【第2話】保全の壁と、深緑の基板
第1部・メーカー編
大手メーカー「大日本遊技機」の
影の圧迫は、
すぐに現実となって牙を剥いた。
保安協会への型式試験の申請から二週間。
提出した試作機の審査結果を受け取るため、
槇村は指定された試験場を訪れていた。
「――不適合だ、槇村君」
灰色の事務机を挟み、
担当の試験官は冷淡に書類を突き返した。
理由の欄には、抽象的な文言が並んでいる。
『メダル払出時の誤動作の可能性』
『メダル投入口の強度不足』。
いずれも、具体的な数値の根拠がない
言いがかりに等しい指摘だった。
「そんなはずはありません」
槇村は冷静さを保ちながら反論した。
「払出センサーは
二重の光学式を採用しており、
誤動作率は数百万回に一回以下です。
強度に関しても
JIS規格の耐久試験をクリアしています。
具体的な不備のデータを
提示していただけますか?」
「データは関係ない。我々が
『不安全の懸念がある』と判断すれば
それまでだ」
試験官は視線を逸らし、
事務的に手元書類を整理し始めた。
「それに、
君のところのような実績のない
個人メーカーが提出した基板など、
精査するだけでも時間がかかるんだよ。
次回の申請は三ヶ月後だな」
試験場の階段を降りながら、
槇村は拳を強く握りしめた。
(神崎の手回しか……)
申請を三ヶ月遅らせれば、
資金力のないマキムラ・インダストリーは
開発費と工場の維持費で倒産する。
大手メーカーが時間を稼ぎ、
その間に類似品を開発して
市場を奪う魂胆なのは明白だった。
事務所へ戻ると、
山城が深刻な顔で待ち受けていた。
「どうだった、槇村?」
「……不適合です。
根拠のない理由で落とされました。
次回申請は三ヶ月後と言われています」
「なんだと!?」
山城が机を叩いて立ち上がった。
「冗談じゃねえぞ!
大和精密の資金繰りは
あと二ヶ月が限界だ!
試作機のラインを止めたら、
工場の連中の給料だって払えねえ!」
絶望的な空気が狭い事務所を支配する。
だが、
槇村の瞳から光は消えていなかった。
デスクに向かうと、彼はノートを広げ、
基板の配線図を
ペンで激しく書き直し始めた。
「諦めませんよ、山城さん。
三ヶ月待つ必要なんてありません。――
一週間後に再申請します」
「一週間!?
おいおい、
不適合の理由もはっきりしねえのに、
どうやって直すってんだ!」
「相手の言いがかりをすべて無効化する
『完璧な基板』を組み直すんです」
槇村はペンの手を止め、
山城を真っ直ぐ見つめた。
「彼らが言いがかりをつけられるのは、
ブラックボックスの部分があるからです。
なら、
回路の隅々まで
物理的に不正や誤動作の余地がない
ことを、
誰の目にも明らかな形で証明すればいい」
槇村が提案したのは、
前代未聞の設計変更だった。
基板上のプログラムROMを二重化し、
相互にチェックを行わせる
「デュアルCPUシステム」。
さらに、
ノイズによる誤作動を防ぐため、
回路全体にシールド(電磁遮蔽)を施し、
基板そのものを
特殊な樹脂で封印する構造だった。
「これなら、
どんな言いがかりをつけようと
『物理的に誤動作は不可能な構造である』
と証明できます。
さらに、警察庁が最も恐れている
『後からの不正なROM書き換え(改造)』
も完全に防止できる」
山城は絶句した後、
呆れたように、しかし嬉しそうに笑った。
「お前……本気の狂人だな。
そんな二重回路、
この狭いスロット筐体の基板サイズに
収められるのかよ?」
「させます。
大和精密の基板プリント技術と、
私の配線パターン設計があれば可能です」
「言ったな……!
よし、今夜は徹夜だ!
職人全員叩き起こして、
基板の焼き直しさせるぞ!」
その夜から、
大和精密の工場は不夜城と化した。
ハンダの煙が充満する中、
微細な配線パターンを
一枚の深緑色の基板へと落とし込んでいく。
一週間後。
完全にシールドされ、深緑色に鈍く輝く
「二重制御基板」を抱え、
槇村は再び保安協会の門を叩いた。
「なんだね君は……
三ヶ月後と言ったはずだが。……」
不機嫌そうな試験官の前に、
槇村は新開発の基板と、
厚さ百ページを超える技術証明文書を
静かに置いた。
「指摘された懸念事項を
すべて完璧に補正した改訂機です。
この基板の仕様であれば、
貴協会の規約上、
優先審査の対象となります。――
審査を、始めてください」
逃げ場を塞がれた試験官の顔から、
余裕の色が消え去った。
本日 18:30 に投稿します。




