【第3話】引導を渡す夜
「黒田部長! 大変です!
警察庁から
『特許侵害の疑いがある』と通達が……!
新台の出荷がすべてストップしました!」
帝都遊技機開発興業のフロアに、
悲鳴のような大声が響き渡った。
黒田は青ざめた顔で
電話の受話器を握りしめていた。
他社のヒット作を無断で模倣した
看板パチンコ機が、
土壇場で差し止めを食らったのだ。
ホールからのキャンセル電話が
鳴りやまない。
開発陣がパニックに陥る中、
社長の雷が落ちた。
『何をやっているんだ黒田!
今すぐ他社に対抗できる
『目玉商品』を用意しろ!
できなければお前の首を飛ばす!』
絶体絶命の黒田は、ある噂を耳にする。
都内郊外の場末のホール
『新宿サウナ&パチンコ』に、
夜な夜な立ち見が出るほど客が殺到する
「謎の機械」が設置されたというのだ。
黒田は
藁にもすがる思いで現場へ向かった。
そこにあったのは、パチンコ台ではない。
三本のドラムが怪しく回転し、
客が真剣な眼差しでボタンを叩く、
見たこともない機械――「パチスロ」
だった。
「す、すごい出玉だ……!
おい店長、この台はどこのメーカーだ!?」
黒田が叫ぶと、カウンターの奥から
一人の男が歩み出てきた。
「お久しぶりです、黒田部長」
安物のスーツに身を包み、
鋭い眼光を放つ男。
槇村京志郎だった。
「ま、槇村……!? なぜお前がここに……」
「私の新会社
『マキムラ・インダストリー』の
試作一号機ですよ。
このホールのオーナーが
面白がってくれてね。
試験的に設置させてもらったら、
連日満席です」
黒田の目が泳いだ。
「な、なに……!?
あのゴミ箱に捨てた企画が……
本当に動き出したというのか!?」
「ゴミ箱から拾い上げたんです」
槇村は冷たく言い放った。
「あの後、基本特許はすべて
僕の個人名義で出願を完了しました。
さらに、町工場と提携して
保全基準の型式試験も
一発でパスさせました。
この機械の構造、制御プログラム、
センサー技術……
すべて我が社が独占しています」
黒田は
膝から崩れ落ちそうになるのを
必死で耐えた。
いま帝都遊技機を救えるのは、
この「パチスロ」しかない。
「ま、槇村!
悪かった!
あの時は俺もどうかしていたんだ!」
黒田は突然、周囲の客の目も憚らず、
両手をすり合わせた。
「うちに戻ってこい!
役員の手当も出す!
このパチスロの権利を
我が社に譲ってくれれば、
うちの販売網で
全国に数万台売ってやる!
お前も大金持ちだぞ!
なあ、水に流そうじゃないか!」
ペコペコと頭を下げる元上司。
かつて自分の夢を
「ド素人のゴミ屑」と踏みにじり、
社員の前で怒鳴りつけた男の、
あまりに哀れな姿だった。
周囲の客や店員が
奇異の目で黒田を見つめている。
槇村は、黒田の手をゆっくりと、
だが拒絶の意思を込めて振り払った。
「手遅れです」
「な……!?」
「帝都遊技機に売る台は
一台もありません。それに……
僕の特許網は完璧です。
これから我が社が
業界のスタンダードになります。
他社の真似しかできないあんた達の
古い盤面と一緒に、
時代に置き去りにされるといい」
「槇村ぁぁッ!
恩知らずが!
うちの飯を食ってきたくせに!」
顔を真っ赤にして叫ぶ黒田を残し、
槇村は一切振り返ることなく
ホールの出口へと歩き出した。
外に出ると、夜の街には
色鮮やかなネオンが輝いていた。
ポケットの中で、
設立したばかりの
「マキムラ・インダストリー」の社印を
強く握りしめる。
元上司を叩き潰すなど、
ただの通過点に過ぎない。
これから
全国のメーカーが
嫉妬と欲望を剥き出しにして挑んでくる。
警察の規制、ホールの利権、そして
裏社会の影――。
「来いよ。
俺の作った機械で、
この業界の歴史を塗り替えてやる」
夜空を見上げる槇村の瞳には、
野望の炎が燃え上がっていた。
(第1部・メーカー編へ続く)
明朝 8:00 に 第1部 第1話を投稿します。




