言ってしまった
バーの扉がけたたましく開く音がして、私は顔をあげた。
何故だか期待していた。
でも、そこには見知らぬ青年がいた。
「サヤカちゃん!」
見知らぬ青年は、カウンターに座っていた女性に声をかけた。
「タカシくん……」
「僕は、サヤカちゃんのことが、好きだよ」
サヤカちゃんと呼ばれた女性がうなずき、二人は抱きしめあった。
周りから祝福の拍手が起きていた。
それを見ながら、私は、さやかちゃんと崇君のことを思い出していた。
友達とも家族とも違う、好き。
崇君はさやかちゃんへの感情をそう言っていたらしい。
お星さまになった崇君は、どこまでも純粋で正直で、まっすぐにさやかちゃんに気持ちを伝えていた。
ふと考えた。
私が好きなのは……。
私が本当に、好きなのは……。
その時、抱きしめあっているタカシくんとサヤカちゃんの向こう側に、ワン吉が立っているのが見えた。
……幻覚?
目をこすったが、やはりワン吉で間違いないようだった。
うそ?
何で?
何でここに?
私と目が合ったワン吉が、こちらに近づいてきた。
え?
待って!
こ、これって、もしかして!
いや、あの、心の準備が!
「翠先生」
とうとうワン吉は私の前までやってきた。
「雅之が、ここにいるって教えてくれたんです」
そうか、雅之君の差し金か。
じゃあ、もしかして、本当に、結婚を阻止しに……。
「荘太、お母さんのことママって呼びましたよ!」
…………ん?
「ほら、昨日言ってたじゃないですか!」
いやいや、私がとぼけてる感満載のその反応は何だ!
ここは、高層ビルの最上階のとてもおしゃれなお店で、私はここで、プロポーズの返事をしていて、そこに、すっごく場違いな格好で現れたワン吉は、普通結婚阻止したり、逆にプロポーズしてみたり、何かあるだろうがコノヤロー!
それが、よりにもよって、何でまた、荘ちゃんの報告を聞かされなきゃならないわけ?
空気読め空気!
「それで、荘太のママも、思ってたよりずっといい人そうで」
私は無言のまま指輪を抜き取った。
「荘太がママって呼んだら、涙を流して喜んでて」
そして、無言のまま指輪を先輩に手渡した。
「寂しいけれど、これが一番いい形なんだなって」
涙ぐむワン吉をしり目に私は固くこぶしを握りしめた。
「ワン吉のバカー!!!」
そして、渾身のパンチを腹に見舞った。
「げふっ!え、あ、すみません?……え?ワン吉?」
あ、言っちゃった!
~終~
ちなみに、荘ちゃんのことを話したくて仕方がなかったワン吉君が、雅之君の話を最後まで聞かずに走って行ってしまったためにこうなったという設定にしています。ご了承ください。