第3話 決意の夜会
「おまえの結婚がきまったぞ」
「え?!」
珍しく伯父がご機嫌な様子で私に話しかけてきたかと思えば…私の結婚が決まったようだ。
「相手は西に領地を所有している男爵だ。三十ほど年上だが商会を持っていて、かなりの資産家。本妻の他に妾が二人ほどいて、お前は三人目になるが若いから可愛がってもらえるだろう。寵愛を得られれば、それなりに良い暮らしができるぞ。良い縁談に恵まれて良かったなっ いや〜、めでたいめでたいっ」
「…ありがとうございます」
贅沢な暮らしができて嬉しいのは伯父様のほうでしょう。
多額の資金援助が狙いなのは、誰が見ても分かる。
「通常ならこちらが持参金を出さなければならないが、向こうから支度金を出してもらえる事になったんだ。太っ腹な夫だな、フュール! がはははっ」
「…はい」
お金を受け取って、私が差し出される。
本当に、物扱いね…
「明日から儂は一週間ほど視察に出るから、その間に向こうへ行く準備をしておけ。帰ってきたら、すぐに男爵のところへ向かわすからな」
「承知しました…」
私は俯きながら返事をした。
一週間……
その後はもう、ジルヴェスト様にお会いすることも叶わなくなる。
滲む視界で足元を見ながら、彼の姿を思い描いていた。
もう二度と会えなくなるのなら……
私はひとつの決心をする。
◇
翌日伯父は、義伯母様と従妹を連れて出かけて行った。
使用人たちには、男爵家の習わしを勉強する事を理由に、部屋に引きこもっているように見せかけた。
もともと私を気にかける使用人は誰もいないけど。
私はまず伯父の書斎へ行き、机の中に入っていた招待状の束を出す。
「ジルヴェスト様が出席しそうなところは…」
招待状の差出人名を次々に確認した。
「あ、これは…っ」
差出人名はブラン伯爵家当主。
あの時、ジルヴェスト様と一緒にいたのは、ブラン伯爵令息だったわ。
内容は夜会への招待。
でも出欠の返事はどうなっているのかしら?
伯父様が視察に出る前に届いたようだから、もう欠席の返事をされてしまったかも…
ううん、それでも行かなきゃっ
伯父様たちがいないこの一週間がチャンスなのだから。
この機会を逃したくない!
けど…ドレスはどうすれば…。
最初、従妹のドレスを借りようと思ったけど、夜会のドレスを一人で着るのは無理だ。
かと言って、使用人の誰かに頼む事なんてできやしない。
貸衣装屋で借りるにしても、お金がかかる。
馬車代も必要だ。
お金なんて持っていないわ。
どうすれば…
「…!」
私は床の一部を外し、そこから小さい缶を取り出した。
中には、揃いのネックレスとイヤリング、そしてジルヴェスト様からいただいたクラヴァットピンが入っている。
義伯母と従妹からなんとか隠せた物だ。
父が母に送ったプレゼント…そう嬉しそうに話していた母の笑顔を昨日のことのように思い出す。
イヤリングは白銀の石座に、少し大きめダイヤがあしらわれている。
「…これを売れば…」
これならそれなりの値段で買い取ってもらえるだろう。
「…ごめんなさい…お父様…お母様…」
私はイヤリングを握り締め、両親に謝罪した。
◇
「恐れ入ります。ガシール・ボルガット伯爵様は、本日ご出席名簿にお名前はありませんが…」
招待日の夜。
ブラン伯爵家に向かった私は、入口で従僕に止められていた。
「あ、あの、急な領地視察に出かけてしまい、返信が間に合わなかったのです。急遽、私一人で参加するように申し付かりました。あの…招待状はありますっ」
「おひとりで…?」
「……」
不審がられている。
そうよね。
令嬢がお付きもつけず一人で出席なんて、めったにない。
どうしよう…なんて言えば…っ
「何をしている。後ろにお客様がお待ちだぞ」
執事と思しき年配の方が、苛立たしげにやってきた。
「あ、あのこちらのご令嬢が…招待状はお持ちなのですが、出欠の確認が取れなくて…その…」
「招待状をお持ちなのだろ? だったら早くお通ししなさい。今日は人手が足りなくて忙しいんだ。そんな事で他のお客様をお待たせするんじゃないっ!」
「は、はいっ ではどうぞ、お入り下さい」
「あ、ありがとうございます」
(良かった…っ 入れた!)
止められた時はどうしようかと思った。
胸がまだドキドキしている。
私は大きく息を吐いた。
「ジルヴェスト様…いらっしゃるかしら…」
今日の装いは、髪をハーフアップにし、お化粧も控えめにした。
借りたドレスも、いつもの下品なものではない。
これならあまり人目を引かないだろう。
私はさっそくジルヴェスト様を探した。
「見つけられるかしら…」
私は、胸についているクラヴァットピンに手を当てた。
ジルヴェスト様からいただいた…
「え…と…」
彼の姿を探して思わずキョロキョロしたが、すぐに止めた。
落ち着きのない行動は、マナー違反になる。
私はバックから扇を出すと口元を隠しながら、目だけをせわしなく動かした。
(あ!)
少し離れた場所に、ブラン伯爵令息と話をしているジルヴェスト様を見つけた。
(見つけたのはいいけれど…どう声をかければ…)
盗み見るようにジルヴェスト様に視線を向けると、隣にいたブラン伯爵令息がなにやら彼に耳打ちされている。
ジルヴェスト様が私を見た!
私は思わず視線を逸らす。
ブラン伯爵令息が何か仰ったのかしら?
あの方が、私を賭けにする事に一番乗っていたし…
あ!!
ブラン伯爵令息がジルヴェスト様を引きずるようにこちらにやってきた!
ど、どうしましょうっ
い、いえ! これはチャンスよっ
そのために来たんでしょ!? フュール・バントラー!!
「ごきげんよう。蓮の葉…コホンッ、フュール・バントラー嬢。こいつがあなたとぜひ!お話がしたいと申しておりまして」
「な、何言ってんだ! 僕は…っ「では、ごゆっくり!」
ジルヴェスト様を置いて、その場を去って行ったブラン伯爵令息。
「…お見苦しいところをお見せして、失礼いたしました」
「い、いえっ あの…その節は2度も助けていただき、本当にありがとうございました」
「…覚えていらっしゃいましたか」
「も、もちろんです! その…すぐにでもお礼状をお出しするべきでしたのに、申し訳ありませんでした。改めまして、フュール・バントラーと申します」
私は名乗ると淑女の礼を取った。
「僕はジルヴェスト・ホズラインと申します。それと…当たり前の事をしただけですからお気になさらずに。…あ、そのピン」
あ、こんな…私物のように使っているなんて…ご不快に思われたかもしれない。
「あ、も、申し訳ありませんっ す、すぐにお返しを…っ」
「いや、良かったらそのまま使ってて下さい」
ふっとやわらかい笑顔を見せて下さった。
「…っ ありがとうございますっ」
私は自然と口角が上がった。
「……っ」
ジルヴェスト様がつい…っと、視線を逸らす。
私…失礼な事、申し上げてしまったかしら。
ああ…両親が亡くなってから、まともに人と会話をする機会がなくなったから、どう話せばいいのか戸惑うわ…っ
で、でも、言わなきゃ!
今言わなければ、もうこんな機会は訪れない!!
「あ、あのっ 私と…遊びゃ…っ」
「え?」
か、噛んでしまったわ!!
あっ 扇があった!
これで多少、表情が隠せます。
落ち着いて!
落ち着くのよ、私!!
ふ~…ふ~…
さりげなく広げるの。
さりげなくさりげなく…
手が震えるわ。気づかないでっ
「コホン。失礼いたしました。私と……あ、遊びません事?」
言ってしまった!
言ってしまいましたわ!!
「……」
ジルヴェスト様が無言のまま固まっていらっしゃる。
そうですよね。
いきなりこんな申し出…戸惑うに決まってます。
それでもここで引くわけにはいかない。
それにこの申し出を受けて下されば、ジルヴェスト様の借金はなくなりますよ。
私はあなたに落とされたいのです!
…自由に動ける時間は一週間。
伯父が領地視察から戻れば、男爵家へ嫁がなければならない。
遥かに年上で、妾が複数いる男の元へ……
だから……お願い!!
扇を持っている手に力が入り、震える。
「……わかった」
「え!!」
ジルヴェスト様の言葉に驚いてしまった。
本当に受け入れてくれるなんて…!
彼は私の手をそっと取り、甲にキスを落とした。
「バントラー嬢、どのように僕と遊んでくれるのですか?」
彼は、シニカルな笑みを浮かべながら問う。
「あ、あの…っ」
私の申し出を受けてくれた!
きっと二つ名の通り、蓮っ葉な女と軽蔑されているでしょう。
それでもいいの…
あなたとの想い出が欲しい。
「ま、まずは名前で呼んでいただけませんかっ」
「え?」
「フュ…フュールと…」
「ではフュール、僕の事はジルヴェストと呼んで下さい」
ジルヴェスト様が私の名前を呼ぶ。
胸がきゅっとなる。
「ジ…ジルヴェスト様…」
いつも心の中では名前で呼んでいたけれど、本当に呼べる日がくるなんて。
もう…これだけで十分な気持ちになってきた…
「それで、どんな遊びを教えてくれるのかな?」
「あ! で、では…その…っ ボートに乗りに行きませんか?」
「………は?」
「あ、すぐ近くにあるファルド公園で乗れるんですっ」
男女で出かける定番スポットの一つがボート乗りって、使用人の人達が話していた。
それに…母が話してくれたことがあった。
お父様と一緒に初めてボートに乗った時の事を、とても楽しそうに話してくれたっけ…
ジルヴェスト様と乗れたら想い出のひとつになるわ。
「……遊ぶって、そういうこと?」
「え? 何か仰いましたか?」
両親の事を思い出していたら、ジルヴェスト様の言葉を聞き逃してしまった。
「いや…」
「あ、明日のお昼の鐘が鳴る頃に、ファルド公園の入口でお待ちしています!」
「え、あ、待ってっ 送って…!」
ジルヴェスト様の声が微かに聞こえたけれど、私は用件だけ伝えると会場を出てきた。
「良かった! 伝えられた! 早くドレスを返さなきゃ、夕食に遅れてしまうっ」
一応3食運ばれてくる。
その時間にいなかった事に気づかれたら大変だもの。
私は会場の裏手にある乗合馬車の発着所へと急いだ。
「帰ったら、明日の準備をしなくちゃっ」
翌日が待ち遠しい気持ちになるのは久しぶりの事だった。




