【第11話】鉄火場の影と、軍団の侵食
第1部・メーカー編
1990年。
パチスロ業界にさらなる激変が訪れた。
警察庁および保全協会による
「3号機規格」への移行である。
2号機時代に
一部のホールで猛威を振るった
裏改造機を完全に撲滅するため、
警察側はメーカーに対して
極限とも言える出玉規制を突きつけた。
吸い込みテーブルの完全撤廃と、
完全確率抽選のより厳格な義務化。
「集中役」のパンク確率設定の義務付け。
(爆発的な連チャンの抑制)
メイン基板のプロテクト構造の高度化。
(不正IC・ROM交換の防止)
マキムラ・インダストリーの作業場では、
槇村が
3号機『エルドラド3』のメイン基板と
向かい合っていた。
「槇村……
保全協会の新しい技術基準、読んだぞ」
山城が青ざめた顔で資料を落とした。
「集中役に
パンク確率を入れなきゃならん上に、
大当り確率もこれ以上下げられたら、
ノーマル機は
あまりにも波がマイルドになりすぎる!
こんなのおとなしすぎて、
今のホールで勝負できるか!?」
2号機『エルドラド2』の
過激な連チャンに慣れきった客たちは、
より強い「刺激」を求めていた。
そこに打ち出された3号機規格は、
あまりにも過酷な規制だった。
「問題ありません、山城さん」
槇村は静かにハンダゴテを置き、
基板を見つめた。
「波がマイルドになるなら、
打ち手の『技術』で
出玉率を底上げできる余地を
作ればいい。
私は『エルドラド3』の
制御プログラムに、
通常時の小役狙い――『DDT打法』を
考慮したテーブルを組み込みます」
「小役狙い……?」
「ええ。
適当に打てば取りこぼすわずかな小役
(チェリーやスイカ)を、
リールの滑りを見極めて
目押しで全取得できれば、
設定1でも
機械割が数パーセント跳ね上がる。
適当に打つプロ軍団と、
ロジックを深く理解した真の打ち手
とで、
明確な『差』が生まれる設計です」
「……なるほどな!
規制で出玉の波が小さくなっても、
己の技術で機械割を押し上げる快感を
作ろうってわけか!」
山城の目に希望の光が宿った。
だが――時代は
槇村たちの理想を遥かに超える速度で、
異様な「歪み」へと傾斜していた。
3号機規格の導入によって
ノーマル機がマイルド化した瞬間、
全国のホールオーナーたちが
悲鳴を上げたのだ。
「こんな出ない台じゃ客に飛ばれる!」
「もっと連チャンする台を置け!」
その隙を逃さず、
闇のブローカーたちが
全国のホールへ一斉に雪崩れ込んだ。
彼らが持ち込んだのは、
基板のプログラムを
物理的に書き換えるのではなく、
裏口から特定の信号を流し込んで
メモリを書き換える不法技術――
いわゆる「注射」であった。
「おい、見たか……?
隣の店の3号機、
ビッグが10連チャン、15連チャンと
止まらなくなってるぞ!」
「あそこだけじゃない!
街中のホールが
『状態バージョン』とか
『裏モノ』とか呼ばれる怪しい台に
入れ替わってる!」
ホールで囁かれる不気味な噂。
正規の型式試験をパスしたはずの
3号機たちが、
店の裏口で闇業者によって
「注射」を打たれ、
一夜にして狂乱の「爆連機」へと
変貌を遂げていたのだった。
「……正攻法で作った
私たちのノーマル機が、
裏モノの暴力的な連チャンに
圧殺されている……」
営業から戻った山城が、
力なく椅子に崩れ落ちた。
ノーマル機の
『エルドラド3』を導入したホールから、
「連チャンする裏モノ店に
流れて客が飛んだ」と、
相次いで撤去の連絡が入っていたのだ。
「槇村……どうする?
世の中のホールも客も、
みんな『裏モノの毒』に
狂っちまってるぞ……!」
山城の焦燥。
だが、槇村は一切揺らぐことなく、
静かに
オシロスコープの緑色の波形を
見つめていた。
「毒は、いずれ自滅します」
槇村の声は、氷のように冷たかった。
「プログラムを
不法に書き換えた裏モノは、
必ずどこかに致命的な処理の破綻
(バグ)を抱えている。
そして……そのバグを見破り、
食い荒らす人間が必ず現れる」
槇村の予言通り、
この「裏モノ全盛期」という
狂乱の時代こそが、
ただ一人で
台の内部プログラムを完全解析し、
ホールを戦慄させる猛者を
呼び寄せる最大の舞台(触媒)と
なろうとしていた。
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明朝 8:00 に投稿します。
【 パチスロ台「開発競争」】(3)
「抜くのか?」
背後から声がした。
ハード課の古株、鳴海だった。
リールとステッピングモーターを
二十年触ってきた男で、
作業着の袖にはいつも油の染みがある。
「抜かないと通らない、と思います」
「抜いた後に何が残る?」
鳴海は篠原のリストを覗き込んだ。
「四秒規制がある。
1ゲームの間に、打ち手に何を見せる?
リールの止まり方だ。
停止位置のテーブルを組み直せ。
連チャンがなくても、
目押しで気持ちよく止まる台なら、
打ち手は離れない」
「全部作り直す時間は?」
「基板の入れ替えに二週間かかる。
工場のラインを夜だけ空けさせた。
その二週間でやれ」
鳴海は最初から、
そのつもりで動いていたのだ。
篠原は初めて気づいた。
それから十日間、……。




