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蓮の葉令嬢と呼ばれた私は、あなたに落とされたい。  作者: Kouei


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第9話 残されたもの(side:ジルヴェスト)

 それはセサルの屋敷で行われた夜会での事。


 最初は誰だか分からなかった。

 でも目が離せない令嬢がいた。

 そんな僕の疑問に答えるようにセサルが話しかけてきた。


「なぁ、あの令嬢、蓮(はす)の葉(は)令嬢じゃないのか?」


「え?」


 ハーフアップにされた髪

 控えめに施された化粧

 グリーンを基調に、白い花が刺繍されたドレス


(フュール…バントラー…嬢…?)


「おい、こっちを見てないか? チャンスだっ おまえ、行ってこい!」


「え? ちょっ その話は…っ ま、待てって!」


 セサルが僕の手を引っ張り、彼女の元へ近づく。

 そして「では、ごゆっくり」と僕を置いて、とっとと去って行った。


 おま…っ この後どうすればいいんだよ!


 非礼を詫びると、彼女がお礼を言い出した。


「その節は2度も助けていただき、本当にありがとうございました」


「…覚えていらっしゃいましたか」

 

「も、もちろんです! その…きちんとお礼も申し上げず、大変失礼いたしました。すぐにでもお礼状をお出しするべきでしたのに…。改めまして、フュール・バントラーと申します」


 淑女の礼を取った彼女の胸元に、僕が上げたクラヴァットピンが光っていた。


「…あ、そのピン」


「あ、も、申し訳ありませんっ す、すぐにお返しを…っ」


「いや、良かったらそのまま使ってて下さい」


 彼女が僕の物を大切にしてくれていた事が嬉しかった。


「…っ ありがとうございますっ」


 僕の言葉に、頬を赤らめ小さく笑う彼女が可愛いと思ってしまった。

 表情を読まれまいと思わず視線を逸らしてしまったが、不快に思われなかっただろうか。


 そんな僕の心情を知ってか知らずか、彼女からとんでもない言葉を聞かされた。



「私と……あ、遊びません事?」



 いつもとは違う装いに目を見張ったが、彼女からの言葉はそれ以上の衝撃だった。

 しかし…扇を握る彼女の手は小刻みに震えていた。


 なら、なぜそんな事を?


「……わかった」


 彼女の真意を知りたくてそう答えた。


「え!!」


 なぜ驚く?

 驚かれて、内心こっちが驚いた。

 誘ったのは君だろうに。


 どうにもちぐはぐな彼女の言動に目が離せない。

 僕は彼女の手を取り、その甲にキスを落とした。


「どのように僕と遊んでくれるのですか?」


「あ、あの…っ」


 彼女の戸惑いが伝わってくる。

 さあ、どんな風に遊んでくれるのだろう?


「で、では…その…っ ボートを乗りに行きませんか?」


「………は?」

 

「あ、すぐ近くにあるファルド公園で乗れるんですっ」


 いや、それは知っている。

 男女で出かける定番スポットと言われている有名な場所だ。

 じゃなくて!

 

「……遊ぶって、そういうこと?」


「え? 何か仰(おっしゃ)いましたか?」


 彼女がきょとんとした顔で問う。

 本気で言っているようだ。


「いや…」


「あ、明日のお昼の鐘が鳴る頃に、ファルド公園の入口でお待ちしています!」


「え、あ、待ってっ 送って…!……行く…よ…」


 僕の言葉は届かなかったようで、彼女は言うだけ言ったら走り去ってしまった。

 

「噂なんて、本当に当てにならないな、ははっ」


 胸の中にくすぐったい感情が芽生え、ひとりで笑っていた。



◇



「あ、あの、こちら乗船券ですっ」


「え?」


 翌日、約束の場所に来てみると、フュール嬢が乗船券を手に待っていた。


「い、いや、僕が払うよっ」


「いえっ 私がお誘いしたので私に払わせて下さい!」


「…ありがとう」


 これ以上断る事は、逆に彼女に対して失礼だと思い、その言葉に甘えた。


「い、いえっ」


 彼女は僕の言葉に嬉しそうに笑った。

 しかし、僕は大切な事を失念していた…



「あ! ジ、ジルヴェスト様っ そのまま行くと左側にボートがっ」


「え? あ、おっと!」


 …ボートを漕ぐのは生まれて初めてだったのだ。

 だから昨夜、執事に漕ぎ方を聞いたのだが…聞くのとやるのとでは大違いだ。

 

「きゃっ」


 ゴン!!


 岸にボートをぶつけてしまった。


「だ、大丈夫?」


「ええ、平気です」


「………すまない」


 僕はボートを漕ぐのが初めての事を伝えた。

 きっと情けないヤツだと思われただろう。

 けれど、フュール嬢は“楽しい”と笑顔を見せてくれた。

 その明るさに救われた。


 ボートを下りると飲み物を買ってきてくれたフュール嬢。

 結局、すべて彼女に負担させてしまった。


 借金はあるけれど、これぐらいの金なら持っている。

 だから、今度は僕が払うと次の約束をした。


 彼女の希望は遊園地(プレジャーランド)。

 もう驚かない。


 しかし、約束はまた“明日”となり、また走り去ってしまった事には戸惑いを隠せなかった。


 いつも彼女の後姿を見送っている気がする。

 僕はひとり苦笑しながら、その足で前売り券を買いに行った。


 


 翌日は、早めに屋敷を出た。

 今度は僕が彼女を待つために。

 しかし、遊園地(プレジャーランド)に行ってみると…


「こ、こんにちはっ」


「ふ、またあなたに負けた」


「え」


「今日は、僕が早く来て待っていようと思ったのに」


「あ、わ、私もさっき着いたばかりですっ」


 本当だろうか?

 きっともっと早く来ていたような気がする。

 僕は彼女に入場券(チケット)を渡し、園内に入った。


 射的にメリーゴーランド。

 輪投げに観覧車。


 僕たちはいろいろ回った。

 彼女は子供のように目を輝かせている。

 彼女が喜ぶと、僕も嬉しかった。


 次は何をしよう。

 そう思った時…


「あれ?」


「え?」


 雨が降ってきた。

 僕は上着を脱ぎ、彼女に掛ける。


 屋根のある場所へ避難したが、雨足は強くなるばかり。


「…っくしょん!」


「寒いかい?」


「だ、大丈夫ですっ」


 そういう彼女の身体は小刻みに震えていた。


「だめだ、どこかで服を乾かさなければ。…園を出よう」


「で、でも…っ」


「また来ればいい。今は身体をあたためることが先決だ」


「……っ」


 彼女は悲しそうに俯いた。

 まるでもう来られないかのように…

 また連れてきてあげるから、そんな顔をしないで欲しい。

 せっかく君の明るい顔を見られたのに…僕は雨を恨んだ。


 僕たちは近くにあった小さなホテルへ入った。

 

 湯あみを終え、室内着(バス・ガウン)に着替え、濡れた服を小さな暖炉の前に置いた。


「「……」」


 会話のない空間が苦しい。

 女性と二人で入ったのは初めてだ。


 身体をあたためるためとはいえ、こんなところに連れてきて…彼女、怖がっていないだろうか。


 もちろん、何もするつもりはないっ

 何もってなんだ!?

 い、いや、何考えてんだ、僕は!!


 お、落ち着け…ふ―――――…



「……雨、止まないな…」


 やっと出た言葉。


「…そう、ですね…」


「「……」」


 また続く沈黙。

 間が持たない…っ

 僕は窓の外を眺めていた。

 その時、


 トン…


 背中に彼女を感じた。


「フュ、フュール!?」


 突然の事で、心臓が飛び出すかと思った。


「……帰りたく、ありません…」


「……」


「わ、私は蓮(はす)の葉(は)令嬢なんです。これくらい…な、れていますわ…っ」


「慣れている…? こんなに手が震えているのに?」


 僕は振り返り、彼女の手を握り締めた。

 冷たくなった指先が、小刻みに震えている。

 何かあったんだ。

 でなければ、彼女がこんな事言うはずがない。


「何があったんです? 教えてください。僕が力になりますから」


 話して欲しい、君の苦しみを。


「……好き」


「え?」


「あなたが…好き、です…っ…」


「フュール…」


「だから…お願い…っ」


 僕は彼女を見つめながら、首を振った。

 そして彼女を抱き締めて言った。


「僕は…君を大切にしたいんだ…だから君にも自分自身を大切にして欲しい…っ」


「ジルヴェスト…様…っ」


 彼女は僕の胸で泣いた。

 まるで今まで泣けなかったかのように、泣き続けていた…



「ん…僕も寝てしまったのか…」


 泣き疲れたフュールを寝台に寝かせ、僕は長椅子にいた。

 けど、一緒に眠ってしまったようだ。


 しかし、寝台にフュールの姿はなかった。


「フュール…?」


 ふとサイドテーブルに置いてあったネックレスとメモが目に入った。

 それを読み、僕はメモを落とした。


 彼女は…


 いなくなってしまった―――――…


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