【第9話】鉄壁の要塞と、裏の罠(下)
第1部・メーカー編
1989年、春。
マキムラ・インダストリーの2号機
『エルドラド2』が
ホールにお目見えすると同時に、
全国のパチンコ店は
かつてない異様な熱気に
包み込まれていた。
それまでのパチンコ島に漂っていた
「玉が釘を弾くジャラジャラという音」を
完全に押し流すほどの勢いで、
パチスロ島からは
重厚なステッピングモーターの回転音と、
重厚なメダルが
下皿に叩きつけられる金属音が
響き渡っていた。
午前十時の開店と同時に、
シャッターの下から滑り込むように
ホールへ雪崩れ込む男たち。
目指すは、ズラリと三十台並んだ
『エルドラド2』の島だ。
タバコの煙が
天井の蛍光灯を白く霞ませる鉄火場。
その一角で、男たちは背中を丸め、
まるで機械と対話するように
レバーを叩き続けていた。
「おい、見たか……?
隣の台、また滑ったぞ」
打ち手たちの視線が集まる。
2号機に義務付けられた
「4.1秒のウエイト機能」。
テンポを阻害すると思われた
その短い待機時間が、
現場では極限の
「焦燥」と「期待」へと
昇華されていた。
レバーを叩く。
ウエイトがかかり、一瞬の静寂。
レバーを叩く。
ウエイトがかかり、一瞬の静寂。
そして4.1秒が経過したコンマ一秒後――
リールが4コマの限界まで滑り、
第2ストップボタン押下で、
中央ラインに「赤7」が
ドシッとテンパイする。
「うおっ……テンパった!!」
「おいおい、
あいつ『エルドラド2』で
ビッグ確定目(リーチ目)出してる!」
周囲の打ち手たちが手を止め、
男の台を取り囲む。
ホール全体に流れる緊張感。
タバコの煙の向こうで、
ギャラリーたちの視線が
最後のリールへと注がれる。
男は右手の汗をズボンで拭うと、
慎重に呼吸を整えた。
右リールの回転速度は毎分16.6回転。
一周約0.75秒。
流れる図柄の中から、
目指す「7」の残像を目で捉える。
(ここだ……ッ!)
バシィンッ!
第三ストップボタンを力強く押し込んだ。
カチッ……ズヌッ!
右リールが
吸い寄せられるように滑り込み、
中央ラインに「7・7・7」が
一直線にビタッと揃う。
ウー! ウー!
けたたましいファンファーレが
島全体に鳴り響き、
下皿へ15枚のメダルがガガガッと
勢いよく吐き出された。
「よっしゃあぁぁッ!!」
男が拳を固く握りしめ、咆哮した。
周りの客からも
「いいぞ!」
「やったな!」と歓声が上がる。
自分でフラグの兆候(滑り)を察知し、
自分の目押しで大当りを手繰り寄せ、
己の腕で勝利を掴み取る。
この圧倒的な「能動的な達成感」こそが、
日本人を
パチスロという新たな沼へと
引きずり込んでいた。
「見ろよ山城さん……
これが、私たちの目指した光景です」
シマの立ち見客の後ろで、
営業用のスーツを着た槇村が
静かにその熱狂を見つめていた。
隣に立つ山城も、
メダルが溢れかえるドル箱と、
客たちの興奮した横顔を見て
目頭を熱くさせている。
「すごいな、槇村……。
ウエイトだの規制だの言われてたのが
嘘みたいだ。
みんな夢中になって
リールに噛み付いてやがる」
「ええ。
ファンは、ただ
金が欲しいだけじゃないんです。
『自分の力で機械を攻略した』という
手応えを求めている。
プログラムと人間が指先で対話する……
それがパチスロの本質です」
だが、
この圧倒的な熱狂とブームの拡大は、
ホールに「純粋なファン」だけではなく、
出玉を金に変えることだけに執着する
「プロ」や「裏社会の狩人たち」をも
大量に呼び寄せることになっていく――。
『エルドラド2』の爆発的ヒットは、
パチスロを
「一部の マニアの遊技」から
「巨大な現金領域」へと
一気に押し上げた。
だが、
そこに群がってきたのは
純粋なファンだけではない。
1989年夏。
都内の大型ホール『マルシン』の
パチスロ島は、
異様な重苦しさに包まれていた。
島の中央、
出玉率の高い「設定6」が濃厚な
『エルドラド2』の角台。
そこを陣取っていたのは、
目つきの鋭い男――通称「軍団」
と呼ばれるプログループのリーダー、
権藤だった。
「おい、そこ退けや。
この台、ウチのツモった台だからよ」
権藤の若い子分が、
一般客の肩を粗暴に小突き、
強引に台から引き剥がす。
ホール内には
「軍団員」が何人も散らばり、
朝一の出目変化やリールの滑りから
設定を見極め、
高設定台をグループで終日占拠していた。
彼らはゲームを楽しむのではない。
レバーを機械的に叩き、
1ゲーム4.1秒のウエイトが切れた瞬間に
ビタ押しを重ね、
徹底的にコインを吐き出させる。
下皿から溢れたメダルは
速やかにドル箱へ移され、
何箱もの「鉄の塔」が積まれていた。
「店長、あの連中……
本日 18:30 に投稿します。




