【第2話】背水の陣と、町工場の賭け
退職からわずか三日。
槇村は、破られた開発ノートを
テープで丁寧に補修し、
特許庁へ足繁く通っていた。
弁理士からは
「個人での出願、
しかも既存のパチンコ特許を
すべて迂回する構造など前代未聞だ」
と呆れられたが、
持ち込んだ
アセンブラ言語の制御プログラムと、
リール位置を
光学センサーで誤作動なく検出する
回線設計図を見せた瞬間、
顔色が一変した。
「……槇村さん、
あなた本当に一人でこれを?
これなら既存メーカーの特許網に
一切引っかからない。
それどころか、
後発組が参入できないよう、
先手を打って
『基本特許』として押さえられますよ」
「お願いします。
出願手続きを大至急進めてください」
手応えはあった。
だが、最大の壁は「モノづくり」だった。
開発した基板やリールユニットを
形にするための資金も、
製造してくれる工場もない。
かつての同僚や知人に
頭を下げて回ったが、
元上司の黒田が業界内に
「槇村に関わるな」と
圧力をかけていたらしく、
ことごとく門前払いを喰らった。
行き詰まった槇村が最後に頼ったのは、
都外れの寂れた工業地帯にある
「大和精密」という小さな町工場だった。
社長の山城は、
油まみれの作業着を着た頑固一徹の職人だ。
「スロット機ぃ? アホ言え。
うちはパチンコの
枠やヤク物のパーツ削って
食いつないでるんだ。
そんな怪しい賭博機もどきの
試作なんて請け負えるか!」
山城は缶コーヒーを飲み干すと、
吸い殻でいっぱいの灰皿に
吸い殻を押し付けた。
しかし、槇村は引かなかった。
胸ポケットから
補修された開発ノートを取り出し、
作業台の上に叩きつける。
「山城社長、
既存のメーカーから叩かれている
下請けの価格、
それで満足してるんですか?
うちが作るのは既存のコピーじゃない。
日本の遊技機史上で初となる、
完全制御の『回胴式遊技機』です。
この
リールのステッピングモーター制御と
アルミ枠の削り出し……
大和精密の技術じゃなきゃ、
コンマ1ミリの誤差も許されない
この制度は出せないんです」
「……何?」
山城が眉をひそめ、
ノートの図面に目を落とした。
職人の目が、
精密に描かれたリールユニットの
公差設計と、
独自の光学検知メカニズムに釘付けになる。
「……おい。このリール、
光を透過させて位置を測る穴の位置……
既存の特許を避けるために、
あえてこの角度にしてあるのか?」
「はい。これなら
大和精密さんの既存のプレス機と
切削機で加工可能です。
僕に賭けてください。
成功すれば、この工場のラインは
うちの専用ラインとして
全ラインフル稼働させます」
山城はしばらく図面を凝視していたが、
やがて「ハッ」と鼻で笑った。
「威勢だけは一人前だな、兄ちゃん。……
いいだろう。
どうせこのまま
大手の買い叩きに遭って
潰れるくらいなら、
そのバカな夢に乗ってやる。
ただし、
試作機が一台でも
保通協(保全協会)の試験に落ちたら、
お前の骨と一緒に
この工場を叩き売ってやらぁ!
その覚悟でやれよ!」
「望むところです」
二人は固く握手を交わした。
資金は、退職金と自宅を担保に入れた
銀行からの融資でギリギリ。
深夜まで及ぶ基板の手ハンダ作業と、
リールユニットの微調整。
槇村の目にはうっすらと血が走り、
山城の工場からは連日連夜、
金属を削る激しい火花が散った。
一ヶ月後。
工場の一角に、
一台の試作スロット機が姿を現した。
磨き上げられたアルミフレームの中で、
三本のリールが
怪しい光を放ちながら静かに回転を始める。
「できた……
これが、俺たちの『1号機』だ」
時を同じくして、
槇村を追い出した古巣
「帝都遊技機」では、
黒田が進めていた主力パチンコ機の
マイナーチェンジ版が、
他社の特許侵害で差し止め請求を受け、
大炎上の渦中に叩き落とされていること
など、
この時の二人はまだ知る由もなかった。
本日 18:30 に投稿します。




