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【第6話】形式試験(型式試験)の壁と、鉄の島

第1部・メーカー編

当時のパチスロは、

Z80などの8ビットCPUが使われていた。


メインプログラムは非常にシンプルだが、

開発者の槇村が組んだコードは、

既存のパチンコ機とは

比べものにならないほど美しく、

無駄がなかった。


「綺麗すぎるコードだ。……

 だけど、

 人間が書いたプログラムである以上、

 クロック数と命令実行サイクルの間に、

 ほんの数ミリ秒の『周期』が生まれる」


涼太はオシロスコープの波形を凝視した。


レバーオンの

物理的スイッチが入る瞬間の電気信号。


そして、

CPUが乱数を取得するタイミング。


「もし、この乱数取得の周期を『目視』

 または『音』で補足できたら……?」


涼太は、まだ誰も気づいていない

「パチスロという電子の箱」の底にある

巨大な闇に、指先を掛けようとしていた。


一方その頃、都内の大型ホールでは、

粗暴な男たちが数人で特定の島を占領し、

一般客を威圧しながら台を打つ

「スロプロ軍団」が

猛威を振るい始めていた。


涼太と彼ら、

そして開発者・槇村の運命が重なる

混沌の闇へと、時代は加速していく――。



1986年秋。


神保の「裏ROM」の打診を拒絶した

槇村だったが、次なる巨大な障壁(しょうへき)が

目の前に立ちはだかっていた。


保全協会(保安電子通信技術協会)による

「型式試験」の厳格化である。


1号機の全国展開に伴い、

警察庁および保全側は

「不正改造(裏モノ)」や

「過度な射幸性」を徹底的に警戒し始めていた。


試験に持ち込まれる実機は、

1ミリの不備も許されない

密室の検査室で、

機械による数十万回の打込テストと、

基板のプログラム解析を受ける。


「槇村さん、試験持ち込みの枠……

 何とか来月15日に押さえました」


大和精密の事務所で、

山城が汗をぬぐいながら書類を広げた。


だが、その表情は硬い。


「だがね……

 警察行政の方から通達があった。

 1号機の『最大払い出し枚数』と

『メダル投入口の吸い込み速度』についての

 解釈が、

 先月から急に厳しくなってやがる。

 ちょっとでも

 センサーの検知タイミングがズレて

 誤作動を起こしたら、

 その場で一発不合格(アウツ)だ」


当時のパチスロは、

15枚払い出しの制限や、

連続投入時のリジェクト(メダル弾き)など、

ミリ秒単位での

ハードウェアとソフトウェアの同期が

求められた。


さらに、ホールの現場からも

課題が噴出していた。


それまでのパチンコホールには

「メダル補給」の設備(島設備)が

存在しなかったのだ。


パチンコ玉のように

樋(トイ)に流して循環させるシステムが

確立していないため、

パチスロを設置したホールでは、

店員が手作業で

重いメダルの箱を運んで

台のホッパーへ

補給しなければならなかった。


「このままじゃ、ホールが悲鳴を上げる……。

 うちの『エルドラド』がどれだけ

 人気が出ても、

 店のオペレーションが追いつかなくて

 撤去されたら元も子もない」


槇村はすぐに動いた。


かつて東洋電機で培(つちか)った

機構設計の知識を注(そそ)ぎ込み、

山城の町工場で

「パチスロ専用・集中メダル補給島」の

プロトタイプを自作し始めたのだ。


「山城さん、台の背面に

 傾斜角15度の自動シュートを取り付けます。

 ホッパー内のセンサーが

 メダル残量200枚以下を検知したら、

 島上部の大型ホッパーから

 電磁弁を開いて

 自動で流し込む仕組みにします」


「正気か!?

 スロ機本体だけじゃなく、

 店の設備までウチで作るってのか!?」


「やります。

 ホールが安心して『エルドラド』を

 10台、20台と増台できる環境を

 私たちが作らなければ、

 大手メーカーの資本力に

 押し潰(つぶ)されます」


昼は型式試験に提出する

アセンブラコードのバグチェック

(命令実行サイクルの完全同期)。


夜は山城とともに、

スパナと溶接機を握りしめて

メダル補給用の「鉄の島」の試作。


槇村たちの目は血走り、

指先はハンダとオイルで

黒く染まっていた。


そんな折、

山城の工場に一本の電話が入る。


相手は、かつて槇村を

「役立たず」と罵(ののし)って追い出した

古巣・東洋電機の黒田からだった。


「……槇村か。噂は聞いているぞ。

 何やら1号機で

 調子に乗っているようだな」


電話口の黒田の声には、

明らかな焦りと嫉妬が混じっていた。

明朝 8:00 に投稿します。

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