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【第12話】三号機規格の暗雲と、闇の「注射」

第1部・メーカー編

1991年。


全国のパチスロ島は、

完全に「裏モノ(注射機)」の狂気に

呑み込まれていた。


「モーニングが入っている」


「〇〇ゲームから

 状態(高確率状態)に入る」


「連チャンゾーンを抜ければ即ヤメ」


ホールには

怪しげな攻略情報が飛び交い、

出玉の波は正気の沙汰ではなかった。


数万円が瞬く間に吸い込まれ、

一度「状態」に入れば

ドル箱が何箱も積み上がる。


客もホールも、

裏モノがもたらす毒のような刺激に

麻痺していた。


そんな中、

大手メーカー『ダイナミック技研』の

3号機『スーパーダイナマイト』が、

裏モノ化によって

全国のホールを席巻していた。


「槇村さん、大変です……!」


マキムラ・インダストリーの営業社員が、

血相を変えて事務所に駆け込んできた。


「うちの『エルドラド3』を

 15台導入してくれていた旗艦店の

『グランドホール新宿』が……

 来週、全台撤去して

『スーパーダイナマイト』の

 裏モノに

 入れ替えると言ってきました!」


山城が怒りで机を叩きつけた。


「またか! 正直に型式試験を通して、

 丁寧なリール制御とDDT打法で

 楽しめる台を作っているウチが

 馬鹿を見るなんて、

 そんな道理があってまるか!」


山城は肩を落とし、頭を抱えた。


「おい、槇村……

 もうダメなのかもしれない。

 世の中の客は、

 お前が書いた美しいプログラムや、

 絶妙な引き込みのゲーム性なんて

 求めてないんだよ。

 ただの『猛毒の連チャン』が

 欲しいだけなんだ……」


事務所に重苦しい静寂が落ちる。


だが、デスクに向かう槇村の背中は、

微動だにしなかった。


キーボードを叩く規則正しい音が、

カタカタと静かに響くだけだ。


「山城さん」


槇村は

ディスプレイから目を離さずに言った。


「裏モノのプログラムを

 解読したことがありますか?」


「え……?

 いや、あるわけねえだろ」


「私は、

 街のホールで稼働している

『スーパーダイナマイト』の

 裏ROMを入手し、

 アセンブラに逆コンパイルして

 解析しました」


槇村は

プリントアウトされた

大量のコードの束を

テーブルに置いた。


「ひどいものです。

 正規のプログラムの

 タイマー割り込み処理を

 強引に書き換え、

 NOP(何もしない命令)で穴をあけ、

 そこに

 サブルーチンへのジャンプ命令を

 割り込ませている。

 継ぎはぎだらけで、

 メモリのスタック領域の管理すら

 破綻(はたん)しかけています」


「破綻……?」


「ええ。このコードは、

 特定の条件下で

 連続してレバーオンと

 変則押しを繰り返すと、

 内部のレジスタが

 オーバーフローを起こします。

 つまり――

『永久に

 連チャンが止まらなくなるバグ』

 や、逆に

『一切のフラグが

 成立しなくなるフリーズ現象』が、

 必ず発生する」


槇村はゆっくりと振り向き、

山城の目を真っ直ぐに見つめた。


「粗悪な裏モノは、

 一時的に

 ホールに膨大な利益を

 もたらしますが、

 同時に

 店舗の経営を根底から揺るがす

 欠陥(毒)を抱えている。

 そして……

 打ち手の中にも、

 ただ狂乱に流されるのではなく、

 機械の『構造』そのものを

 見つめ始めている人間が

 現れ始めています」


「構造を見つめる人間……?」

明朝 8:00 に投稿します。


【 パチスロ台「開発競争」】(4)


それから十日間、

開発棟の灯りは消えなかった。


篠原はカウンタ処理を外し、

代わりに

小役の停止制御を細かく書き換えた。


チェリーを狙って

左リールを押した打ち手が、

あと一コマの差で外す。


その悔しさが次の一枚を入れさせる。


鳴海は

リール一本ずつに

テスト用の重りを付け、

ストップボタンから停止までの

慣性を測り直した。


実機の前に立つ二人の間で、

言葉は少なくなっていった。


三月の末、試験機関の担当官が来た。


担当官は無言で

新しい基板を実機に載せ、

三千ゲームを打ち、ログを見た。


「抽選は規定どおり。

 以前の疑義は解消されています」


その一言で、

富永が椅子にへたり込んだ。


回収と交換は四月から始まった。


営業と販売会社の社員が、

夜のホールに散らばった。


閉店後の台を一台ずつ開け、

旧基板を抜いて新基板を差し込む。


トラックの荷台に旧基板が積まれ、

開発棟の裏庭にたまっていった。


篠原も一晩だけ、その作業に加わった。


埃っぽいホールの片隅で、

店長が缶コーヒーを差し出してきた。


「連チャンがなくなるって

 聞いてたんだけどな」


店長は苦笑した。


「ただ、客が減らないんだよ。

 目押しがうまくなった、

 って自慢してる」


数か月後、この台は

「ワイルドキャットG」の名で

定番機になった。


篠原はのちに、あの是正通知を、

自分の仕事人生で

最もありがたい書面だったと

思うようになる。


だが、

あの夜に積まれた旧基板の山は

忘れなかった。


八キロバイトの中に、

面白さの背骨と、

越えてはいけない線が同居していた。


その二つを同じ手で書いていたことを。


裏庭の旧基板は、

翌年の春に業者が引き取っていった。

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