第3話 偽りの証言
六人。
生存者は六人だけになった。
大広間には重苦しい空気が漂っている。
誰も口を開かない。
桜井遥の死からまだ数時間しか経っていなかった。
黒川蓮は壁にもたれたまま動かない。
遥の最期が頭から離れないのだろう。
玲も同じだった。
だが一つだけ確かなことがある。
遥は死ぬ直前に言った。
「真犯人は生き残っている」
つまり。
この六人の中にいる。
天城玲
佐伯美咲
黒川蓮
高橋隼人
藤原奏
白石由奈
誰が真犯人なのか。
誰が嘘をついているのか。
分からない。
だが確実に一人いる。
玲は周囲を見回した。
全員が疑わしく見える。
そして同時に。
全員が怯えているようにも見えた。
その夜。
玲は眠れなかった。
部屋を出る。
静まり返った廊下。
監視カメラだけがこちらを見ている。
歩いていると。
食堂の明かりがついていた。
中にいたのは隼人だった。
「眠れないのか」
玲が声をかける。
隼人は苦笑した。
「この状況で眠れる奴がいたら尊敬するよ」
確かにその通りだった。
玲は向かいに座る。
少し沈黙が続いた。
やがて隼人が言った。
「俺さ」
「うん」
「ずっと考えてた」
隼人はコーヒーを見つめる。
「七年前の火災」
玲も黙って聞く。
「事故じゃないと思う」
その言葉に玲の心臓が跳ねた。
「理由は?」
「俺の兄が残したメッセージ」
隼人はポケットから小さな紙切れを取り出した。
折り畳まれている。
かなり古いものだった。
「これ」
玲は受け取る。
そこには震えた字で書かれていた。
『火じゃない』
『誰かがいる』
玲の背筋が冷たくなる。
「どういう意味だ」
「分からない」
隼人は首を振った。
「でも兄は火災の直前にこれを送ってきた」
つまり。
火事の現場に誰かいた。
事故ではなく。
人為的な何かがあった可能性。
玲の鼓動が速くなる。
その時だった。
館内放送が鳴る。
『全員、大広間へ集合してください』
二人は顔を見合わせる。
嫌な予感しかしない。
数分後。
六人全員が集まる。
モニターが点灯した。
仮面の人物。
『お待たせしました』
誰も答えない。
『第四ゲームを開始します』
画面に文字が表示される。
【第四ゲーム】
偽りの証言
玲は眉をひそめた。
証言?
『皆さんには順番に質問へ答えてもらいます』
『ただし』
仮面が笑う。
『一人だけ嘘をつくことができます』
空気が変わる。
『その嘘を見抜けなかった場合』
数秒の沈黙。
『全員死亡です』
美咲の顔色が変わる。
「全員?」
『はい』
「ふざけるな!」
黒川が怒鳴る。
だがモニターは無視した。
『なお、嘘をついた人物が最後まで見抜かれなかった場合、その人物のみ生還権を獲得します』
玲は理解した。
このゲームは。
仲間を裏切るためにある。
『第一問』
モニターが表示する。
そして全員が凍り付いた。
【七年前の火災当日、現場にいたか?】
全員が息を呑む。
火災。
またその話だ。
そして。
誰もが少しだけ表情を変えた。
玲は見逃さなかった。
特に。
藤原奏。
一瞬だけ顔色が変わった。
順番に答える。
玲。
「いた」
美咲。
「いた」
黒川。
「いた」
隼人。
「いた」
由奈。
「いた」
そして最後。
奏。
ほんの数秒の沈黙。
やがて。
「……いなかった」
そう答えた。
玲は違和感を覚えた。
だが確信はない。
まだ何も分からない。
質問は続く。
第二問。
第三問。
第四問。
全て火災に関する内容だった。
誰が何を見たのか。
誰といたのか。
何時に逃げたのか。
少しずつ。
七年前の真実が浮かび上がっていく。
そして。
玲はあることに気づく。
証言が一人だけ食い違っている。
だが。
それが誰なのか。
まだ確証は持てない。
その時。
突然。
大広間の照明が消えた。
真っ暗になる。
悲鳴。
足音。
混乱。
数秒後。
照明が復旧する。
そして。
全員が凍り付いた。
床に倒れている人影。
胸から血が流れている。
藤原奏だった。
「な……」
玲の声が止まる。
奏の胸にはナイフが刺さっていた。
誰かが。
停電の数秒で刺したのだ。
美咲が後退る。
黒川が叫ぶ。
隼人の顔が真っ青になる。
そして由奈だけが静かだった。
モニターの仮面が笑う。
『素晴らしい』
「お前……!」
玲が怒鳴る。
しかし仮面は続けた。
『これでゲームがさらに面白くなりました』
奏はまだ生きていた。
だが意識は薄れている。
血が止まらない。
玲は駆け寄った。
すると。
奏が玲の腕を掴む。
震える手。
そして。
消えそうな声で言った。
「犯人は……」
玲は耳を近づける。
奏の唇が動く。
最後の言葉。
その瞬間。
玲の目が大きく見開かれた。
「え……?」
奏は微笑む。
そして静かに目を閉じた。
藤原奏、死亡。
生存者。
五名。
そして玲だけが。
今。
真犯人に繋がる決定的な言葉を聞いた。
藤原奏が息を引き取った後も。
玲はその場から動けなかった。
最後の言葉が頭の中で何度も繰り返される。
「地下」
たった二文字。
それだけだった。
犯人の名前ではない。
だが。
死の間際に残した言葉だ。
無意味なはずがない。
「玲!」
美咲の声で我に返る。
周囲を見る。
黒川が奏の遺体を見つめている。
隼人は青ざめた顔で立ち尽くしていた。
由奈は静かにモニターを見ている。
そして。
仮面の人物は笑っていた。
『残念でしたね』
玲は拳を握る。
「地下って何だ」
誰にも聞こえないように呟く。
しかし。
由奈だけが反応した。
一瞬だけ。
目を見開いた。
玲は見逃さなかった。
ゲームは続行された。
『なお』
仮面が言う。
『停電中に発生した殺人については自由に推理してください』
「自由にって……」
黒川が睨む。
『犯人はこの場にいます』
全員の視線が交差する。
生存者は五人。
つまり。
四人の中に犯人がいる。
玲
美咲
黒川
隼人
由奈
誰も信用できない。
だが。
玲の頭の中では別の疑問が大きくなっていた。
地下。
なぜ奏はその言葉を残したのか。
その夜。
玲は一人で施設を歩いていた。
目指すのは地下。
だが今までそんな場所は見つかっていない。
食堂。
倉庫。
浴場。
生活区画。
何度も調べた場所ばかり。
しかし。
施設の最奥部。
立入禁止区域の近くで。
玲は違和感を見つけた。
壁だった。
何の変哲もないコンクリート。
だが。
床に擦れた跡がある。
まるで。
動く壁のように。
玲は手を当てる。
押す。
反応はない。
叩く。
違う。
そして。
壁の横にあった配電盤を開く。
中には数字キー。
「これか」
玲は考える。
暗証番号。
だが分からない。
その時だった。
背後から声がした。
「そこを見つけたのね」
振り返る。
由奈だった。
玲は身構える。
由奈はゆっくり近づく。
「地下へ行く気?」
「奏が最後に言った」
玲は答える。
「地下って」
由奈は数秒黙った。
そして。
「危険よ」
と言った。
「知ってる」
「本当に?」
由奈の目は真剣だった。
「地下には真実がある」
玲は息を呑む。
「じゃあ案内してくれ」
由奈は首を振る。
「できない」
「また監視役だからか」
「違う」
玲は眉をひそめる。
由奈は苦しそうな顔をした。
そして。
「私は地下に入れない」
そう言った。
その言葉の意味を考える間もなく。
警報が鳴った。
施設全体が赤く染まる。
『緊急事態発生』
館内放送。
玲は嫌な予感がした。
『参加者、高橋隼人が行方不明です』
「何?」
玲と由奈は顔を見合わせる。
隼人が消えた?
大広間へ向かう。
そこには美咲と黒川がいた。
だが。
隼人はいない。
『一時間以内に発見できなければ死亡扱いとします』
仮面の声。
黒川が怒鳴る。
「ふざけんな!」
しかし放送は切れた。
四人は施設中を捜索する。
食堂。
浴場。
倉庫。
個室。
どこにもいない。
まるで最初から存在しなかったかのように。
そして。
玲はあることに気づいた。
地下への隠し扉。
もし隼人が見つけていたら。
玲は再び最奥部へ向かう。
誰にも言わず。
走る。
息が切れる。
そして。
問題の壁の前へ到着した。
そこで。
玲は凍り付いた。
壁が開いていた。
地下へ続く階段。
暗闇。
そして。
階段の途中に血痕。
新しい血だった。
玲は震える足で降りる。
一段。
二段。
三段。
空気が冷たい。
やがて地下フロアへ辿り着く。
そこは巨大な部屋だった。
無数のモニター。
コンピューター。
資料棚。
監視室。
まるで施設の中枢。
そして。
床には人影が倒れていた。
高橋隼人だった。
「隼人!」
玲は駆け寄る。
まだ生きている。
しかし腹部から大量に出血している。
「玲……」
隼人が目を開く。
「誰がやった?」
玲が聞く。
隼人は震える手を上げる。
そして。
監視室の奥を指差した。
そこには巨大なスクリーン。
その画面に映っていたものを見て。
玲は息を呑んだ。
十六人の参加者の顔写真。
そして。
その中央に。
赤く表示された一人の名前。
【藤原奏】
死亡したはずの名前。
玲の脳が混乱する。
なぜ。
なぜ奏の名前が中央にある。
その時。
隼人が最後の力で呟いた。
「俺たち……騙されてる……」
「何に?」
玲が叫ぶ。
だが。
返事はなかった。
隼人の手が落ちる。
静寂。
高橋隼人、死亡。
生存者。
四名。
天城玲。
佐伯美咲。
黒川蓮。
白石由奈。
そして玲は地下で知ってしまった。
このデスゲームには。
まだ誰も気づいていない巨大な嘘があることを。
高橋隼人の亡骸の前で。
玲は立ち尽くしていた。
地下監視室。
薄暗い部屋。
無数のモニター。
機械の駆動音。
そして巨大スクリーン。
そこには参加者十六人の顔写真が表示されている。
だが中央にある名前だけがおかしい。
【藤原奏】
死亡しているはずの人物。
停電中に刺され。
玲たちの目の前で息を引き取った。
なのに。
なぜ。
施設のシステムは彼女を特別扱いしているのか。
玲はモニターを操作した。
すると資料が表示される。
参加者ファイル。
事故報告書。
監視記録。
そして。
一つのフォルダ。
【東都ショッピングモール火災・機密資料】
玲は開く。
次の瞬間。
全身の血が冷えた。
そこに書かれていたのは。
自分たちが信じていた真実とは全く違う内容だった。
七年前。
東都ショッピングモール火災。
公式発表では事故。
電気系統のトラブル。
だが実際は違う。
火災は放火だった。
しかも。
犯人は一人ではない。
複数人が関与していた。
「そんな……」
玲は資料を読み進める。
そこには驚くべき名前が並んでいた。
火災当日に現場にいた人物。
その中には。
参加者十六人全員が含まれている。
被害者。
目撃者。
関係者。
そして。
加害者。
玲は理解した。
このデスゲームは偶然ではない。
最初から。
この十六人を集めるために作られていた。
その時。
背後で物音がした。
玲は振り返る。
地下室の入口。
そこに立っていたのは。
白石由奈だった。
「やっぱり来たのね」
由奈が静かに言う。
玲は資料を握る。
「全部知ってたのか」
「全部じゃない」
由奈は首を振った。
「でも大体は」
「じゃあ教えてくれ」
玲が叫ぶ。
「何なんだよこのゲームは!」
由奈は黙る。
数秒後。
ようやく口を開いた。
「復讐」
玲は息を呑む。
「誰の?」
「火災で家族を失った人たちの」
由奈はモニターを見つめた。
「事故として処理された」
「責任者も見つからなかった」
「だから」
「誰かが裁きを始めた」
玲は拳を握る。
だが納得できない。
「だったら何で参加者同士を殺させる!」
「それは……」
由奈が言いかけた時。
突然。
施設全体が揺れた。
警報。
赤いランプ。
館内放送。
『侵入者を確認』
玲と由奈が顔を上げる。
侵入者?
この施設に?
次の瞬間。
地下監視室の扉が吹き飛んだ。
轟音。
煙。
破片。
玲は思わず身を伏せる。
そして。
煙の向こうから現れた人物を見て。
息を呑んだ。
「奏……?」
藤原奏だった。
生きている。
間違いなく。
目の前にいる。
玲の脳が混乱する。
死んだはずだ。
自分が見た。
呼吸も止まっていた。
なのに。
なぜ。
奏はゆっくり笑った。
「やっとここまで来たんだね」
その笑顔を見た瞬間。
玲は理解した。
何かがおかしい。
この人は。
自分たちが知っている藤原奏ではない。
「お前……誰だ」
玲が問う。
奏は楽しそうに言った。
「黒幕だよ」
沈黙。
由奈が目を閉じる。
玲は言葉を失った。
「そんな……」
「本当はもっと後で会う予定だったんだけどね」
奏は肩をすくめる。
「予定が狂った」
玲の頭に無数の疑問が浮かぶ。
なぜ生きている。
なぜ黒幕。
なぜ参加者だった。
何が真実なのか。
奏はモニターを操作する。
すると全画面に写真が映し出された。
一人の少女。
笑顔の小学生。
「私の妹」
奏が言う。
「七年前に死んだ」
玲は写真を見る。
知らない少女だ。
「火災でね」
奏の声は静かだった。
「助けを求めてた」
「でも誰も助けなかった」
美咲の顔が浮かぶ。
見て見ぬふり。
黒川の暴力。
玲の事故。
参加者たちの罪。
「だから私は調べた」
奏は続ける。
「誰があの日関わっていたのか」
「そして見つけた」
その時。
奏の目が変わった。
冷たい光。
憎しみ。
怒り。
七年間積み重なった感情。
「真犯人を」
玲の鼓動が跳ねる。
「誰なんだ」
奏はゆっくり答えた。
「まだ生きている参加者の中にいる」
玲の背筋が凍る。
生存者は今。
天城玲
佐伯美咲
黒川蓮
白石由奈
四人。
つまり。
この中に。
火災の真犯人がいる。
奏は微笑む。
「次のゲームで全部終わる」
そして。
地下監視室の照明が消えた。
暗闇。
警報。
混乱。
その中で。
奏の声だけが響く。
「第4話で会おう」
完全な闇が訪れた。
玲は拳を握る。
真犯人。
復讐。
黒幕。
そして七年前の火災。
全てが。
ようやく一つに繋がろうとしていた。




