛が自分を納得させるように小刻みに頷いた。
「大金を手に入れる機会を棒に振れなんて、強要する権利、私たちにはないわ」
「そんな堂に入った態度を取られると、本当に王なんじゃないかって勘ぐっちまうな」
「莫迦いわないでよ。
王なら逃亡生活なんて送ってないわよ」
(玲凛ったら……)
緋雲は頭を抱えた。どうも玲凛は、一言多い。
「逃亡?」
男たちが、玲凛の失言を聞きとがめる。
「何でもないのっ。忘れて頂戴」
男たちは笑いを噛み殺したような顔をしていた。
玲凛は一つ咳払いをすると、背筋を伸ばして三人に向き直った。
「通報は四半刻だけ待ってくれないかしら。
それと、さっき私が聞いたことは、できれば伏せていて欲しい。
……頼めた義理じゃないのは分かってるんだけど、今後ずっと追われ続けるのは避けたいの。
通報するだけで懸賞金は出るはずだから、迷惑はかけてないと思うんだけど」
快諾の声を聞くや否や、玲凛は慌しく寧北を後にした。
「なんだか最近、走ってばかりいるわ……」
寧北を背に走っていると、玲凛のぼやき声が聞こえてきた。
玲凛は新王の有力候補みたいですね。




