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蓮の葉令嬢と呼ばれた私は、あなたに落とされたい。  作者: Kouei


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第5話 賭けはあなたの勝ちです

「こ、こんにちはっ」


「ふ、またあなたに負けた」


「え」


 私は遊園地(プレジャーランド)の入口でジルヴェスト様を待っていた。

 彼は来るなり、残念そうな顔でそう言った。


「今日は、僕が早く来て待っていようと思ったのに」


「あ、わ、私もさっき着いたばかりですっ」


 本当は30分前に着いていた。

 待っている間も楽しいから早く来ていたと言ったら、笑われるわよね?

 

「はい、これ券(チケット)」


「え? 今来たばかり…」


「昨日、君と別れてから前売り券を買っておいたんだ。これ、入場券と施設利用券が一緒になっているから。ほら、当日って結構並ぶでしょ?」


「あ、ありがとうございますっ」


 え…ボート乗り場で分かれた後に?

 あの場所からここまで結構距離があるのに…わざわざ……


「何か乗る? それとも射的とかしてみる?」


「射的? や、やった事ありませんっ」


 子供の頃、家族で来た時はおもちゃの銃が怖くてやらなかったわ。


「じゃあ、行こうっ」


 ジルヴェスト様は私の手を引くと、にぎやかな雑踏の中へと向かって行った。


 初めての射的。

 空気銃にコルクで出来ている弾を詰め、商品に向けて撃つ。

 落ちたら貰える。

 一人弾は3発。


 私たちは二人とも外してしまい、何も取れなかった。


「僕たち射撃のセンスはないようだね」


「ふふふっ」


 メリーゴーランド。

 輪投げ。

 観覧車。


 まるでおもちゃ箱を開けたよう。

 子供のようにワクワクしながら園内を回った。

 

「あれ?」


「え?」


 ジルヴェスト様が空を見上げる。

 すると、突然強い雨が降ってきた。


 園内にいた客は蜘蛛の子を散らすように、屋内や屋根の下へと逃げ込んだ。


『ご来園のお客様にご案内いたします。雨のため安全を考慮し、乗り物の運行を中止いたします』


 マントをかけた係の方が、拡声器を使ってお知らせしていた。


「…っくしょん!」


「寒いかい?」


「だ、大丈夫ですっ」


 ジルヴェスト様がご自分の上着を掛けて下さったけれど、雨足は強くなるばかり。

 春になりあたたかくなってきたとはいえ、冬の名残りがある雨は冷たい。

 濡れた洋服は体温を奪っていく。

 身体が小刻みに震える。


「だめだ、どこかで服を乾かさなければ。…園を出よう」


「で、でも…っ」


「また来ればいい。今は身体をあたためることが先決だ」


「……っ」


 もう次はないのに。

 今日があなたといられる最後の日なの…


 私は震える身体を抱き締めた。



 ◇



 私たちは近くの小さなホテルに入った。

 湯あみを終えたジルヴェスト様と私は室内着(バス・ガウン)に着替え、小さな暖炉の前に濡れた服を置いた。


「「……」」


私はジルヴェスト様に勧められ、暖炉の側にあるソファに座った。

ジルヴェスト様は窓の外を眺めている。

互いにかける言葉が見つからず、窓を打ちつける雨の音だけがやけに響いて聞こえた。


「……雨、止まないな…」


「…そう、ですね…」


「「……」」


 また続く沈黙。

 でも…雨はいつか止む。

 こうして二人で過ごす時間はもう来ない。

 

 最後にあなたとの一時(ひととき)を望むのは、身の程しらずでしょうか。


 けれど……この先その想い出を胸に生きていける…


 私はそっと、ジルヴェスト様へ近づいた。


 トン…


 彼の背中におでこを付ける。


「フュ、フュール!?」


「……帰りたく、ありません…」


 きゅっとジルヴェスト様の室内着を握る。

 

「わ、私は蓮(はす)の葉(は)令嬢なんです。これくらい…な、れていますわ…っ」


 声が上擦る。

 胸は早鐘のように激しく鳴っている。

 あまりにも鳴りすぎて、苦しい…っ


「…慣れている? こんなに手が震えているのに?」


 ジルヴェスト様は振り返ると、私の手を握り締めた。


「あ……」


「何があったの? 教えて、僕が力になるからっ」


「……」


 優しい方。

 こんな状況でも、私を気遣って下さる。

 そんなあなただから……


「……好き」


「え?」


「あなたが…好き、です…っ…」


 自然に涙が流れる。

 今までの想いが溢れる。


「フュール…」


「だから…お願い…っ」


 私は渾身の勇気を振り絞って、彼を見つめながらそう言った。

 これが彼といられる最後の時間。

 明日には私は嫁がなければならない。


 自分より遥かに年上の男性の元へ…



「ジルヴェスト様…」


「フュール…」

  

 彼はゆっくりと首を左右に振った。

 そして、私を抱き締めた。


「僕は…君を大切にしたいんだ…だから君にも自分自身を大切にして欲しい…っ」


「ジルヴェスト…様…っ」


 あふれる涙を彼は受け止めてくれた。

 両親が亡くなってからこんなに泣いたのは初めてだった。


 彼はずっと…抱きしめてくれていた…



 ◇

 


「…ん…」



 静寂の中、目が覚めた。

 いつの間にか寝台で寝ていたみたい。


 ジルヴェスト様は長椅子で、静かに寝息を立てていた。

 傍(そば)に毛布(ブランケット)が落ちている。


「私…泣きながら寝てしまったのね…」


 そんな私を、ジルヴェスト様は寝台に運んで下さったんだ。


 ゆっくりと寝台から下り、彼に近づく。

 落ちている毛布(ブランケット)を拾い、起こさないように彼にかけた。


 「…ありがとうございます…ジルヴェスト様…」


 あなたは初めて会った時から、私に対して紳士だった。

 周りの噂に惑わされることなく、一人の令嬢として扱ってくれた。


 そんなあなたに恋した日から、私は幸せだった。

 この二日間は夢のような時間を過ごせた。


 もう…二度と会えないけれど…


 私の心は…あなただけのもの…

 この先もずっと――――…

  


 暖炉の側に置いてあった洋服はすっかり乾いていた。

 外の雨もすでに止んでいる。

 今なら夕食の時間に間に合うわ。


 私は身支度を調(ととの)えると、ホテルのメモ用紙に文字を書く。


「下着はさすがに無理なので…」


 私は付けていたネックレスを外す。


「これで、賭けに勝った事になるといいんだけど…」


 サイドテーブルにネックレスを置き、最後に自分が書いたメモを見た。



『賭けはあなたの勝ちです』



 私は部屋を出ると、そっと扉を閉めた。



 パタン…



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