第11話 とめどない後悔 2(side:ジルヴェスト)
僕は父上の前で土下座した。
父上が戸惑っているのが伝わってくる。
「今まで多大なご迷惑をおかけして、誠に申し訳ありませんでした。僕はずっと甘えていました。唯一の後継者という立場に胡坐を掻き、自分の行動に責任を取ろうとしなかった。そのせいで僕は大切な人を傷つけた……」
「大切な人…?」
「未来永劫、賭け事は決していたしません。心を入れ替え、次期当主として研鑽します。これが最後の我儘です。…どうかフュールを迎え入れるのを許していただけないでしょうか」
「フュール…? ブラン伯爵の息子を殴った理由を聞いた時、その名が出ていたな…。誰なんだ? どんな関係だ? 賭け事の次は女か!? いい加減にしろ!!」
バン!!
父は机を叩き、怒りを露わにしている。
僕が遊びの女を召したいと言っていると思っているようだ。
「…彼女の名はフュール・バントラーといいます。ニ年前にご両親を事故で亡くし、引き取られた伯父の家で冷遇されていました」
「何…!?」
「…彼女が僕を変えてくれたんです…こんな…どうしようもない僕を彼女は……っ どうかお願いいたします!!」
僕はもう一度深々と頭を下げた。
「……」
僕の行動に父の言葉はない。
顔は見えないが、父が僕を見ている事は空気で感じる。
「お願いいたします!」
僕はもう一度言った。
何度でも言う。
何度でも頭を下げる。
だから……!!
「…立ちなさい」
「……」
静かだが厳しい父の声に従い、僕は立ち上がった。
「その令嬢は今、どこにいるのだ?」
「行方不明です…」
「どういう事だ!?」
「彼女は…三十も年上の、複数いる妾がいる男の元へ金と引き換えに嫁がされました。けれど、途中でいなくなったようなのです」
「いなくなった…!? …その親戚の家でどんな生活を強いられていたのか知らないが、一介の令嬢がひとりで生きていける訳がない。今頃……」
父上はきっと彼女が不成者に拐かされたのだと思ったのだろう。
言葉を濁らせた。
「だとしたら、よけい探さなければなりません! 絶対に見つけ出します! ですから…っ」
「待て。どこにいったのか見当もつかないのだろう? 見つかったとしても、どんな目にあっているか…」
「それでも探します!」
「ジルヴェスト……全く…お前というやつは…」
大きく溜息をつくと、天井を仰いだ。
「…必ず探し出せ、もう中途半端は許さん」
「は、はい!」
「それと…」
「え?」
「いつでも相談しなさい。力になる」
「……っ ありがとうございます!」
僕は深く頭を下げた。
父と母は恋愛結婚だった。
僕を生んだ後、子供を望めない身体になった母。
周りからは妾を持てと言われたが、決して持つことはなかった父。
母だけを大切に想っている…
そんな父だから、僕の気持ちを理解してくれたんだと思う。
僕は今まで両親の気持ちを汲み取る事もなかった。
問題だけを起こす息子に不安しかなかっただろうに…
今は父への感謝の気持ちしかなかった。
◇
父の了解を得ると僕はまず、フュールの伯父に関して調べ始めた。
その報告書は信じがたい内容だった。
伯父であるガジール・ボルガットは、フュールの両親の遺産を不正に流用していた。
義伯母と従妹はフュールの私物を搾取し、彼女を使用人として扱い、まともな食事も与えられていなかった。
あの場にそぐわない装いは伯父からの指示であり、より金のある貴族を誘惑しろと…。
そして金目的で身売り同然に婚姻を結んだ。
…誰一人として、フュールへの仕打ちを咎めるものはいなかった…
グシャリ
怒りのあまり報告書を握り締めた。
「フュール…君はこんな毎日を…ひとりで耐えていたのか…っ」
社交の場で見かけた際の君の不安そうな表情が脳裏を過る。
彼女に対する非道な振舞いは、後見人としての義務違反及び財産管理の不正に該当するだろう。
我がホズライン家の領地内での出来事。
この調査を元に、伯父一家によるフュールに対する虐待や不当な扱い、そして遺産の流用に関して、領主として父が事件を取り上げる事は可能だ。
その後、父が更に詳細な調査に乗り出し、ボルガット子爵が姪の財産を不当に流用し、保護者としての義務を怠っていた事が明るみになった。
ボルガット子爵は横領罪と後見義務違反に問われる可能性がある。
捜査が進めばさらに余罪が出るかもしれない。
子爵夫人と娘に関しても、フュールの遺産を使い込んでいた事が判明。
共犯であると捉えられ拘束された。
さらに、フュールが嫁ぐはずだった男爵から持参金の返金要求と詐欺として訴えられているとか。
子爵夫人もどのみち、社交界から追放同然になるだろう。
娘はまだ14歳でこの国の成人年齢に達していない。
未成年という事を考慮し、罪に問われる事はなかったが、今後良縁を結ぶ事は叶わない。
ボルガット子爵は爵位を剥奪され、資産没収となった。
そして横領罪と後見義務違反で立件された。
その後、ボルガット家は傍系が引き継いだようだ――――…
「馭者の話では、このあたりでフュールがいなくなったと言っていた…馬車が脱輪して、かなり混雑していたと…」
僕はここまでフュールを乗せたという馭者に話を聞いて、彼女がいなくなった場所に来ていた。
鞄ごとなくなっていたと言っていた。
なら、フュール自ら逃げ出した可能性の方が高いのでは?
ふと、馬車の待機所が目に入った。
誰かフュールを見ていないだろうか?
赤い髪の女性なら印象に残ると思うのだが…
僕は客待ちをしている馭者に声を掛けた。
「すみません、人を探しているのですが…1週間前にここで馬車の脱輪があったそうなんですが…」
「ああ、あの時ね。南に行く馬車が脱輪して、ここで馬車が停滞して混雑したのなんのって」
「その時、赤い髪でオレンジ色の瞳をした女性を見ませんでしたか? 年は16歳で…」
「いや〜、あん時めちゃくちゃ人がいたし…わかんねぇな〜、悪いけど」
「…ありがとうございます」
他にも何人かの馭者に聞いたが返ってくる答えは同じだった。
「ここからいったいどこへ行ったのだろう…本当に誰かに…いや、ここらへんは治安がいいと聞く。関所も近いしチェックも厳しいから、妙な荷台があれば気づかれると思うが…でも、一人で逃げるとしていったいどこへ…」
探す手段がない。
東西南北…どこへ向かったんだろう。
男爵家のある西へわざわざ行くはずはない。
北の冬は厳しいらしく、関所も封鎖される。
だから春が来るまで街に人が出入りする事はない辺境の地だ。
そんなところへ女性が行くとは思えない。
南か東…やはり過ごしやすい気候の南へ行くのではないか?
僕は馬に跨り、南へと向かった。
全く真逆へ向かっているとも知らずに…




