【第8話】新規格「2号機」の衝撃と、闇の誘惑(上)
第1部・メーカー編
1988年。
パチスロ業界に激震が走った。
警察庁および保全協会から、
いわゆる「2号機規制」の施行が
正式に発表されたのだ。
1号機時代に全国のホールで横行した
裏ROM(連チャン改造)や過度な射幸性を
激しく問題視した警察側は、
メーカーに対して
極めて厳しい技術上の制限を課した。
1ゲーム消化時間の制限
(4.1秒のウエイト機能義務化)
吸い込み方式の禁止と、
完全確率抽選
(毎ゲーム毎のサンプリング乱数)の徹底
15枚払い出し規制と、
集中役(シングルボーナスの連続)の
パンク確率設定
「4.1秒のウエイトだと……!?
1回叩くごとに
4.1秒待たなきゃならないなんて、
テンポが悪すぎて客が飛んじまうぞ!」
大和精密の工場で、
山城が頭を抱えて叫んだ。
スロプロやヘビーユーザーは、
レバーを叩いてボタンを
ポン・ポン・ポンと高速で押し、
1分間に何十回もリールを回す
スピード感に熱狂していた。
そこに「4.1秒間の待機」が
強制的に挿入されれば、
打感の爽快感は致命的に損なわれる。
だが、作業台で
基板のパターン設計図を引いていた
槇村は、静かに首を振った。
「焦る必要はありません、山城さん。
ウエイト機能は、
見方を変えれば
『新しい演出の溜め(溜め時間)』に
なります」
「溜め……?」
「はい。レバーを叩いた瞬間、
4.1秒のウエイトがかかっている間、
リールを回さずに内部で『何か』を
起こすんです。――
たとえば、
レバーオンと同時にスタート音が
一瞬遅れる『遅れ』や、
パネルのライトが消灯する演出です。
打ち手は
『ん?
今ウエイト中に変な音がしなかったか?』
と違和感を覚え、
ボタンを押す指に力が入る」
槇村はペンを置き、
山城を真っ直ぐに見つめた。
「私は、規制を
『技術の窮地』だとは思いません。
制約が増えれば増えるほど、
それを潜り抜ける
プログラムのアイディアが試される。
エンジニアとして、
これほど面白い局面はありませんよ」
「お前ってやつは……
相変わらず化け物だな」
山城は呆れつつも、
頼もしそうに口元を緩めた。
だが、この「2号機規制」は、
業界内に
新たな闇の利権を生み出していく。
2号機の規制によって
出玉性能が抑えられることを危惧した
一部のホールオーナーや
粗暴な代理店たちが、
ノーマル機では満足できず、
既存の2号機基板に手を加える
「裏改造業者」へ
急速に接近し始めたのだ。
ある日の夕方。
マキムラ・インダストリーの事務所に、
見慣れぬ黒塗りの高級外車が
横付けされた。
車から降りてきたのは、
関西訛りの強い
強面の男たちと、
以前槇村に裏ROMを持ち込んで
突っぱねられた東和商事の神保だった。
「ひさしぶりやな、槇村社長」
関西弁の男――広域暴力団の
資金源となっている遊技機ブローカーの
村岡が、
ズカズカと事務所に足を踏み入れ、
革靴のまま応接セットのソファに
どっかりと腰掛けた。
「神保から聞いておるで。
アンタ、
ごっつ優秀なプログラム書くらしいな。……
どうや、ワシらと組んで、
2号機の『集中役』を
絶対にパンクさせへん裏プログラム、
開発してくれへんか?
1セット作ってくれたら、
現金で三千万円払うで」
村岡はアタッシュケースを
ドサリとテーブルに置き、
ラッチを外してみせた。
中には札束の山が
ぎっしりと詰まっている。
山城が息を呑み、固まった。
槇村は、その札束に
一度も視線を落とすことなく、
村岡を見据えた。
「お引き取りください。
私の書くアセンブラコードは、
そのような不法な
出玉操作のために存在するものでは
ありません」
村岡の目がぎろりと細まり、
事務所の空気が一瞬で凍りついた。
本日 18:30 に投稿します。




