↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
19/34

第1話「プラムカット打法」

第2部

夜の帳(とばり)が下(お)りる直前、

場末の純喫茶「サルビア」の

薄暗いボックス席で、

彼の前に置かれたのは、

黄色ばんだ数枚のB4方眼紙だった。


そこに手書きで

びっしりと書かれていたのは、

暗号のような英数字と

16列の数字の羅列——

8080系CPUの

Z80アセンブラコードと、

内部テーブルの遷移図だった。


「これ、

 何が書いてあるんだ……?」


彼が尋(たず)ねると、

向かいに座る男——

かつて大手遊技機メーカー

『(株)ビンゴ開発』で

電子制御開発の要職にいた男は、

冷めたブレンドコーヒーを

一口すすり、

低く掠(かす)れた声で言った。


「『エルドラド』の心臓部だ。

 あいつは

 確率で当たってるんじゃない。

 コインを吸い込んだ枚数を

 ただカウントして、

 決められた16の部屋を

 ぐるぐる回っているだけだ」


1985年秋。


世は空前の

パチスロ1号機ブームの

初動にあった。


そのなかでも『エルドラド』は、

圧倒的な連チャン性能で

全国のパチスロファンを

熱狂させていた。


だが、その打手たちは

誰も知らなかった。


自分たちが挑(いど)んでいるのは

運や確率ではなく、

あらかじめ

プログラミングされた巨大な

「吸い込みの鉄の檻(おり)」

であることを。


男は数ヶ月前、

開発の方向性を巡って

上層部と激しく対立し、

会社を追われた。


その際、

懐(ふところ)に忍ばせて飛び出したのが、

自社開発の為、

他社の機種「エルドラド」を

解析した、その

メインプログラムの

ソースコードだった。


男と偶然の知り合いとなり、

その「紙の束」を

託(たく)された彼は、

その夜から

アパートの部屋で、

コードの解読に没頭した。


そして3日目の丑(うし)三つ時、

ある決定的な

「バグ」に気づき、

思わず息を呑(の)んだ。


「……小役の引き込み処理だ。

プラムが揃(そろ)った時、

吸い込みカウンターの

減算処理に、

1バイトの

計算ズレが生じている」


通常、

コインを投入すれば

吸い込みカウンターが進み、

天井へ近づく。


しかし、

特定の出目でレバーを叩き、

あえて「プラムを外す」

目押しを施(ほどこ)すと、

プログラムは

プラムが揃ったと誤認して

カウンターを不当に前進させ、

本来なら

何万枚も吸い込まなければ

到達しない

『16連チャンモード』の部屋へ、

最短距離で

強引に引きずり込むことが

できるのだった。


「間違いない……これは、

 台を機械的にハックできる」


翌日の朝7時。


彼は

郊外のパチンコ店

『サンライズ』の列に

並んでいた。


開店のベルとともに、

『エルドラド』の角台に

腰を下ろす。


周囲の客が

勢いよくコインを投入し、

無心でレバーを叩く中、

彼だけは異様だった。


左リール上段に

赤7をビタ押しし、

中リールでプラムを外し、

特定のリール配列だけを

執念深く作り続けていく。


10分後、

周囲が静かに投資を重ねる中、

彼の台のファンファーレが

鳴り響いた。


「BIG BONUS」


内部テーブルが

狙い通り

連チャンモードに入ったことを

確認した彼は、

口元をわずかに引き締めた。


ここからの立ち回りこそが

肝心だった。


目立ちすぎれば

一発で店員にマークされ、

出禁か

稼働停止に追い込まれる。


彼は

意識して打つペースを

落とした。


ボーナス消化後も

すぐにはレバーを叩かず、

煙草に火をつけて一息つき、

ごく普通の客を装う。


連チャンの波を

わざと間引き、

ドル箱も

積積み上げずに

箱半分で適度に流す。


店員の視線や

シマ全体の熱気に

紛れさせながら、

計算し尽くされた

収支だけを静かに

積み上げていった。


男から手渡された

あの黄ばんだ紙のコードが、

今、目の前の機械の

内部で一行ずつ実行され、

手元のメダルへと

確実に変わっていく。


彼は、

パチンコ店という

日常の空間に

ぽっかりと開いた

「システムのバグ」の中に、

一人静かに立っていた。


これが、後に

「プラムカット打法」として

ホールを震撼させ、

パチスロ界の裏歴史に

刻まれることになる、

『エルドラド』との

長き戦いの始まりだった。

明日 8:10 に投稿します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。