第4話 迫りくる終わりの時間
「あ、あの、こちら乗船券ですっ」
「え?」
翌日、私は約束の時間より早めに来て、乗船券を買って待っていた。
「い、いや、僕が払うよっ」
「いえっ 私がお誘いしたので、私に払わせて下さい!」
あの日の夜会で、賭け事で借金をしているって話していたもの。
ジルヴェスト様にご負担をおかけするわけにはいかないわ。
それに、あのイヤリング。
結構高額で買い取ってもらえたから、十分余裕がある。
「…ありがとう」
「い、いえっ」
お礼を言われた。
喜んでいただけたのかしら、嬉しいっ
ボート乗り場では、ジルヴェスト様が先に乗り、私に手を差し伸べて下さった。
「揺れるから、気を付けて」
「は、はいっ ありがとうございます」
彼に支えてもらいながら、手漕ぎのローボートに乗り込む。
係の人が長い棒で、スーッとボートを押し出した。
「わあ…」
コバルトブルーの空には、白い雲が流れるように走っていた。
広い湖の周りを緑豊かな樹木が囲んでいる。
ああ…こんな穏やかな気持ちになるのはいつぶりだろう。
両親が生きていたころは、よく三人でお出かけしたわ…
「あ! ジ、ジルヴェスト様っ そのまま行くと左側にボートがっ」
気が付くと、私たちのボートが別のボートへと向かっていた。
私は慌てて、ジルヴェスト様に声を掛ける。
「え? あ、おっと!」
「きゃっ」
ゴン!!
ジルヴェスト様は急いで右のオールを動かした。
けれど、今度は漕ぎすぎて湖の岸に当たりボートが止まった。
「だ、大丈夫?」
「ええ、平気です」
「………すまない、ボートを漕ぐのは初めてなんだ。幼い頃、両親と乗って以来で…」
ジルヴェスト様が気まずそうに告白する。
「初めて…ですか…? あ、あの…じゃあ…こうしてご両親以外の誰かと一緒に乗るのは…」
「初めてだよ。だから、昨日執事に聞いて教えてもらったんだけど…聞くのとやるのとじゃやっぱり違うな。何か…ごめん」
「いいえっ とても楽しいですっ こうして……ボートに乗れて」
あなたと乗れたことが嬉しい。
ジルヴェスト様も、誰かと一緒にボートに乗るのが初めてなんて。
その言葉が、私の胸をときめかせた。
その後もジルヴェスト様は一生懸命漕いで下さったが、どうしてもまっすぐに進めず、苦戦している内に、乗船時間の30分が終わった。
「は〜、明日筋肉痛かもな〜」
「何か飲み物を買ってきますねっ」
「あ、僕が…っ」
私はボート乗り場の隣にあったお店に向かった。
「果実水とレモネード、どちらがいいですか?」
「じゃあ、レモネードで。ありがとう」
「いえっ」
ベンチに座っていたジルヴェスト様にレモネードを渡すと、私は少し間を空けて、隣に座った。
「君に全部負担してもらって…」
「負担だなんてっ 強引に誘ったのに来て下さって、ありがとうございました」
「今度は僕が払うから」
「え?」
今度?
今度って…次も会う機会があるって事?
「あ、あの…それ…は…」
「どこか…他に行きたいところはある?」
「行きたいところ…」
あなたと行きたいところ…
私は昔、家族で遊園地に行った事を思い出していた。
とても楽しかった…家族と出かけた最後の想い出…
「…遊園地に…行きたいです…」
「え?」
「こ、子供みたいですよねっ」
私は言ってから、少し後悔した。
蓮の葉令嬢と呼ばれている私が、子供のように遊園地に行きたいというなんて…
「家族で何度か行った事があるよ」
「ご家族と…素敵ですね」
「じゃあ、行こう」
「ほ、本当ですか?!」
「うん。いつがいいかな…」
「明日!」
「え!? あ、明日?!」
「ダ、ダメでしょうか…」
無理を言っているのは分かっていた。
けれど、私には時間がない。
伯父様が戻るのは5日後。
それまでに少しでもジルヴェスト様と過ごす時間を作りたかった。
「分かった。じゃあ、明日っ」
「で、では、明日同じ時間に遊園地の入口で待っていますねっ!」
私は急いでその場を後にした。
夕食時間になる前に戻らなければっ
「え、あ、待ってっ 送って…! ………またかっ」
一人残されたジルヴェスト様が何を呟いていたのか、私は知らなかった。
無事に夕食時間に間に合い、狭い部屋で今日の事を思い起こしていた。
二人で乗ったボート。
慣れないジルヴェスト様が一生懸命漕いで下さった。
「楽しかった…。また…明日も会える。あ、その前に洋服…」
私は部屋を出るとあたりを見回しながら、従姉の部屋に入った。
今日着て行った服は、従姉のものを借りた。
クローゼットには、溢れんばかりのドレスが入っている。
その中でまた別の外出着を取り出す。
そっと部屋を出ようとした時、人の気配を感じた。
慌てて中に戻り、扉越しに外の気配を窺った。
「ねぇ、聞いた?」
「何を?」
「旦那様、視察先でころんで捻挫されて、急遽帰宅する事になったんですって。明後日の朝には着くみたいよ」
「え! 本当?! あ〜あ、気楽な日々も終わりかぁ〜」
使用人ふたりが話しながら通り過ぎて行った。
その話を聞いて、私は愕然とした。
明後日の朝には戻ってくる!
そんな…っ
私はドレスを握り締め、その場から動けなかった。
ジルヴェスト様と会えるのは明日が最後 ――――――




