【第5話】予兆と、秋葉原の解析狂
第1部・メーカー編
「本日はね、
お互いにとって非常においしい
ビジネスの話を持ってきたんですよ」
「ビジネス?」
デスクで回路図と対峙していた槇村は、
手を止めずに短く返した。
「ええ。
今の『エルドラド』は
確かに売れている。
だがね……
物足りないと思っているホールや
客がたくさんいるんですよ」
神保は胸ポケットから
一基の小さな電子部品――ICチップを
取り出し、テーブルの上にコンと置いた。
「もっと過激に連チャンするように
プログラムを書き換えた
『カスタムROM』です。
これをね、
うちのルートで
全国のホールにこっそり売りたい。
1機につき10万円で飛ぶように売れる。
利益は半分、
マキムラ・インダストリーさんに
お渡ししますよ」
いわゆる「裏モノ(注射)」の打診だった。
当時のホールの一部では、
ノーマル機のマイルドな出玉波では
満足できない客のために、
裏社会の手によって
プログラムが書き換えられた
「爆連機」が密かに流通し始めていた。
「断ります」
槇村は視線すら向けずに言い切った。
「うちの『エルドラド』は、
保全と警察の型式試験を
正攻法でクリアした正規の遊技機です。
裏ROMなど入れなくても、
4コマ滑りと目押しのゲーム性で
十分に客を楽しませられる」
「ケチなことを言わないでくださいよ、
槇村さん」
神保のハスキーな声が低くなった。
「パチスロなんてのはね、
所詮はギャンブルなんですよ。
客が求めているのは
ゲーム性なんかじゃない、
鉄火場のヒリつくような『金』だ。
それに……断ったらどうなるか、
分かっていて言っているんですか?」
「脅しですか」
「アドバイスですよ。
今、他のメーカーもこぞって
パチスロに参入しようとしている。
もしウチの提案を蹴るなら……
ウチの息がかかったグループに
『エルドラド』を徹底的に
荒らさせてもらうことになる。
攻略法を探されて、
ホールから撤去に追い込まれても
知りませんよ?」
神保は不敵に笑い、
名刺を置いて去っていった。
「……クソが。足元見やがって。……」
作業場でハンダゴテを握っていた山城が、
激しい怒りで肩を震わせた。
「なあ槇村……大丈夫なのか?
あいつら、
本当に何をするか分からんぞ。……」
「分かっています」
槇村は神保が置いた裏ROMを見つめ、
静かに目を細めた。
「彼らが狙うのは、
私がアセンブラで書いたプログラムの
『隙』だ。……だが、
私のコードはそんなに甘くはない」
しかしこの時、槇村はまだ知らなかった。
プログラムの隙を見つけ出すのは、
裏社会のプロでも、
競合メーカーのエンジニアでもない。
ホールで雑用に追われ、
プロ軍団に虐げられていた、
一人の
「天才的な
プログラミングの素養を持つ青年」だ
ということを――。
『エルドラド』の全国導入から半年。
爆発的な人気の裏で、ホール現場では
開発者の槇村も予期せぬ「現象」が
起き始めていた。
それは、
1号機特有の「コントロール制御」と
「フラグ持ち越し」が生み出す、
出目の違和感(リーチ目)だった。
ボーナスフラグが成立しても、
目押しができずに
揃えられない客が去った後の台。
一見すると
何の変哲もないハズレ目に見えるが、
コントロール制御の性質上、
「左リールは引き込もうとしたが、
中・右で引き込めなかった」結果
として、
通常では絶対に停止しない不自然な
出目の組み合わせがテーブル上に残る。
「おい、あの台、左のベルが滑って
下に落ちたのに、中リールが
変なトコで止まったぞ」
「マジか……
フラグ残ってんじゃねえか?」
目押しの熟練者や、
毎日ホールに張り付く一部の人間たちが、
この「出目の違和感(落ち穂拾い)」に
気づき始めていた。
時を同じくして、秋葉原のジャンク街。
電気街の路地裏にある
小さなアパートの一室で、
オシロスコープと
ROMライターの緑色の光に照らされた
男がいた。
河田 涼太――19歳。
工業高校の電子科を卒業後、
電子パーツ屋でアルバイトをしながら、
夜な夜な
ジャンク基板の解析に没頭する
プログラミング狂いだった。
涼太の部屋の押し入れには、
ホールから
知り合いのルートで安く譲り受けた
『エルドラド』の実機が、
剥き出しの状態で鎮座していた。
「……おかしい。……」
涼太は
ブレッドボードに結線された
ロムカセットから、
RS-232Cケーブル経由で
PC-9801の画面へ吸い出した
アセンブラコード(16進数の文字列)を
食い入るように見つめていた。
「レバーを叩いた瞬間の
乱数生成ロジック……
タイマー割り込みの周期が、
わずかだが
一定のパターンで巡回している……」
涼太の指先が、
カタカタとキーボードを叩く。
本日 18:30 に投稿します。




