第2話 記憶の罪
警報が鳴り響く中、生存者たちは再び大広間へ集められた。
八人。
たった八人。
二日前まで十六人いたとは思えない。
床に残る血痕。
誰も掃除していない。
まるで運営側が死を見せつけているようだった。
玲は由奈の方を見る。
彼女は他の参加者と同じように立っている。
だが昨夜の出来事を思い出すと、とても普通の参加者には見えない。
監視役。
ゲームマスターと会話していた少女。
しかし彼女は玲に口止めをしなかった。
むしろ真相を探れと言った。
それが余計に不気味だった。
モニターが点灯する。
仮面の人物が映し出された。
『皆さん、お待たせしました』
誰も返事をしない。
『第三ゲームを開始します』
画面に文字が表示される。
【第三ゲーム】
記憶の部屋
『ルールは簡単です』
仮面が言う。
『八人全員が別々の部屋へ入ります』
『その部屋には、あなたに関する映像が流れます』
遥が眉をひそめた。
「私たちに関する?」
『はい』
『そして十分後、質問に答えてもらいます』
『答えられなかった場合』
数秒の沈黙。
『死亡です』
美咲が息を呑む。
「自分のことなのに答えられないわけないじゃない」
だが。
仮面は笑った。
『本当にそうでしょうか』
玲は嫌な予感がした。
八人はそれぞれ別の通路へ案内された。
玲の部屋は「A-7」。
無機質な鉄の扉。
中へ入る。
椅子が一つ。
巨大なモニターが一つ。
それだけだった。
ガチャリ。
扉がロックされる。
逃げ場はない。
すると映像が流れ始めた。
最初は見慣れた景色だった。
小学校。
校庭。
友人たち。
幼い頃の自分。
玲は戸惑う。
なぜこんな映像がある?
しかし次の瞬間。
身体が凍り付いた。
知らないはずの光景が映ったからだ。
雨の日。
道路。
一台の車。
倒れている少年。
そして。
その場に立ち尽くす自分。
「なんだ……これ」
玲は記憶を探る。
思い出せない。
だが映像の中の自分は確かに存在していた。
画面の少年は血を流している。
事故だった。
そして。
映像はそこで終わった。
部屋が静寂に包まれる。
玲の額に汗が浮かぶ。
今のは何だ。
夢じゃない。
作り物にも見えなかった。
まるで本当にあった出来事のようだった。
一方。
美咲の部屋。
映像には中学時代の教室が映っていた。
美咲は息を止める。
そこには見覚えがあった。
忘れたい記憶。
クラスメイトの少女。
机に落書き。
陰口。
無視。
いじめ。
「やめて……」
美咲は呟く。
だが映像は止まらない。
少女は泣いていた。
助けを求めていた。
しかし。
美咲は見ているだけだった。
怖かったから。
自分まで標的になるのが嫌だったから。
何もしなかった。
そしてある日。
その少女は転校した。
映像はそこで終わる。
美咲は椅子の上で震えていた。
忘れたかった。
思い出したくなかった。
なのに。
どうして。
十分後。
全員が再び大広間へ集められた。
顔色が悪い。
誰もが何かを見せられたのだろう。
仮面の人物が言う。
『それでは質問です』
モニターに名前が表示される。
最初は黒川蓮。
『質問』
『あなたが中学二年生の時、暴力を振るい重傷を負わせた人物の名前は?』
黒川の顔色が変わる。
「……」
『十秒以内に答えてください』
「待てよ……」
『九』
『八』
『七』
黒川の拳が震える。
『六』
『五』
「……佐藤隆志」
『正解』
黒川が息を吐く。
だが表情は暗い。
正解したのに喜びはない。
過去を抉られただけだからだ。
次は美咲だった。
『あなたが見て見ぬふりをした少女の名前は?』
美咲が固まる。
忘れていた。
本当に。
何年も前のことだった。
『十』
『九』
『八』
涙が浮かぶ。
『七』
『六』
思い出せない。
『五』
『四』
「やめて……」
『三』
『二』
そのとき。
美咲が叫んだ。
「宮下栞!」
沈黙。
そして。
『正解』
崩れ落ちる美咲。
玲は胸を締め付けられた。
誰もが何かを抱えている。
そういうことなのか。
だが。
次の瞬間。
全員の予想を超える事態が起きた。
『白石由奈』
由奈が前へ出る。
仮面が言う。
『質問』
『あなたは何人殺しましたか?』
大広間が凍り付いた。
玲の目が見開かれる。
美咲も遥も言葉を失った。
殺した?
何人?
何の話だ。
しかし。
由奈は表情を変えなかった。
そして静かに答えた。
「六人」
誰も呼吸できなかった。
『正解』
モニターが告げる。
その瞬間。
生存者たちは理解した。
白石由奈は。
自分たちとは違う。
もっと危険な存在なのだと。
由奈の答えが大広間に響いた後。
誰も言葉を発せなかった。
六人。
それが本当なら。
彼女は人を六人殺したことになる。
玲は由奈を見つめた。
だが由奈は平然としていた。
まるで何でもない数字を答えたように。
『続けます』
仮面の声が流れる。
しかし空気は変わっていた。
今や全員が由奈を警戒している。
質問は続いた。
藤原奏。
高橋隼人。
桜井遥。
伊藤大地。
全員が過去を暴かれた。
誰もが罪を抱えていた。
直接人を傷つけた者。
見て見ぬふりをした者。
嘘をついた者。
誰も完全な善人ではない。
そして最後。
天城玲の番が来た。
『質問』
玲は拳を握る。
『あなたが十二歳の時、交通事故で死亡した少年の名前は?』
玲の思考が止まる。
事故。
さっき見た映像。
血を流して倒れていた少年。
『十』
『九』
思い出せない。
『八』
知らない。
そんな事故。
記憶にない。
『七』
汗が流れる。
『六』
なぜ自分だけ覚えていない?
『五』
『四』
その時。
頭に激痛が走った。
玲は膝をつく。
映像が浮かぶ。
雨。
横断歩道。
笑う少年。
「玲!」
誰かが呼んでいる。
そして。
車のブレーキ音。
ドンッ!!
「うああああ!」
玲は頭を押さえた。
思い出した。
忘れていた。
いや。
忘れようとしていた。
『三』
『二』
玲は叫んだ。
「神崎優!」
沈黙。
そして。
『正解』
玲はその場に崩れ落ちた。
本当にあった。
あの事故は。
ゲーム終了後。
生存者たちは食堂へ戻された。
だが誰も食事を取ろうとしない。
気まずい沈黙。
それぞれが自分の過去を思い出していた。
その時。
遥が口を開いた。
「気づいたことがある」
全員が顔を上げる。
遥は冷静だった。
「質問の内容よ」
「内容?」
美咲が聞く。
「全員、人の死や人生を変えた出来事に関係している」
玲も気づいていた。
黒川の暴力。
美咲の見て見ぬふり。
自分の事故。
どれも他人の人生に影響を与えている。
「つまり」
隼人が言う。
「俺たちはそのために集められた?」
誰も否定できない。
その夜。
玲は再び由奈を探した。
聞きたいことが山ほどあった。
倉庫。
廊下。
食堂。
どこにもいない。
そして施設の奥。
立入禁止の扉の前で見つけた。
由奈だった。
「待て」
玲が声をかける。
由奈は振り返る。
「何?」
「六人殺したって本当なのか」
沈黙。
数秒後。
由奈は答えた。
「本当」
玲は息を呑む。
「どうしてそんなことを……」
「事故よ」
由奈は言った。
「私が起こした火災で六人死んだ」
玲は言葉を失う。
由奈の目は暗かった。
「私は十三歳だった」
「火遊びだったのか?」
「違う」
首を振る。
「助けようとしたの」
玲は意味が分からなかった。
由奈は続ける。
「火事になった家に友達が取り残された」
玲は黙って聞く。
「助けに入った」
「でも」
「結果的に火が広がった」
声が震える。
初めてだった。
由奈が感情を見せたのは。
「六人死んだ」
沈黙。
玲は何も言えなかった。
由奈は冷たい人間だと思っていた。
だが違った。
彼女も苦しんでいた。
ずっと。
その時だった。
館内放送が流れた。
『全員、大広間へ集合してください』
玲と由奈は顔を見合わせる。
嫌な予感。
急いで向かう。
そこには全員集まっていた。
しかし。
人数がおかしい。
七人しかいない。
「大地は?」
黒川が言う。
誰も知らない。
その瞬間。
モニターが点灯する。
仮面の人物。
『残念なお知らせです』
静寂。
『参加者、伊藤大地が死亡しました』
全員が凍り付く。
「何だって?」
『死因は刺殺』
玲の背筋が冷える。
刺殺。
つまり。
ゲームではない。
殺人。
また誰かが誰かを殺した。
『なお』
仮面は続ける。
『犯人は生存者の中にいます』
大広間に絶望が広がった。
八人だった。
今は七人。
そして。
その七人の中に。
二人目の殺人犯がいる。
その頃。
施設の監視室。
無数のモニター。
仮面の人物が椅子に座っていた。
その隣には別の人物。
顔は見えない。
『予想以上ですね』
仮面が笑う。
『もう半分以上が死んだ』
隣の人物が言う。
「まだ足りない」
低い声だった。
『ええ』
仮面は頷く。
『本番はこれからです』
モニターには玲たちの姿が映る。
『なにしろ』
『第三ゲームはまだ終わっていないのですから』
大広間に重苦しい沈黙が流れていた。
伊藤大地が死んだ。
しかもゲームではなく殺人。
つまり生存者七人の中に犯人がいる。
玲は周囲を見渡した。
美咲。
黒川。
遥。
隼人。
奏。
由奈。
そして自分。
全員が疲弊している。
だがその中の誰かが人を殺した。
『第三ゲームを継続します』
モニターの声が響く。
黒川が怒鳴った。
「継続だと!?」
『はい』
『まだルール説明が終わっていませんので』
その言葉に全員が顔を上げた。
まだ終わっていない?
『第三ゲームの本当の目的は記憶を思い出すことです』
画面が切り替わる。
そこには十六人の顔写真。
死亡した者も含まれていた。
『参加者十六名には共通点があります』
玲の心臓が鳴る。
由奈の言っていたことだ。
『それを答えなさい』
「共通点……?」
美咲が呟く。
誰も分からない。
学校も違う。
年齢も違う。
住んでいる場所も違う。
接点など見当たらない。
しかし。
玲の頭に引っかかるものがあった。
事故。
死。
罪。
全員が誰かの人生に関わっていた。
だがそれだけでは弱い。
もっと具体的な何かがある。
『制限時間は三十分』
モニターが告げる。
『答えられなければランダムに一名脱落します』
全員が顔色を変えた。
また死ぬ。
時間はない。
玲は必死に考えた。
すると。
由奈が小さく言った。
「場所」
「え?」
玲が振り返る。
「共通点は場所」
由奈は苦しそうだった。
「思い出して」
「どこだ?」
「私には言えない」
由奈が顔を伏せる。
「監視役だから」
玲は歯を食いしばった。
またその制約か。
だがヒントは得た。
場所。
十六人が関係した場所。
その時。
隼人が声を上げた。
「待て」
全員が見る。
隼人は青ざめていた。
「俺……思い出したかもしれない」
「何を?」
奏が聞く。
「七年前のニュースだ」
七年前。
玲は眉をひそめる。
隼人は続けた。
「大型商業施設火災」
その瞬間。
由奈が目を閉じた。
玲は見逃さなかった。
反応した。
「火災……?」
「多数の死傷者が出た事故だ」
隼人の声が震える。
「俺の兄も巻き込まれた」
玲の脳裏に稲妻が走る。
火災。
由奈。
六人死亡。
助けようとして失敗。
点と点が繋がり始める。
「まさか……」
玲は呟いた。
「俺たちは全員」
言葉が出ない。
もしそうなら。
あまりにも残酷だった。
「その火災の関係者なのか?」
沈黙。
そして。
由奈が小さく頷いた。
全員が息を呑む。
『正解です』
モニターが告げた。
大広間が静まり返る。
『参加者十六名は全員、七年前の東都ショッピングモール火災の関係者です』
玲の身体が硬直する。
『被害者』
『遺族』
『目撃者』
『加害者』
『そして事故に関与した人物』
画面に当時のニュース映像が流れる。
燃え上がる建物。
消防車。
悲鳴。
混乱。
玲は思い出した。
神崎優。
あの事故で出会った少年だった。
火災から数年後。
交通事故で亡くなった。
そして自分はその場にいた。
全てが繋がっていた。
美咲が震えながら聞く。
「じゃあ……このゲームは何なの?」
仮面は答えた。
『裁判です』
誰も理解できなかった。
『七年前の事件には真実が隠されています』
『そして真犯人が存在します』
玲の鼓動が止まりそうになる。
真犯人。
事故ではないのか。
『その人物を見つけてください』
『見つけられなければ』
数秒の沈黙。
『全員死亡です』
絶望が広がった。
その時だった。
突然。
遥が倒れた。
「遥!」
黒川が駆け寄る。
口から血が流れている。
全員が凍り付いた。
『おっと』
仮面が笑う。
『言い忘れていました』
「何だ……?」
『伊藤大地を殺害した犯人への罰です』
遥の身体が痙攣する。
「まさか……」
黒川の顔が青ざめる。
『犯人には毒を投与してありました』
大広間が騒然となる。
「つまり遥が!?」
『はい』
『伊藤大地殺害犯は桜井遥です』
黒川が信じられない顔をする。
遥は苦しそうに笑った。
「ごめん……」
「どうしてだよ!」
黒川が叫ぶ。
遥の目から涙が流れる。
「大地が……」
声が震える。
「火災の真相を知ってたから」
玲の背筋が冷える。
「何?」
「全部……知ってた」
遥は咳き込む。
血が床に落ちる。
「だから殺した」
大広間が静まり返った。
つまり。
火災の真相を知る人物がいた。
そして遥は口封じをした。
「誰なんだ」
玲が聞く。
「真犯人は誰なんだ!」
遥は玲を見る。
最後の力を振り絞るように。
そして。
こう言った。
「生き残ってる……」
「え?」
「真犯人は……まだ……」
その瞬間。
遥の首輪が光る。
ドンッ!!
爆発音。
黒川の叫び。
血飛沫。
そして静寂。
桜井遥は死亡した。
生存者。
六名。
天城玲。
佐伯美咲。
黒川蓮。
高橋隼人。
藤原奏。
白石由奈。
六人だけになった。
モニターの仮面が笑う。
『第2話終了』
『次のゲームではさらに真実へ近づきます』
画面が暗転する。
玲は拳を握った。
真犯人は生存者の中にいる。
そして遥はそれを知っていた。
ならば。
この六人の中に。
七年前の火災の真相を隠している人物がいる。
玲は静かに決意した。
次のゲームで。
必ず暴いてみせる。
たとえその先に。
どんな真実が待っていたとしても。




