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【第9話】鉄壁の要塞と、裏の罠(わな)(上)

第1部・メーカー編

「自己破壊プロテクト」の導入は、

開発現場に過酷な試練を強いた。


2号機『エルドラド2』に搭載する

Z80 CPUのROM容量は、

わずか数十キロバイト。


その限られたメモリ領域の中に、

完全確率抽選ロジック、

リール制御テーブル、

4.1秒ウエイト管理、

そして液晶もドットもない時代の

「ランプ・音調演出」のコードを

ギチギチに詰め込まなければならない。


その上で、

外部からのノイズ介入や

ROMの不正書き換えを

常時監視する暗号化プロテクトを

組み込むのは、

まさに

針の穴に糸を通すような作業だった。


「クソッ……またフリーズしたぞ!」


深夜の作業場。


オシロスコープの波形を

睨(にら)んでいた山城が頭を抱えた。


実機テスト中、

リールが数分間回転した後に

突然エラーを吐いて

停止してしまうのだ。


「プログラムのループ速度と、

 メイン基板のバスラインに乗る

 静電気ノイズが干渉しています」


槇村は

冷えた缶コーヒーを口にもつけず、

PC-9801の緑色のモニタに浮かぶ

アセンブラのダンプリストを解読していた。


「プロテクトのチェックサム

(データ整合性確認)を

 毎フレーム走らせると、

 ウエイト制御のタイマー割り込みと

 衝突してしまう。……

 チェックのタイミングを、

 レバーオン直後の

 1/60秒の隙間に分散させます」


「1/60秒……!?

 お前、そんなミリ秒単位のスキマに

 プロテクト処理をねじ込むつもりか?」


「可能です。

 CPUのレジスタ処理を

 無駄なく削ぎ落とせば、

 あと3バイト余裕が生まれます」


槇村の指先がキーボードの上で舞う。


無駄なコードを

1バイト単位で削り落とし、

美しく研ぎ澄まされたロジックへと

昇華(しょうか)させていく。


だが、

マキムラ・インダストリーが

2号機の開発に没頭している頃、

裏社会の男たち――村岡と神保も

手をこまぬいてはいなかった。


彼らは、

槇村の手から

2号機のコードを手に入れることを諦(あきら)め、

「物理的な強奪」へと舵を切っていたのだ。


数日後の深夜。


山城がパーツの仕入れから工場へ戻ると、

事務所の入口の鍵が

不自然にこじ開けられていた。


「な……なんだこれは!?」


荒らされた室内。


引き出しは

すべて引き出され、

開発資料やフロッピーディスクが

床一面に散乱していた。


「槇村! 無事か!?」


慌てて奥の作業場へ駆け込んだ

山城の目に飛び込んできたのは、

床に散らばった書類の中で

静かに佇(たたず)む槇村の姿だった。


「山城さん、落ち着いてください。

 私は無事です」


「無事ってお前……泥棒だぞ!

 開発データは!?

 2号機のROMデータは

 盗まれなかったのか!?」


「盗まれました」


槇村は静かに答えた。


「デスクの引き出しに入れておいた、

『エルドラド2』の

 最新ビルドが入ったテスト用ROMと、

 基板の回路図面が持っていかれました」


「な……なんてことだ……!」


山城がその場に膝をついた。


「終わりだ……!

 あいつら、そのROMを元に

 コピー基板を作って、

 裏ROMを仕込んだ『偽エルドラド2』を

 全国に流す気だぞ!

 そんなものが出回ったら、

 保全協会から

 ウチの製造許可が取り消される!」


「大丈夫です」


槇村の淡々とした声に、

山城は驚いて顔を上げた。


槇村の瞳には、

一切の動揺も狼狽(ろうばい)もなかった。


それどころか、その唇には

静かな笑みすら浮かんでいた。


「持って行かせたんです」


「……は?」


「盗まれたのは、

 外部の不正解析者が飛びつきそうな

『ダミーのコード』を書き込んだROMです。

 プロテクトの解読を試みて

 基板に電圧を掛けた瞬間、

 暗号化ルーチンが作動して

 ROM内部のデータを自己消去

(データ消去)するように

 仕込んでおきました」


槇村は胸ポケットから、

本物のデータが入った

一本のフロッピーディスクを

取り出した。


「本物のプログラムは、

 常に私の手元にあります。

 奴らが偽物の解読に

 時間を取られている間に、

 私たちは本物の『エルドラド2』を

 保全協会へ提出します」


山城は呆然と槇村を見つめた後、

深く大きな溜め息をついた。


「お前……本当にエンジニアか?

 悪魔の間違いじゃないのか……?」


「私たちが守るべきは、

 ホールで自分の腕を信じて

 千円札を握りしめている打ち手

 ファンの信頼です。

 それを踏みにじる者には、

 それ相応の報(むく)いを

 受けてもらわなければなりません」


1989年初頭。


裏社会の妨害を完全に退(しりぞ)けた

マキムラ・インダストリーの2号機

『エルドラド2』は、満を持して

保安協会の型式試験へと持ち込まれた。


そしてこの「鉄壁の要塞(ようさい)」と称された

2号機の誕生が、

後に一人の天才解析者――涼太の運命を

引き寄せることになるのだった。

本日 12:30 に投稿します。

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