第4話 最後の審判
暗闇。
警報音。
地下監視室に響く機械音。
玲は咄嗟に身構えた。
しかし数秒後。
照明が復旧する。
そこには誰もいなかった。
藤原奏の姿は消えている。
まるで最初から存在しなかったかのように。
「逃げた……」
玲が呟く。
由奈は首を振った。
「違う」
「え?」
「たぶん最初から監視してた」
玲は周囲を見る。
無数のモニター。
隠し通路。
監視設備。
確かに黒幕なら自由に移動できる。
だが今はそれより重要なことがあった。
真犯人は生存者の中にいる。
奏はそう言った。
ならば候補は四人。
天城玲
佐伯美咲
黒川蓮
白石由奈
その中の誰か。
玲は自分の心臓が嫌な音を立てるのを感じた。
もし誰かが犯人なら。
残った仲間を疑わなければならない。
その時。
館内放送が鳴った。
『生存者は大広間へ集合してください』
玲はため息を吐く。
来た。
次のゲームだ。
数分後。
四人は大広間に集められた。
静かだった。
あまりにも静かだった。
死者が増えすぎた。
今さら怒鳴る者もいない。
泣く者もいない。
ただ疲れている。
心が。
限界まで。
モニターが点灯する。
藤原奏が映った。
もう隠そうともしない。
仮面すらつけていない。
「ようこそ」
その顔は穏やかだった。
だが目だけは違う。
七年間の憎しみが宿っている。
「これが最後のゲームです」
玲は顔を上げる。
最後。
つまり。
ここで全て決まる。
画面に文字が映る。
【第五ゲーム】
最後の審判
奏が説明を始める。
「ルールは簡単」
「今から皆には証拠を渡します」
「そして」
数秒の沈黙。
「真犯人を指名してください」
誰も動かない。
奏は続ける。
「正解すれば生存」
「外せば死亡」
黒川が吐き捨てる。
「狂ってる」
奏は笑わなかった。
ただ静かに言う。
「狂ったのは私じゃない」
「七年前に誰も真実を話さなかった時点で全部狂ってた」
証拠ファイルが配られる。
一人一冊。
分厚い。
玲はページを開いた。
そこには火災当日の記録が並んでいた。
目撃証言。
警察資料。
病院記録。
防犯カメラ。
そして。
ある写真で玲の手が止まった。
燃え上がるショッピングモール。
その非常口付近。
小さな人影。
玲は写真を拡大する。
息が止まる。
そこに写っていた人物。
見覚えがある。
白石由奈だった。
「……!」
玲は顔を上げる。
由奈は無表情。
何も言わない。
資料をさらに読む。
由奈は当時十三歳。
火災現場にいた。
そして。
事件後に長期間の精神治療を受けている。
「どういうことだ……」
玲が呟く。
その時。
美咲も何かに気付いた。
「待って」
彼女の顔が青い。
「これ……」
資料には別の写真。
避難誘導をしている少女。
それは。
佐伯美咲だった。
「嘘……」
美咲自身が震えている。
覚えていない。
そんな表情だった。
さらに。
黒川の資料。
火災当日。
消防隊が到着する前。
黒川は現場へ突入していた。
「俺が……?」
黒川が呟く。
信じられない顔。
全員に共通している。
記憶が欠けている。
いや。
消されている。
その時。
玲は自分の資料を見た。
そして凍り付いた。
火災当日の写真。
そこには。
自分が写っていた。
「そんな馬鹿な」
玲の呼吸が乱れる。
自分は火災現場にいた記憶がない。
だが写真は嘘をつかない。
そして写真の裏。
手書きの文字。
【生存者A】
玲の背筋が冷たくなる。
生存者A。
それが何を意味するのか。
まだ分からない。
だが。
重要な手掛かりなのは間違いなかった。
奏の声が響く。
「制限時間は二時間」
「その間に真犯人を見つけて」
「見つけられなければ全員死亡」
モニターが消える。
静寂。
四人だけが残された。
そして玲は気付いてしまう。
資料の最後のページ。
そこに記載された。
たった一行の文章に。
【真犯人は、参加者ではない可能性がある】
玲の目が大きく見開かれた。
もしそれが本当なら。
このゲームそのものが。
成立しない。
【真犯人は、参加者ではない可能性がある】
その一文を見た瞬間。
玲は思考が止まった。
参加者ではない。
つまり。
残った四人の中に犯人がいない可能性。
だとしたら。
このデスゲームは何なんだ。
奏はずっと、
「真犯人は生き残っている参加者の中にいる」
そう言っていたはずだ。
矛盾している。
「みんな、これを見てくれ」
玲は資料を持ち上げた。
美咲、黒川、由奈が集まる。
そして最後のページを読む。
黒川が眉をひそめた。
「意味が分からねえ」
「俺もだ」
玲は答える。
「だから確認したい」
四人は資料を持ち寄った。
今までのゲームで初めて。
本気で協力することになった。
もう人数は少ない。
隠しても意味がない。
資料を並べる。
すると奇妙な事実が見えてきた。
まず。
七年前の火災当日。
四人とも現場にいた。
これは確定。
写真もある。
記録もある。
だが。
立場が違う。
美咲は避難誘導。
黒川は救助活動。
由奈は火元付近。
玲は不明。
「俺だけ情報が少ない」
玲が言う。
確かにそうだった。
他の三人には詳細な記録がある。
しかし玲だけ曖昧。
写真も遠い。
記録も断片的。
まるで。
意図的に消されたように。
その時。
由奈が一枚の写真を取り出した。
「これ」
玲へ差し出す。
写真には火災現場が写っている。
煙。
炎。
逃げ惑う人々。
そして。
その中央。
一人の少女。
玲は目を見開いた。
見覚えがある。
いや。
何度も見た。
奏の妹。
「この子が……」
美咲が呟く。
由奈は頷いた。
「名前は藤原陽菜」
十三歳。
火災の犠牲者。
奏が復讐を始めた理由。
だが。
次の瞬間。
玲はさらに違和感を覚えた。
写真の隅。
陽菜の隣。
誰かがいる。
顔は煙で見えない。
だが。
その人物は。
陽菜の手を引いていた。
「誰だこれ」
黒川も覗き込む。
由奈は黙った。
数秒後。
小さく言う。
「玲よ」
静寂。
「……え?」
玲は理解できなかった。
自分?
そんなはずがない。
由奈は別の資料を取り出した。
そこには病院記録。
そして。
心理カウンセリングの記録。
患者名。
天城玲。
玲の心臓が大きく鳴る。
「七年前の火災で重度の記憶障害を発症」
玲の呼吸が止まりそうになる。
「な……」
ページをめくる。
さらに記録。
「火災現場より救出」
「重度のショック症状」
「事件当日の記憶消失」
玲の頭に激痛が走った。
断片が浮かぶ。
炎。
煙。
叫び声。
少女。
誰かの手。
「うっ……」
膝をつく。
美咲が支える。
「玲!」
その時だった。
忘れていた記憶が。
少しだけ戻る。
炎の中。
自分は走っていた。
誰かを連れて。
少女。
藤原陽菜。
『助けて』
確かに聞いた。
『お兄ちゃん』
そして。
その後。
誰かが現れた。
黒い服。
フード。
大人の男。
その人物が。
火元の方へ向かっていた。
玲は顔を上げる。
息が荒い。
「いた」
三人が見る。
「俺、見たんだ」
頭が割れそうに痛い。
だが思い出した。
「放火犯を」
沈黙。
由奈が目を見開く。
「本当に?」
玲は頷く。
「顔は見えなかった」
「でも大人だった」
つまり。
参加者ではない。
資料の最後の一文。
【真犯人は参加者ではない可能性がある】
それは本当だった。
だが。
その時。
館内放送が鳴った。
『残念』
全員が顔を上げる。
奏の声。
『そこまで辿り着いたんだね』
玲はモニターを見る。
『でも一つだけ間違ってる』
不気味な笑み。
『放火犯は大人じゃない』
空気が凍る。
「何?」
玲が呟く。
奏は続けた。
『真犯人は当時、子供だった』
誰も言葉を失う。
『そして』
数秒の沈黙。
『今もこの施設の中にいる』
玲の背筋が凍る。
今もいる。
つまり。
四人ではない。
だが。
施設内には存在する。
そして次の瞬間。
モニターに新しい映像が映った。
監禁された人物。
椅子に縛られている。
顔を見て。
玲たちは息を呑んだ。
「隼人……!?」
死んだはずの高橋隼人だった。
生きている。
血だらけだが。
確かに。
生きている。
奏が静かに笑った。
「最終問題を始めよう」
「隼人……!?」
美咲が叫ぶ。
モニターの中。
椅子に縛られた高橋隼人。
確かに生きている。
傷だらけだが。
呼吸している。
目も動いている。
玲は混乱した。
地下で見た。
死んだはずだった。
脈もなかった。
なのに。
なぜ。
奏が静かに笑う。
「驚いた?」
「ふざけるな!」
黒川が怒鳴る。
「死んだって言ったじゃねえか!」
奏は平然としていた。
「私は死んだとは言ってない」
全員が固まる。
確かに。
思い返してみると。
奏は「死亡」と直接言っていなかった。
玲たちがそう思い込んだだけだ。
「じゃあ遥は!」
黒川が叫ぶ。
「死んだよ」
即答だった。
黒川が言葉を失う。
「大地も」
「健吾も」
「翼も」
「みんな本当に死んだ」
その声に嘘は感じられなかった。
だからこそ恐ろしい。
奏は立ち上がる。
モニター越しに。
玲たちを見つめる。
「最終問題」
画面が切り替わる。
【七年前の火災の真犯人は誰か】
大きな文字。
残酷なほど単純な問い。
だが。
玲には一つだけ分かっていた。
放火犯は子供。
奏自身がそう言った。
そして。
今も施設にいる。
つまり。
候補は限られる。
玲
美咲
黒川
由奈
隼人
奏
この中の誰か。
玲は考える。
資料。
記憶。
由奈の話。
隼人の証言。
全部を繋げる。
そして。
一つの違和感に辿り着いた。
「由奈」
由奈が顔を上げる。
「お前は何歳だった?」
「十三歳」
「火災当時も?」
「そう」
玲は頷く。
予想通りだ。
「六人死んだ火災」
由奈の表情が曇る。
「助けようとした結果だった」
「ええ」
「でも」
玲は続ける。
「それはショッピングモール火災じゃない」
静寂。
由奈の瞳が揺れた。
黒川が振り返る。
「どういう意味だ?」
玲は資料を持ち上げる。
「由奈の起こした火災は別件だ」
ページを開く。
「三年後の住宅火災」
全員が目を見開く。
つまり。
由奈は罪を抱えている。
だが。
ショッピングモール火災の犯人ではない。
「じゃあ誰なんだ」
美咲が震える。
玲は答えない。
まだ続きがある。
「隼人」
モニターを見る。
「お前の兄は死んだ」
「……ああ」
「でも隼人自身は現場にいなかった」
隼人が頷く。
「俺は外にいた」
候補から外れる。
黒川も違う。
記録では救助に入っている。
美咲も違う。
避難誘導をしていた。
残るのは。
二人。
玲。
そして。
奏。
空気が張り詰める。
「まさか……」
美咲が呟く。
玲は目を閉じる。
断片的な記憶。
炎。
少女。
叫び声。
そして。
誰か。
「思い出した」
頭痛が走る。
七年前。
玲はショッピングモールにいた。
偶然ではない。
友達と遊んでいた。
その時。
地下倉庫付近で。
一人の少女を見た。
ライターを持っていた。
そして。
段ボールへ火をつけた。
子供のいたずら。
ほんの出来心。
だが。
火は予想以上に広がった。
少女は逃げた。
誰にも言えなかった。
そして。
その顔を。
玲は思い出した。
「奏……」
美咲が息を呑む。
黒川も固まる。
玲はゆっくり顔を上げる。
「真犯人はお前だ」
沈黙。
モニターの中。
奏は動かない。
誰も呼吸しない。
数秒後。
奏は笑った。
泣きながら。
「正解」
その一言で。
全てが終わった。
美咲が崩れ落ちる。
黒川も言葉を失う。
「そんな……」
奏は涙を流していた。
「私だった」
震える声。
「私が火をつけた」
誰も動けない。
「ただの遊びだった」
奏が俯く。
「本当に」
「ただの」
「遊びだったんだ」
その結果。
大火災。
多数の死傷者。
妹の陽菜も死亡。
そして。
奏自身も事実を隠した。
七年間。
ずっと。
「私は許せなかった」
奏が言う。
「自分を」
玲は黙って聞く。
「だから裁判を始めた」
参加者たちは。
全員が火災に関係していた。
誰も完全な被害者ではない。
見て見ぬふり。
責任逃れ。
隠蔽。
それら全てを裁こうとした。
しかし。
本当に裁きたかったのは。
自分自身だった。
奏は笑う。
悲しい笑顔だった。
「これで終わり」
その瞬間。
首輪が光る。
玲が叫ぶ。
「やめろ!」
しかし遅かった。
ドンッ!!
爆発。
モニターが真っ白になる。
静寂。
藤原奏。
死亡。
そして。
館内放送が流れた。
『真犯人の特定を確認』
『ゲーム終了』
『生存者四名』
天城玲
佐伯美咲
黒川蓮
白石由奈
『施設を開放します』
重い扉が開く音が響いた。
四人は顔を見合わせる。
長かった。
あまりにも。
多くを失った。
だが。
終わったのだ。
そして。
彼らはまだ知らない。
外に出た先で。
最後の真実を知ることになる。




