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特別挿話 『鋼剣2nd』回想(1)

【 入り口の多さと、溢れ出す脳汁 】


昭和から平成、そして2010年代へと時代は巡り、


ホールの空気はすっかり清潔なものに変わっていた。


LEDの光が眩しく交錯するホールの一角で、

井上博康はパチスロ5号機

『MIS(槇村インダストリースペシャル)鋼剣2nd』の

打球感に文字通り「呑まれて」いた。


かつて1号機『キングダイス』の時代、

手投入の3枚のメダルを

カチ、カチ、カチと滑り込ませ、

「1秒溜めレバー叩き」や「左斜め下45度叩き」

などというガセ攻略法を真顔で試していたあの井上も、

いまや50代の男だ。

整備工場で長年油に塗れてきた手元は、

いまやクレジットの

MAX BETボタンを軽快に叩いている。


しかし、その目の輝きだけは、

あの昭和61年の『モンテカルロ』の

シマにいた頃と何一つ変わっていなかった。


「おい、涼太……見ろよ、これ……!」


隣に座る涼太の袖を、

井上が興奮で震える手で引っ張る。


液晶画面には、

主人公の剣士・鋼牙が

敵陣の渦中で不敵に刀を構える

カットインが挟み込まれていた。

下部のリールには、

左・中・右とビタッと止まった

「弱チェリー」。


普通なら、

ほんのわずかなコイン持ちの

足しにしかならないはずの弱小役だ。

他の多くの5号機であれば、

強チェリーやスイカといった

重いレア小役を引いて、

さらにそこから数パーセントの

狭き門を突破して

ボーナスかARTを

強引に引きずり下ろさなければ、

まとまった出玉の波など訪れない。


だが、『鋼剣2nd』は違っていた。


「弱チェリーから……

高確へ上がったぜ……!

これで『鉄拳チャンス』ならぬ

『鋼剣ゾーン』の抽選確率が跳ね上がる……!

いや、待てよ、直撃ARTの可能性だって残ってる!

それに、もしここで

内部的にボーナスと重複してたら……!」


井上の口から、唾が飛び散る。


涼太は自らの台のレバーを叩く手を止め、

井上の液晶とリールを静かに見つめた。


涼太の頭の中には、

この『鋼剣2nd』の

内部プログラムの構造が

克明に浮かび上がっていた。

メイン基板が吐き出す乱数、

サブ基板が受けるシリアル信号、

そして演出用ROMが弾き出す膨大なテーブル。


この機種が異例のロングセラーを記録し、

後継機である『鋼剣6』などの新台が

導入直後に高い稼働を誇りながらも

わずか9週程度で稼働貢献を終えて

シマから消えていったのとは対照的に、

いつまでも客に愛され続ける理由を、

涼太は技術者の目から完全に理解していた。


『鋼剣6』をはじめとする多くの機種は、

「いかに大きなボーナスを引くか」

「いかに思い上乗せ特化ゾーンに入れて

初期ゲーム数を獲得するか」という

「一本道の出玉ルート」しか持っていなかった。

そこに至るまでの過程は単なる作業であり、

引き損であり、期待感の冷めた時間だったのだ。

打ち手はただ

「大量出玉という結果」だけを追い求め、

そこに届かなければ一気に冷めて席を立つ。

だから稼働は長続きしない。


しかし、『鋼剣2nd』の設計思考は違った。


大量出玉に至る「入り口」が、

網の目のように何重にも張り巡らされていたのだ。


重いBIG BONUSから

ART『鋼剣RUSH』へ叩き込む王道ルートは

もちろんのこと。

通常時のレア小役から突入する自力解除ゾーン

『鋼剣ゾーン』。

そこをスルーしても

内部高確モードが引き継がれることによる

再度のチャンス。

低設定であってもどこからでも飛び込んでくる

可能性のある直撃ART。

さらには、REG BONUS中の全正解による一発逆転、

そして天井1400G到達時に約束される

超高継続の「飛鳥RUSH」——。


どこからでも、どんな状態からでも、

「次に何かが起きるかもしれない」という

期待の糸が途切れることがない。


「行くぞ……! 鋼剣ゾーン発動だ!」


井上がレバーを気合一閃、叩きつける。

液晶画面が紫色の妖気を帯び、

10ゲーム間の自力バトル

『鋼剣ゾーン』へ突入した。


リールを止めるごとに、

液晶の敵の体力が削られていく。


「押し順ベル……よし!

弱スイカ……よし!!」


井上の額に、じわりと汗が滲む。


打ち手が脳汁を迸(ほとば)らせるのは、

決して

「メダルがジャラジャラと箱に溜まった瞬間」

ではない。

そんなものは単なる結果に過ぎないのだ。


打ち手が本当に頭の芯まで痺(しび)れ、

アドレナリンが血管を突き破るように

駆け巡るのは——「あ、ここから俺の展開が、

とんでもないことにつながるかもしれない」と

【予感】したその一瞬なのだ。


『鋼剣2nd』は、その「予感の瞬間」を、

遊技のあらゆる場面に仕込んでいた。


『鋼剣ゾーン』の最終ゲーム。


井上はストップボタンを押し込み、

画面上の敵を叩き斬った。


甲高い電子音とともに、

液晶いっぱいに金色で躍動する文字——『鋼剣RUSH突入』。


「入った……! 入ったぞ涼太!

通常時のどうでもいい弱チェリーから、ここまで繋がった!」


「まだだろ、井上。ここからだろ」


涼太が静かに微笑むと、

井上は「おうよ!」と野太い声で応えた。


だが、この『鋼剣2nd』の本当の狂気と興奮は、

ARTに入った「後」にこそ存在していた。


ART『鋼剣RUSH』の1セットは40ゲーム。

純増枚数は1Gあたり約1.7枚。


これ単体では、大した出玉にはならない。


しかし、このRUSH中に

レバーを叩く一回一回に、

打ち手の魂を揺さぶる「道筋」が幾重にも交錯していた。


ゲーム数ダイレクト上乗せ、

セット数ストック、

ボーナス重複抽選、

そして特化ゾーン『頭突きコンボチャンス』への突入。

それらが互いに殺し合うことなく、

見事な螺旋を描いて重複していく。


井上の手が、RUSH中のレバーを叩く。


10ゲーム目。


液晶に画面フリーズを伴う「強スイカ」が停止した。


「おい……液晶が……固まったぞ……!?」


画面中央、銀二(ぎんじ)をモチーフにした

豪胆な剣豪キャラクターが、

画面狭ましと画面手前へと迫ってくる。


演出が切り替わり、

レバーオンのフリーズが解けた瞬間——リールが

一切回転しない「0G状態」のまま、

上部ランプが狂ったようにフラッシュを始めた。


『鋼剣アタック』——本機屈指の

脳汁誘発システムである0G連上乗せ特化ゾーンだ。


「メダルを……入れてない……!」


井上が茫然と呟いた。


「メダルを1枚も入れてねえのに……

レバーを叩くだけで、7が揃い続けてる……!」


そうなのだ。


通常のゲーム性であれば、打ち手はメダルを3枚投資し、

レバーを叩き、

出玉というリターンを期待する。


投資とリターンは常に等価の交換として成立している。


しかし、この0G連特化ゾーン

『鋼剣アタック』の瞬間だけは違っていた。


メダルを1枚も消費しない。


投資というリスクを一切負っていない

「ゼロ」の状態で、

連続してレバーを叩くことだけを求められる。


そしてレバーを叩くたびに、

バコン! ガコン! と液晶で赤7が揃い、


「+30G!」


「+50G!」


「+100G!」


とゲーム数が加算されていく。


投資をしていない瞬間に、

出玉への期待だけが爆発的に膨らんでいく。


「ガコン! 赤7揃い! +50G!」


「ガコン! 赤7揃い! +30G!」


「ガコン! 逆回転! 白7揃い! +100G!!」


「うおおおおおっ!!

 

 止まらん!


 止まらねえええっ!!」


井上の叫び声がホールに響き渡る。


周りの若者たちが一斉に振り返り、

井上の台の液晶表示を羨望の眼差しで見つめる。


0G連が終了した時、

上乗せされたゲーム数は「+280G」に達していた。


井上の手は興奮で小刻みに震え、

額からは滝のような汗が流れていた。


呼吸は荒く、目は充血している。


「涼太……俺、いま……

 頭の裏側が痺(しび)れたぞ……。

 なんだこれは……。

 1号機の『キングダイス』で

 リーチ目を出した時とも、

 2号機で体感器使って連チャンさせた時とも違う……!

 自分の手で、

 無限の可能性の扉を次々にこじ開けてるような感覚だ……!」


「それが、この台の設計だよ」


涼太は静かに手元で3枚のメダルを投じながら言った。


「出玉の限界値を高く設定するだけなら、

今の技術ならいくらでもできる。

だが、客を熱狂させるのは『出玉の数字』じゃない。

『ここからどこまで伸びるんだ』という期待の波が、

次から次へと打ち寄せてくる構造だ。

『鋼剣2nd』は、その波の作り方がズバ抜けてるんだよ」


井上は大きく息を吐き出し、下皿のメダルを愛おしそうに撫でた。


「なあ、涼太……。

 もしこの先、もっと映像が綺麗になって、

 もっと出玉のスピードが速い

『鋼剣6』とか『鋼剣7』が出たとしてもさ……

 俺は、この『2nd』がホールにある限り、

 一生これを打ち続けると思うわ。

 だってよ……こんなに

 叩くたびにワクワクできる台、他にねえだろ?」


井上の言葉は、

まさに稼働貢献という数字の奥にある、

打ち手の「本音」そのものだった。


大量出玉という結果ではなく、

そこに至るまでの『可能性』を

何度も見せてくれるゲーム性。


昭和の鉄火場でハンダごてを握り、

1と0のプログラムの奥底を見つめ続けてきた涼太は、

いま目の前で

少年みたいに目を輝かせている井上の横顔に、

かつて昭和61年の秋、

手投入のメダルを握りしめて

「パチスロ最高だ!」と叫んでいたあの頃の姿を

重ね合わせていた。

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