【第1話】狼煙(のろし)と業界の罠
第1部・メーカー編
新宿サウナ&パチンコでの成功は、
噂となって瞬く間に業界を駆け巡った。
「なんだあの『パチスロ』って機械は?」
「客が押し寄せて
立ち見まで出てるらしいぞ」
マキムラ・インダストリーの
事務所代わりとして借りた
雑居ビルの一室には、
連日のように
全国のホール経営者や代理店からの
電話が鳴り響いていた。
「槇村さん!
うかがいましたよ!
うちの店にもあのスロット台を5台……
いや、10台入れてくれ!」
「ウチなら他店より
高い買い取り額を提示できる!
今すぐ契約してくれ!」
デスクで電話対応に追われる山城が、
受話器を置きながら額の汗を拭った。
「おい槇村、すごい反響だぞ。
都内だけじゃねえ、
大阪や名古屋のホールからも
問い合わせが止まらん。
大和精密の工場ライン、
フル稼働どころかパンク寸前だ!」
「焦っちゃダメです、山城さん」
槇村は
冷静に基板の配線図と向き合ったまま、
視線だけを動かした。
「今はまだ
試作機を少数の店舗で
テスト設置している段階です。
大量生産して全国へ出荷するには、
保安協会の
正式な『型式試験』をクリアし、
正式な1号機として
警察庁の認可を
受けなければなりません」
「分かっちゃいるがよ……
こんな千載一遇のチャンス、
他のパチンコメーカーが
黙って指をくわえて見てると思うか?」
山城の危惧は、すぐに現実のものとなった。
その日の午後、雑居ビルの狭い事務所に、
高価なスーツを纏った
三人の男たちが押し掛けてきた。
中央に立つのは、
パチンコ業界の最大手メーカー
「大日本遊技機」の常務・
神崎だった。
「君が噂の槇村君か。……」
神崎は横柄な態度で
応接用のパイプ椅子に腰掛け、
高級タバコに火をつけた。
紫煙が狭い部屋に充満する。
「用件をどうぞ、神崎常務」
槇村が静かに促す。
「単刀直入に言おう。
我が社は君の持っている
『パチスロ』に関する特許すべてと、
技術データを買い取りたい。
金額は……
そうだな、1億円でどうだ?」
山城が息を呑んだ。
一億円――町工場が一発で借金を返し、
一生安泰で暮らせる巨額だ。
「断ります」
槇村の返答は即答だった。
神崎の眉がぴくりと跳ねる。
「……何?」
「1億円など、
僕が作ろうとしている市場の
価値からすれば微々たるものです。
それに、
大日本遊技機さんに特許を売れば、
あなた達はそれを金庫に封印し、
自社のパチンコ利権を守るために
握り潰すつもりでしょう?」
神崎の目が鋭く細められた。
図星だったのだ。
既存のパチンコで
巨万の富を得ている大手メーカーにとって、
パチスロのような新規格の台は
「市場を荒らす不確定要素」でしかない。
芽のうちに摘み取るのが彼らの狙いだった。
「若いな、槇村君」
神崎は冷笑を浮かべ、
タバコの灰を床に叩き落とした。
「この業界は、
技術だけで生きていけるほど甘くない。
保全や警察、政治家への根回し……
大手の力がなければ、
君の台など
保安協会の試験を
永遠に通さないことだってできるんだぞ?」
「脅しですか。……」
「アドバイスだよ。
個人が業界の巨頭に歯向かえば、
どうなるか……
身をもって知ることになるぞ」
神崎たちは捨て台詞を残して立ち去った。
「おいおい……大丈夫かよ、槇村」
山城が不安そうに顔を曇らせる。
「大丈夫です。
相手が焦り始めている証拠ですよ」
槇村は破られたノートを開き、
アセンブラのプログラムコードを
鋭い目で見つめた。
「彼らがどれだけ裏で手を回そうと、
警察庁の定める安全基準を100%
クリアし、なおかつ客を熱狂させる
『完全な機械』を作れば拒否はできない。
――いよいよ、本当の戦いが始まります」
1980年代半ば。
後に
「パチスロ1号機時代」と呼ばれる
狂乱の時代に向けて、
槇村の挑戦は加速していく。
本日 12:30 に投稿します。
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