第8話「連チャンの噂」
第2部
翌日、男は
昨日と同じホールへ向かった。
昨日、
ペリカンXXXの前で聞いた話が、
頭から離れなかった。
小役が続いたあとに
ボーナスが揃う。
マーキュリーⅢでは、
リーチ目が出ていないと
思っていたのに
突然ボーナスが揃う
こともある。
常連たちは、
そんな機械の癖を
自分の経験から探っていた。
だが、
男が見たかったのは、
もっと別のものだった。
当たりが
一度来るだけではない。
開店前の入口には、
昨日と同じ顔ぶれが
並んでいた。
「兄ちゃん、また来たのか?」
昨日、
ペリカンXXXを打っていた
男が
声をかけてきた。
「ええ。昨日の話が気になって」
「何の話だ?」
「当たりが続くっていう話です」
彼は、
煙草をくわえたまま笑った。
「そんなもん、
毎日見られるわけじゃねえよ。
見られたら運がいいと思っとけ」
開店の札が裏返った。
男は店内へ入り、
昨日と同じ島へ向かった。
ところが、
ペリカンXXXの前には
すでに客が座っていた。
男は空いていた
別の台に腰を下ろし、
メダルを投入した。
レバーを叩く。
リールが回る。
停止ボタンを押す。
何も起こらない。
もう一度、
メダルを入れる。
何も起こらない。
周囲からは、
メダルの払い出し音や、
客同士の話し声が
聞こえてくる。
誰かがボーナスを引けば、
少し離れた場所からも
歓声が上がった。
だが、
男の台は静かなものだった。
昼が近づいたころ、
島の向こう側が
騒がしくなった。
「おい、まただぞ!」
誰かの声がした。
男は振り返った。
ペリカンXXXの前に、
数人の客が集まっていた。
中央に座っているのは、
開店前に話した男だった。
彼の台では、
ボーナスが揃っていた。
それだけなら、
珍しいことではない。
しかし、
男はボーナスを終えると、
ほとんど間を置かずに
次のボーナスを引いた。
「またかよ!」
隣の客が声を上げた。
彼は笑わなかった。
リールを見つめ、
それまでどおりの手つきで
レバーを叩いている。
さらに、ボーナスが揃った。
周囲の空気が変わった。
「おい、何回目だ?」
「さっきから、
ずっと当たってるぞ」
「こんなこと、あるのかよ」
男も席を立ち、
少し離れたところから
台を見つめた。
ボーナスが終わる。
メダルが払い出される。
男がレバーを叩く。
リールが回る。
そして、
またボーナスが揃う。
客たちの声が大きくなった。
彼の足元には、
メダル箱が置かれていた。
店員が
新しい箱を運んでくる。
箱を置く音が、
騒がしいホールの中でも
妙にはっきり聞こえた。
男は、彼の表情を見た。
最初のボーナスでは
笑っていた彼が、
今ではほとんど無言だった。
喜んでいないわけではない。
ただ、
目の前で起きていることを、
一つずつ確かめるように
打っていた。
やがて、
背後にいた客が言った。
「兄ちゃん、これ、
何かあるんじゃねえのか?」
別の男が答えた。
「何かって、何だよ?」
「知らねえよ。
けど、普通じゃねえだろ」
「普通じゃねえって
決めつけるなよ。
出るときゃ出るんだ」
口ではそう言いながらも、
その男も
台から目を離さなかった。
皆も同じだった。
これほど
当たりが続くところを
見たのは初めてだった。
昨日まで、
男にとってボーナスは、
一度引けばそれで終わり
というものだった。
ところが、目の前では、
その終わりが
何度も繰り返されている。
なぜ、こんなに続くのか。
偶然なのか。
機械には、
男の知らない仕組みが
あるのか。
答えは見つからなかった。
午後になっても、
彼は打ち続けていた。
周囲には、
いつの間にか
見物人が増えていた。
打っていた客が手を止め、
通路を歩いていた客が
立ち止まり、
隣の島からも
人がやって来る。
誰かが
回数を数えていたが、
途中で
分からなくなったらしい。
「もう、
何回目だか分からねえよ」
その声に、
周囲から笑いが起きた。
男は、
箱に積まれたメダルを見た。
朝から
ずっと増えてきたものが、
今では
彼の足元を埋めるほどに
なっていた。
彼が
ようやく席を立ったのは、
夕方近くになってからだった。
店員が
台の周囲を片づける。
見物していた客たちは、
名残惜しそうに
散っていった。
男は彼のそばへ行った。
「すごかったですね」
彼は、
疲れたように笑った。
「俺も、
こんなのは滅多にねえよ」
「何か、分かったんですか?」
「何がだ?」
「どうして、
あんなに続いたのか」
彼は少し考えた。
「分かってりゃ、
毎日やってるよ」
それから、
箱に残ったメダルを
見下ろした。
「出た理由を
説明できることと、
次も同じように
出せることは、
別の話だ。
今日のことだけで、
何か分かったつもりに
なるなよ」
昨日と同じ言葉だった。
男は、うなずいた。
ホールを出ると、
夕暮れの風が頬に当たった。
背後では、
まだ客たちが話していた。
「あのペリカン、
すごかったな」
「明日も、
あそこを狙うか。……」
「同じことが、毎日
起きるわけねえだろ」
誰も、
確かな答えを
持っていなかった。
それでも、
明日になれば、
また誰かが
あの台に座るのだろう。
昨日の噂を確かめるために。
今日の大当たりを
再現するために。
そして男も、
あの光景を
忘れられそうになかった。
何度も揃うボーナス。
運ばれてくるメダル箱。
台を取り囲む客たち。
あの熱気の中で、
男は、
パチスロという機械が
人を夢中にさせる理由を
知った気がした。
ただし、
理由を知った気が
しただけだ。
機械の中で
何が起きていたのか。
なぜ、
あれほど
当たりが続いたのか。
それは、まだ分からない。
だからこそ、
男はもう一度、
あの台を見てみたいと
思った。
明日 8:10 に投稿します。




