【第8話】新規格「2号機」の衝撃と、闇の誘惑(下)
第1部・メーカー編
「お引き取りください。
私の書くアセンブラコードは、
そのような不法な出玉操作のために
存在するものではありません」
村岡の目がぎろりと細まり、
事務所の空気が一瞬で凍りついた。
アタッシュケースに並んだ
三千万円の札束に、
槇村は一度も目を落とさなかった。
「……何やと?」
村岡がゆっくりと身を乗り出す。
蛇のような威圧感が部屋を満たす。
「兄ちゃん、
世間知らずもええ加減にしときや。
2号機でウエイトがかかって
連チャンも抑えられたらな、
ホールも客も誰も
ついてこえへんようになるんや。
ワシらはな、ホールが生き残るための
『助け船』を出してやってるんやぞ」
「違います」
槇村の返答は、一切の揺らぎがなかった。
「それは助け船ではなく、
業界の寿命を縮める毒薬です。
客を欺き、プログラムを歪めて
得る一時的な金など、
技術に対する冒涜に過ぎない。
私たちが作る2号機『エルドラド2』は、
裏ROMなどに頼らずとも、
合法的な制御と演出だけで
打ち手を熱狂させてみせます」
「けッ……!」
村岡は吐き捨てるように唾を吐き、
アタッシュケースをバチンと
勢いよく閉めた。
「青臭いことを抜かすな。
ワシらの誘いを断って、
この業界で無事に
商売が続けられると思うなよ?
『エルドラド』が全国のホールから
一斉に消えても泣きつくなよ」
横にいた神保が、
嘲笑を浮かべながら立ち上がる。
「槇村さん、後悔しますよ。
2号機の市場は、裏の力がなければ
成立しないんですから」
二人は捨て台詞を残し、
黒塗りの高級車で走り去っていった。
「……はあぁぁっ」
山城が胸を押さえ、
その場に崩れ落ちるように座り込んだ。
「おいおい……ヤクザだぞ、槇村!
命狙われたらどうすんだよ!
三千万円蹴って突っぱねるなんて……」
「山城さん」
槇村は破れた開発ノートを開き、
2号機『エルドラド2』の
新しい基板回路図へペンを走らせ始めた。
「彼らに一度でも屈すれば、
私たちの『エルドラド』は永久に
暴力団と裏社会の資金源に
されてしまいます。
私が作りたいのは、
そんな汚れた博打機ではありません」
「しかしよ……
あいつら、本当に
何を仕掛けてくるか分からんぞ」
「分かっています。
だからこそ、急がなければなりません」
槇村の目が、
技術者としての凄みを帯びて光った。
「奴らが狙うのは、
既存のプログラムの隙を突いた
基板の改造です。
なら、私の書く2号機のコードは、
外部からの信号介入や
ROMの差し替えを検知した瞬間、
基板自体を永久に動作不能にする
『自己破壊型プロテクト回路』を
組み込みます」
「自己破壊プロテクト……!?」
「ええ。改造しようとした瞬間に、
台が自ら息の根を止める。――
裏社会の人間にも、
二度と手出しができない
『鉄壁の要塞』を組み上げます」
1988年、
規制と裏社会の暗雲が立ち込め始める中、
マキムラ・インダストリーの2号機
「エルドラド2」の開発は、
かつてない技術的闘争へと突入していく。
明朝 8:00 に投稿します。
【 パチスロ台「開発競争」】(1)
一九八九年三月。
東和精機の開発棟は、
朝から静かだった。
「全台、回収だ」
開発部長の宗像が、
会議室の長机に
一枚の書面を置いた。
試験機関からの是正通知である。
昨秋発売した2号機
「ワイルドキャット」の
抽選プログラムに、
完全確率の規定に照らして疑義あり、
とあった。
ソフト課の若手、篠原は
書面の文字を追いながら、
指先が冷えていくのを感じた。
疑義の箇所には覚えがあった。
ワイルドキャットの連チャンは、
ボーナス抽選そのものではなく、
その手前にある。
コインの純減枚数を
内部カウンタで数え、
一定の範囲に入った台は
次のゲームから
高確率の抽選に入る。
抽選自体は規定どおりに見える。
だが、
打ち手の行動が
確率を動かしている点は、
廃止されたはずの
吸い込み方式の亡霊と
呼ばれても仕方がなかった。
「型式試験は通っている。
通ったんだ」




