↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
27/33

第9話「昭和60年、春」

第2部

昭和60年(1985年)の春。


涼太が、

仕事帰りに

ホールへ通うようになって、

3年近くが過ぎていた。


郊外の

パチンコ店『サンライズ』。


薄暗いシマの端にある、

メダルを使う機械の前が、

涼太の定位置だった。


勝つためではない。


千円だけを握って、

リールが回り、

止まり、

揃ったり

揃わなかったりするのを、

ただ眺める。


店員は、

そんな客を、

嫌な顔もせず、

放っておいてくれた。


その日の朝は、

いつもと違った。


日曜の、夜明け前。


サンライズの前には、

すでに三十人ほどの列が

できていた。


夜勤明けの工員。


内職を抜けてきた主婦。


専門学校生らしい若者は、

あくびを噛み殺している。


ミツ、と皆に呼ばれていた。


顔ぶれは、さまざまだった。


「新台入替だとよ」


列の中ほどで、

帽子を目深にかぶった男が、

競馬新聞を

たたみながら言った。


辰巳。


皆から、

辰さんと呼ばれている。


五十代の、

元トラック運転手で、

このホールの常連の中では、

古株だった。


辰さんは、

千円札を数えながら、

独り言のように言った。


「今日で、取り返す」


「兄ちゃんも、

 並んでたのか。……」


「はい。……

 何が入るんですか?」


「エルドラドだ。

 噂は、聞いてるだろう?」


涼太は、うなずいた。


どこかの台が、

とんでもない連チャンを

するらしい。


そんな話は、

仕事先の工場でも、

ホールの喫煙所でも、

ここ数か月、

何度も耳にしていた。


その台に、

これから、

触れるのだ。


開店の三十分前。


シャッターの前に、

店長の浅田が、

拡声器を提げて現れた。


背後には、

主任の野口と、

制服の店員が数人。


「本日は、

 ご来店

 ありがとうございます。

 新台入替につき、

 整理券を、

 お配りします。

 順番を、お守りください」


店員たちが、

整理券を手早く配っていく。


列が、

わずかにざわめいた。


涼太の券は、

22番だった。


「悪くねえな」


辰さんが、

自分の券を、

指で弾いた。


「10番台なら、

 角が取れる。

 20番台でも、

 まあ、座れる」


ベルが鳴り、

シャッターが上がった。


客が、一斉に、流れ込む。


軍艦マーチが、

天井のスピーカーから

降ってくる。


メダルを使うシマには、

真新しい筐体(きょうたい)が、

ずらりと並んでいた。


金色の縁取りに、

赤い七の絵。


『エルドラド』。


涼太は、

22番の券を握って、

空いている台の前に

腰を下ろした。


千円札で借りたメダルを、

投入する。


レバーを叩く。


ストップボタンを、

一つずつ押す。


ト、ト、トン。


小役が揃い、メ

ダルが数枚、落ちた。


派手さは、ない。


だが、涼太の目は、

リールではなく、

別のところを見ていた。


出た枚数。


入れた枚数。


その間に、何かが、

積み重なっていく。


三十分ほどたったとき、

隣の台で、

歓声が上がった。


「来た、来た、来た!」


辰さんだった。


ファンファーレが鳴り、

ランプが、

きらびやかに回る。


当たりが終わると、

またすぐに、

次の当たりが灯った。


一回、


二回、


三回。


通路に、

人が集まりはじめた。


「おい、続くぞ」


「何連だ?」


五連、


八連、


十連。


足元のドル箱が、

一段、

また一段と、

積まれていく。


涼太は、

レバーを叩く手を止め、

辰さんの台を、

じっと見ていた。


当たる前に、

決まって、

何かが起きている。


いや、何かが、

積み上がっている。


そして、

ある瞬間に、

その積み上がったものが、

一度に、開く。


「数えてる……」


声に出したつもりは

なかった。


だが、辰さんが、

ちらりと、こちらを向いた。


「何を数えてる?」


「あ、いえ。何でも。……」


「機械の顔を見る奴だな、

 兄ちゃんは」


辰さんは、

それ以上、聞かなかった。


ただ、ふっと、

口の端を上げた。


夕方。


涼太がホールを

出ようとしたとき、

景品カウンターの裏から、

店長と主任の声が、

聞こえてきた。


「出すぎだな」


浅田が、

帳面をめくっている。


「今日の分は、赤字ですか?」


「まだ、分からん。

 だが、客は、入った」


野口が、声を落とした。


「本社は?」


「今のところは、

 喜んでる。

 今のところは、な」


店長は、帳面を閉じた。


「連チャンは、客を呼ぶ。

 そのぶん、

 店の財布を食う。

 どこで、

 釣り合いを取るか。

 それが、俺たちの仕事だ」


涼太は、

足音を殺して、外へ出た。


夕焼けが、

駐車場のアスファルトを、

赤く染めていた。


その夜、寮の六畳間。


涼太は、ノートを開いた。


昼間、見ていた数字を、

一つずつ、書き写していく。


入れた枚数。


出た枚数。


当たりの前後の、

小さな癖。


何度も、並べ直した。


間違いない。


何かが、数えている。


誰かが、書いたとおりに、

決められた順番で、

数えている。


その「誰か」の顔を、

涼太は、まだ知らなかった。

明朝 8:10 に投稿します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。