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第6話 昭和60年、早春

第2部

昭和60年(1985年)の早春。


新風営法が、施行された。


ホールの看板が、

一斉に書き換えられていく。


パチンコ店の片隅に、

メダルを使う機械の置き場が、

新しく切り分けられていった。


『ビンゴ開発』の開発室では、

その朝、

全員が廊下に出ていた。


保通協の検査室の前に、

並べられた長椅子。

西条、久我、そして

若手の三人が、

無言で座っている。


試作機は、

二週間前に

持ち込まれていた。


電源の落ち込みへの手当ては、

志摩電装の報告書をもとに、

昨夜まで、若手たちが詰めた。


戸田の膝が、

小刻みに揺れている。


松村は、爪を噛んでいる。


小野寺は、目を閉じていた。


扉が開いた。


紺の作業服の検査員が、

書類を持って出てくる。


表情は、読めなかった。


「ビンゴ開発さん」


「はい」


久我が、立ち上がった。


検査員は、

書類に目を落としたまま

言った。


「適合です。

 次の書類を、窓口に」


誰も、声を出さなかった。


しばらくして、

小野寺が、長く息を吐いた。


戸田が、両手で顔を覆った。


久我は、

いつもの苛(いら)立った顔を、

一瞬だけ緩め、すぐに引き締めた。


「よし。

 発売は、八月で行く。

 営業に連絡しろ」


帰りの車で、

西条は、窓の外を見ていた。


「次は、出玉だ」


久我が、助手席で言った。


「合格しただけでは、

 売れん。

 ホールが、

 競うように入れたくなる

 台でなければ」


「出玉だけで、

 客は続きません」


西条が言った。


「客が欲しいのは、

 次に何かが起きそうだ、

 と思える瞬間です」


「それを数字にしろ、

 と言っている」


久我の声は、低かった。


西条は、

それ以上、言わなかった。


翌週。


営業部長の平井が、

開発室に、

箱を抱えて現れた。


「他社の新台だ。

 ホールの連中が、

 騒いでいる。

 研究用に、

 1台、買った」


箱の中身は、

基板と、

リールのユニット。


稟議書の控えが、

箱の上に、

無造作に載っている。


他社機の購入にも、

判が3つ要る。


「やれ」


西条が、

若手3人に言った。


「壊すな。まず、観ろ」


若手たちは、

機械にメダルを入れ、

レバーを叩き、

出目と払い出しを、

一回ごとに、

ノートに記した。


百回。


二百回。


千回。


数字が、

少しずつ、

癖を見せはじめた。


「当たりが来る前に、

 決まって、

 払い出しがずれます」


松村が、顔を上げた。


「いつも、

 同じ枚数のあたりで」


「枚数を、数えているんだ」


西条が、

ノートを覗(のぞ)き込んだ。


「入れた枚数を、

 数えている。

 出した分まで、

 数に入れて」


戸田が、目を丸くした。


「それなら、

 確率で当てているんじゃ

 ないんですね」


「ああ。

 几帳面な設計だ」


西条は、

少しだけ、口の端を動かした。


「几帳面な設計は、

 数え間違えたとき、脆(もろ)い」


その週末。


西条は、

戸田を連れて、

郊外のホールを見に行った。


新装開店の旗が、

風に鳴っている。


店内に入ると、

煙草の煙と、

金属音が、

体にまとわりついた。


メダルを使う

機械のシマは、

ホールの端に、

割り当てられていた。


そこだけ、

人垣ができている。


一台の前で、

中年の客が、

背中を丸めていた。


足元の箱は、

もう、

ほとんど空だった。


そのとき、

リールが止まり、

小さなランプが灯った。


客の背中が、

ぴんと伸びた。


周りの客が、

一斉に振り向いた。


「見たか?」


西条が、小声で言った。


「今、あの客は、

 機械ではなく、

 機械の向こう側の

 何かに賭けていた」


「向こう側、ですか?」


「出玉だけじゃない。

 次に何かが起きそうだと、

 信じられる時間だ。

 それを数字にしろと、

 部長は言う」


戸田は、答えなかった。


ただ、

人垣の向こうの、

小さな光を、

見つめていた。


そこへ、

ホールの店長が、

近づいてきた。


「ビンゴさんの

 開発の方ですか?

 平井さんから聞いてます」


「お世話になっています」


「新台ね、

 派手なのを頼みますよ」


店長は、

人垣のほうへ、

顎(あご)をしゃくった。


「隣の店が、

 あの台を入れたら、

 うちの客が、

 そっちへ流れる。

 派手なら入れる。

 地味なら入れない。

 簡単な話でね」


西条は、うなずいた。


簡単な話だった。


だからこそ、厄介だった。


その夜、西条は、

開発室に一人で残った。


机の上に、

他社機の基板と、

ノートが並んでいる。


窓の外を、

終電の音が

通り過ぎていった。


営業が、

ホールから拾ってきた話を、

思い出す。


どこかの台が、

とんでもない連チャンを

するらしい。


噂は、まだ、

名前を持っていなかった。


ただ、そういう台が、

どこかで、

すでに動きだしている。


それだけが、分かっていた。


西条は、

ノートの最後の頁(ページ)に、

鉛筆で、一行だけ書き込んだ。


数えているものは、

いつか、数え間違える。

明朝 8:10 に投稿します。

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