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第10話 昭和60年、初夏

第2部 

昭和60年(1985年)の初夏。


エルドラドが入って、2か月。


サンライズの、

メダルを使うシマは、

毎日、人垣で埋まった。


連チャンの噂は、噂を呼んだ。


隣町から、

電車を乗り継いで来る客まで、

現れた。


そして、

噂は、もう一つ生まれた。


「エルドラドには、

 攻略法がある。」


喫煙所で、

誰かが、そう口にした。


翌日には、皆が知っていた。



土曜の夕方。


涼太は、

辰さんに腕を引かれて、

駅裏の喫茶店『ブルーベル』の

前に立っていた。


「付き合え、兄ちゃん。

 見るだけでいい」


「見るだけ、ですか?」


「紙が、売られるんだ」


奥のボックス席には、

ミツが、すでに座っていた。


向かいの席に、スーツ姿の男。


30代。


サングラスを、

胸ポケットに差している。


足元には、黒い紙袋。


「黒川です。

 お待ちしてました」


男は、

名刺も出さず、笑った。


「エルドラドの、完全攻略。

 今日が、最後の1部です」


紙袋から、

ホチキス留めの

紙の束が出てきた。


表紙には、手書きの太い文字。


〈エルドラド

 完全攻略 打ち手限定〉


「3万円。現金で」


ミツが、息をのんだ。


「高い、ですよね」


「安いもんです」


黒川は、声を落とした。


「ホールの人間が、

 一番、

 知られたくない情報だ。

 これ一冊で、

 月の食い扶持が稼げる」


辰さんが、

紙の束を手に取った。


ページを、ぱらぱらとめくる。


数字と矢印が、

びっしり並んでいる。


涼太は、横から、

その紙を覗き込んだ。


数字は、どれも、

もっともらしい。


だが、数字と数字の間に、

「なぜ」が、一つもない。


「あの、……」


涼太は、口を開いた。


「この数字は、

 何を根拠に

 しているんですか?」


黒川の笑顔が、

一瞬、止まった。


「企業秘密、ですよ。兄さん」


「機械の何を、見て?」


「兄さん」


黒川は、

笑顔のまま言った。


「買うか、買わないか。

 それだけです」


辰さんが、

涼太の肩を、軽く叩いた。


「いい、いい。

 兄ちゃんは、黙ってろ」


結局、辰さんが2万円、

ミツが1万円を出して、

紙の束は、二人の手に渡った。


黒川は、札を数え、

黒い紙袋を提げて、

先に店を出ていった。


「大丈夫でしょうか?」


涼太が、ぽつりと言った。


「分からん」


辰さんは、

紙の束を、懐にしまった。


「ただ、

 このまま

 負け続けるよりは、いい」


ミツが、

無言で、コーヒーをすすった。


その手が、少し、震えていた。


専門学校の授業料の一部だと、

あとで、涼太は聞いた。


翌日から、

辰さんとミツは、

紙の束を片手に、

エルドラドに向かった。


最初の3日は、悪くなかった。


辰さんは、

小さな連チャンを、

何度か引いた。


「当たってる、当たってる」


ミツも、顔を上気させた。


だが、4日目から、

二人の箱は、

軽くなりはじめた。


5日目。


10日目。


紙の束は、

くしゃくしゃになった。


そのころ、事務所では、

店長の浅田が、

主任の野口と、

帳面を広げていた。


「紙を持った客が、増えたな」


「はい。

 何人か、

 同じ打ち方をしてます」


「出玉は?」


「落ちてます。

 台の出方も、

 妙に、揃ってきた」


浅田は、腕を組んだ。


「本社から、通達だ。

 出玉を、少し、絞れとさ」


野口が、顔を上げた。


「絞ると、

 客が、減りますよ」


「減らさんように、

 絞れ、ということだ」


浅田は、帳面を閉じた。


「見回りを、増やせ。

 同じ台に、長く座る客は、

 帳面に控えろ。

 それと、

 紙を売りつけてた連中は、

 今後、店に入れるな」


「分かりました」


浅田は、

窓の外の、人垣を眺めた。


連チャンは、客を呼ぶ。


攻略法は、客を狂わせる。


どちらにも、店は、

手を打たねばならない。


それが、浅田の仕事だった。



2週間後。


辰さんは、

最後のメダルを、

台に落とし、

ふっと息を吐いた。


「やられたな」


「すみません」


涼太は、うつむいた。


「何を謝る?」


辰さんは、笑った。


「買ったのは、俺だ。

 紙きれを買ったのは、

 俺の目の悪さだ」


ミツが、黙って立ち上がった。


背中が、小さく見えた。


辰さんは、

涼太の肩に、手を置いた。


「だがな、兄ちゃん」


「はい」


「あの喫茶店で、

 お前が言ったこと。

 根拠は何か、と」


辰さんは、

涼太の目を、まっすぐ見た。


「紙より、

 お前の目の方が、

 まともだった」


涼太は、答えられなかった。


その夜、寮の六畳間。


涼太は、ノートを開いた。


昼間、見ていた数字を、

並べる。


紙の束にあった数字と、

自分のノートの数字は、

まるで、噛み合わなかった。


並べ直し、書き直し、

また、並べ直した。


窓の外の、夜風が、

カーテンを揺らした。


数字は、嘘をつかない。


嘘をつくのは、

数字の並べ方だ。


涼太は、鉛筆を置いた。


ノートの端に、小さく、

一行だけ、書いた。


何を数えているのか。


それが、分かれば。

明朝 8:10 に投稿します。

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