第6話 あきらめない選択
翌朝、伯父たちが帰って来た。
「あーまったく腹立たしい! 足を捻挫するとは…っ 全ての予定が台無しだっ」
(ご自分で転んだらしいけど…)
苛立たしげに屋敷に入ってくると、その怒りの矛先は私に向けられた。
「フュールッ お前はさっさと準備をして、男爵家へ向かえ! ここに戻る前、男爵に先触れを出し予定より早くお前を向かわす事は伝えてある」
「かしこまりました…」
準備するほどの荷物はなく、鞄一つに収まった。
従妹のおさがりの服と多少の宝石を身に付けさせられる。
あまりにみすぼらしい姿で行かせ、向こうの機嫌を損ねて送り返されても困るとでも思ったのだろうか。
あと、路銀も渡された。
通常なら、嫁ぐ側が『持参金』を持って行かなければならない。
しかし今回は、相手の方が持参金不要、ただし当家に来るまでの費用は自己負担するようにとの連絡があったらしい。
“どうせなら全部金を出してくれればいいものを…”と伯父はぶつぶつ言っていたけど。
準備されていた馬車に乗り、屋敷を後にした。
見送る人は誰一人としていなかった。
国の西側に位置する男爵家へ向かう馬車の中、私はこの先の事を考えていた。
明後日には男爵の三番目の妾になる…
そして好きでもない男に触れられ、口づけをされ、そして子を成さなければならない。
そんな状況を想像して、ゾワリと全身に鳥肌が立った。
思わず自分で自分の身体を抱き締める。
ジルヴェスト様との想い出を作れれば、それで気持ちを切り替えられると思った。
でも……
彼と過ごした時間
抱きしめられた温もり
胸に広がる愛しい気持ち…
ああ…何も知らずに嫁げばよかったのかもしれない。
お父様…お母様…っ
私はどうすればいいのですか?
答えがないと分かっていても、空に向かって幾度も問いかけていた。
でも目に浮かんだのは両親ではなく、ジルヴェスト様…
「もう…この気持ちを消す事はできない…」
ガタン
突然、馬車が止まった。
窓の外を見ると、何台かの馬車が立ち往生している。
その先に乗合馬車の待機所が見えた。
「何があったんだ」
そう言いながら馭者が台から下りる。
止まっている前の馬車の馭者に話しかけていた。
他の馭者も集まり、さらに騒ぎの方へ向かっていく。
馬車には私一人きり。
……今…
馭者は……
……いない……
逃げるなら今しかない!!
私は傍にある鞄を手に取り、そっと扉を開け外に出た。
複数の馬車が足止めを食らって混乱状態。
私は、その内の一台の荷台を覗き込む。
そこにはたくさんの洋服が積まれていた。
洋服を扱う行商の馬車のようだわ。
他にも鞄や小物があった。
「ちょうどよかった。ごめんなさい、代わりに私の服を置いて行きますから」
私は商品の山から一枚服を引き出し、着替えた。
町娘が着るような簡素な洋服だ。
まとめ上げていた髪を解いて、ひとつに結ぶ。
他にも鞄や靴もある。
高いヒールを脱ぎ捨て、履きやすい靴に取り換える。
「持ってきた鞄も、町娘が持つには品がいいから目立つわね」
中身を出して、リネンで作られた肩掛け鞄に小物を、背負い袋には着替えを入れ替える。
「もともと持っていくものは少なかったから、これでちょうどいいわ。宝飾は持って行きましょう。売れば多少凌げるでしょうし」
伯父に渡された数個の宝石を布鞄に入れる。
「あ、そうだ」
業者の馬車を下りる前に、背負い袋からストールを取り出した。
ジルヴェスト様から頂いたストール。
「これで髪を隠そう、赤い髪は目立つだろうから」
着替え終わると荷台を降り、乗合馬車の待機所へ向かった。
「あの…何があったんですか?」
私は乗合馬車の馭者に尋ねた。
「西へ向かった馬車がこの先で脱輪しちまったんだよ。こっちの馬車はトネリア領まで行くからすぐ出発できるよっ」
「トネリア領…」
この国の北に位置する領地。
今はまだ春になったばかりだけど、冬になると厳しい寒さと雪に包まれ、その時期だけは関所も封鎖される僻地。
「…乗りますっ」
万が一、伯父が私を探すとしても女性一人がそんな場所に向かうとは思わないかもしれない。
行けるところまで行こう。
私が乗り込むと馬車はすぐに出発した。
…両親を亡くし、伯父に引き取られてからは人生をあきらめていた。
使用人として扱われ、家門の利益のため商品のように扱われ、逃げ出したくても一人で生きていく勇気もなく、伯父に言われるがままだった。
でもジルヴェスト様と出会い、彼に恋した。
一人になってから、あんなに楽しい思いをしたことはなかった。
彼と過ごした時間は私の宝物。
けど、このまま男爵の妾になったら、私はその宝物と向き合えなくなる。
そんなこと、したくなかった。
これから見知らぬ場所で、一人で生きていかなければならない不安はある。
でも…このまま何もせずに嫁いだら、後悔する事だけは確かだった。
私はもう、自分の人生をあきらめない ―――――…




