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第12話「昭和60年、初秋」 

第2部 

昭和60年(1985年)、

9月の半ば。


残暑が、まだ、

駐車場のアスファルトに、

居座っていた。


サンライズの、

エルドラドのシマは、

相変わらず人垣だった。


ただ、顔ぶれは、

少しずつ変わりはじめている。


ミツの姿は、もう見えなかった。


辰さんは、日に日に、

帽子を目深に

かぶるようになった。


「兄ちゃん」


その辰さんが、

涼太の袖を引いた。


「あの男、見えるか?」


人垣の、いちばん後ろ。


40がらみの、

くたびれたジャケットの男が、

立っていた。


打たない。


座らない。


手には、古びた手帳と、

短くなった鉛筆。


男は、

台から台へ、

ゆっくりと歩きながら、

何かを書きつけていた。


「朝から、

 一銭も、打ってねえ」


辰さんが、声を落とした。


「店の者か。

 それとも、あの紙を

 売ってた連中の、仲間か」


涼太は、答えなかった。


男の、目の動きを見ていた。


リールではない。


客でもない。


台の出方そのものを、

追っている目だった。


「お客さん」


主任の野口が、

男の前に立った。


「打たれないんでしたら、

 ご遠慮いただいてますが」


「見ているだけだ」


男は、

手帳から目を上げなかった。


「それが、ちょっと」


野口は、

制服の袖口を整えた。


「最近、

 紙を売りつけたり、

 客の打ち方を

 写したりする方が、

 いらっしゃいまして。

 お名前と、ご用件を」


「用件は、ない」


「でしたら」


野口の声が、硬くなった。


通路の向こうから、

店長の浅田が、歩いてくる。


「どうした?」


「この方が、朝から、ずっと」


浅田は、

男の顔をじっと見た。


「攻略屋、か?」


涼太の足が、

勝手に前へ出た。


「僕の連れです」


3人の視線が、

涼太に集まった。


「兄さんの、連れか?」


浅田が、眉をひそめた。


「はい。……仕事で、

 機械を見る人です。

 今日は、勉強に。……」


浅田は、

涼太の顔と、

男の顔を見比べた。


「……ほどほどにな」


浅田は、

野口に顎(あご)をしゃくった。


野口は、

まだ何か言いたげだったが、

黙って下がった。


駐車場には、

夕焼けが降りてきていた。


「助かった」


男が低く言った。


「どうして、庇(かば)った?」


「分かりません」


涼太は、正直に答えた。


「ただ、あなたは、

 台を見ていました。

 紙を売る人たちと、

 見ているものが、違った。」


「何を、見ていたと思う?」


涼太は、少し迷った。


そして、言った。


「数えていますよね。あの台は」


男の手が止まった。


鉛筆が、手帳の上で、

ぴたりと動かなくなった。


「……どうして、そう思う?」


「入れた枚数と、出た枚数。

 その間に、

 積み上がっていくものがある。

 ある時点で、

 それが開く。そう見えます。」


涼太は、

鞄からノートを取り出した。


「見せてもらおうか」


男が、手を伸ばした。


涼太は、

1頁(ページ)だけ開いて、渡した。


男は、

頁をじっと見つめた。


数字の並び。


当たりの前後の小さな癖。


男の目が、細くなった。


「……これを、独学で、か?」


「はい。ただ、

 何が数えているのかまでは、……」


男は、ノートを返した。


「名前は?」


「河田涼太です。

 多摩川沿いの、

 志摩電装という工場で、

 働いています。」


男の口が、半開きになった。


「志摩電装?!」


「はい」


「河田涼太。……」


男は、

その名を、

ゆっくり繰り返した。


「……あの、

 波形の報告書を

 書いたのは、あんたか。……」


涼太は、息をのんだ。


「ビンゴ開発の、試作機の?」


「ああ」


男は、小さく笑った。


「西条という。

 ビンゴ開発の、

 電子制御に、いた」


「いた、ですか?」


「ひと月ほど前までな」


西条は、

駐車場の隅の、

自動販売機に目をやった。


「ミリオンスターを、見たか?」


「はい。

 さっき、見てきました」


「客が、座らなかっただろう?」


涼太は、答えられなかった。


「穏やかで、

 長く遊べる台を、

 作ったつもりだった」


西条は、静かに言った。


「売れなかった。

 責任は、全部、

 俺に回ってきた。

 出玉が足りない、

 設計が弱い、と。

 辞表を

 出したんじゃない。

 出させられたんだ。」


涼太は、何も言えなかった。


「だが、後悔は、していない」


西条は、

手帳をポケットにしまった。


「あの台が、好きだと

 言った客が、一人はいた」


涼太は、

あの年配の女性を思い出した。


「それより、あんただ」


西条は、

涼太の目をまっすぐ見た。


「エルドラドが、

 何を数えているのか。

 知りたいか?」


「……はい」


「明日、時間はあるか?」


「仕事が終わってからなら」


「駅裏に、純喫茶がある。

 サルビア、という。

 そこで待っている」


西条は、背を向けた。


「見せたいものがある。

 紙の束だ。

 だが、先に言っておく。」


振り向かずに、言った。


「それを見る気が、

 あなたにあるなら。

 ただの、

 攻略法の紙とは、わけが違う。」


西条の背中が、

夕焼けの中に、

遠ざかっていった。


涼太は、

ノートを強く握りしめた。


第2部(完)

読んでくださってます方々に篤くお礼申し上げます。

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リアクション頂きまして、ありがとうございます。


10/22 8:10 に第3部 第1話を投稿します。

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