【第1話】ゴミ箱に捨てられた特許
「パチスロ?
なんだねその、
外人の博打機械みたいなのは」
帝都遊技機開発興業、
第一開発部の会議室。
部長の黒田は、
提出された厚さ三センチほどの企画書を、
まるで汚物でも見るような目つきで
突っ返した。
「回胴式遊技機――通称パチスロです」
開発者の槇村京志郎は、
姿勢を正してまっすぐに黒田を見つめた。
「現在のパチンコ業界は、
既存メーカー同士の特許網が張り巡らされ、
後発の我が社は完全に
身動きが取れなくなっています。
ですが、このパチスロなら話は別です。
メダルを投入し、
レバーでリールを回転させ、
ボタンで止める。
この構造であれば、
パチンコ特許の壁を完全に迂回できます」
「バカバカしい!」
黒田は机をバシンと叩いた。
「そんなものが日本で通用するか!
大体だな、パチンコだって
警察の保安基準を擦り抜けるのに
どれだけ苦労してると思ってるんだ?
スロットなんて賭博機、
ホールが
設置してくれるわけがないだろう!
特許だってどうせ海外の真似事だ、
通るわけがない!」
「通せます」
槇村は即座に言い切った。
「リールの位置を
物理的に検出するセンサーの回路、
そして
ボタンを押してから最大四コマ
滑らせて役に引き込む
制御プログラミング。
この二点において、
他社が手を出せない
独自の迂回特許ロジックを
すでに構築しました。
ホールに関しても、
すでに都内数店舗のオーナーから
『導入できれば目玉になる』と
感触を得ています。
これさえあれば、
我が社は業界のトップに――」
「黙れ、ド素人が!」
黒田の怒声が会議室に響き渡った。
黒田は槇村の手から企画書と、
彼が何年もかけて書き溜めてきた
開発ノートをひったくると、
バリバリと
派手な音を立てて二つに引き裂いた。
「会社に泥を塗る気か!
お前のような
スタンドプレーばかりする奴は、
我が社にはいらん!
いいか、うちが求めているのはな、
既存のパチンコ機の盤面デザインを
ちょこっと変えるような、
扱いやすい奴なんだよ!」
破り捨てられたノートが、
足元のゴミ箱へと放り込まれる。
パラパラと舞い散る青い方眼紙には、
槇村が徹夜を重ねて描いた
アセンブラ言語のフローチャートと、
精密なリール制御の計算式が
ぎっしりと書き込まれていた。
周囲の同僚たちは、
関わり合いになりたくないと
言わんばかりに目を背けている。
彼らが作っているのは、
他社のヒット作を
マイナーチェンジしただけの、
天下り警察官の顔色を伺うためだけの
「無難なパチンコ台」だ。
「……そうですか。……」
槇村は静かに息を吐いた。
怒りで手が震えるかと思ったが、
不思議なほど心は冷えていた。
「黒田部長。この構想の価値が、
本当に理解できませんか?」
「当たり前だ!
こんなゴミ屑、タダでもいらんわ!」
「わかりました」
槇村は一歩踏み出すと、屈み込み、
ゴミ箱の中から
破られた開発ノートを拾い上げた。
手垢とインクで汚れたそれを
慎重に懐へ収めると、
胸ポケットから一通の封筒を取り出し、
黒田の目の前にある机へ滑らせた。
「退職届です」
黒田が目を見開く。
「な、なんだと……?」
「本日をもって辞めさせていただきます。
私の技術も、特許も、
この会社には一切残しません」
「ハッ!
威勢がいいのは結構だがな、
一開発者が跳ね返えせるほど、
この業界の壁は甘くないぞ!
会社を飛び出してどうする?
資金も、工場も、販売網もないお前が、
一人で何ができるってんだ!」
嘲笑する黒田と、
哀れみの視線を向ける同僚たちに
背を向け、
槇村は会議室のドアに手をかけた。
「できますよ」
振り返った槇村の目には、
確固たる確信が宿っていた。
「私が作るのは、ただの機械じゃない。
この業界の歴史を変える『本物』です。
――せいぜい、僕が去った後の
その古い盤面で、
いつまで会社が持つか見ものですね」
「な……この恩知らずが!
出ていけ!
二度とこの業界の敷居を跨げると
思うなよ!」
背中に浴びせられる罵声を無視して、
槇村はドアを強く閉めた。
会社の外に出ると、
昭和の終わりを告げる冷たい風が
吹き抜けた。
懐にある破れたノートの感触を確かめる。
(見ていろ。
お前たちが『無理だ』と切り捨てた
このプログラムで、
全員の首を洗わせてやるからな。……)
男の、そして新しい時代の反撃が、
ここから始まる。
本日 12:30 に第2話を投稿します。




