第1話 目覚め
天城玲が目を覚ましたとき、そこは見知らぬ大広間だった。
冷たい床の感触。
白い天井。
周囲には同年代の少年少女たちが倒れている。
「……ここは?」
玲が立ち上がる。
すると近くの少女も目を覚ました。
「え……どこなの……?」
佐伯美咲だった。
やがて全員が次々と起き上がる。
十六人。
誰一人としてこの場所に来た覚えがない。
突然、部屋の中央に巨大なモニターが点灯した。
ブツッ。
ノイズが走る。
そして黒い仮面をつけた人物が映し出された。
『ようこそ、プレイヤーの皆さん』
一瞬で全員が静まり返る。
『これより皆さんにはデスゲームに参加していただきます』
「は?」
黒川蓮が笑った。
「ドッキリか?」
だが誰も笑わない。
仮面の人物は続けた。
『ルールは簡単。最後まで生き残った者だけが解放されます』
「ふざけるな!」
岩崎剛が叫ぶ。
『拒否権はありません』
その瞬間。
岩崎の首輪が赤く光った。
全員が初めて気づく。
自分たちの首にも黒い首輪が付いている。
「なんだこれ……」
ピピピピ。
警告音。
『ルール違反です』
次の瞬間。
ドンッ!!
岩崎の首輪が爆発した。
鮮血が飛び散る。
岩崎の身体が倒れた。
誰も理解できない。
数秒前まで生きていた人間が、一瞬で死んだ。
悲鳴が響く。
西野愛が泣き出した。
『これで理解できましたね』
モニターの声は淡々としていた。
『第一ゲームを開始します』
ゲーム名。
「多数決」
ルールは簡単だった。
一人一票。
最も票を集めた人間が死亡する。
制限時間三十分。
「そんなの無理だろ!」
健吾が叫ぶ。
「誰に投票するんだよ!」
『投票しなかった場合も死亡です』
絶望が広がった。
全員が互いを見る。
さっきまで知らなかった相手。
しかし今から誰かを殺さなければならない。
玲は歯を食いしばった。
(落ち着け……必ず突破口がある)
だが時間だけが過ぎる。
二十分。
十五分。
十分。
誰も動けない。
そして残り五分になったときだった。
「待て」
村上誠が言った。
「一人に票を集めるしかない」
「お前正気か!?」
「全員死ぬよりマシだろ」
誰も反論できない。
沈黙。
その時。
伊藤大地が叫んだ。
「ふざけんな!」
彼は村上の胸ぐらを掴んだ。
「お前が死ねよ!」
空気が変わる。
恐怖。
怒り。
疑心暗鬼。
玲は悟った。
このゲームの本当の目的は、人間同士を争わせることだと。
残り一分。
全員が投票端末の前に立つ。
震える指。
そして。
投票終了。
結果発表。
モニターに数字が表示された。
村上誠 7票
伊藤大地 6票
その他 3票
村上が青ざめる。
「待て……待てよ……」
『脱落者が決定しました』
「嫌だ!!」
村上は逃げ出そうとした。
だが。
ドンッ!!
首輪が爆発した。
床に崩れ落ちる。
血だまり。
静寂。
十六人いた参加者は。
わずか数時間で十四人になった。
玲は拳を握る。
(絶対に生き残る)
(そしてこのゲームを終わらせる)
だが彼はまだ知らなかった。
このデスゲームが始まりに過ぎないことを。
第二ゲームではさらに多くの犠牲者が出ることを。
そして参加者の中に――
ある秘密を抱えた人物がいることを。
村上誠の遺体を前に、誰も言葉を発せなかった。
さっきまで生きていた。
呼吸をし、怒鳴り、怯えていた。
それが今はただの肉の塊になっている。
血の匂いが部屋に広がる。
「うっ……」
西野愛が吐き気をこらえる。
美咲も顔を青くしていた。
玲は目を閉じる。
現実を受け入れろ。
これは冗談じゃない。
映画でもゲームでもない。
本当に人が死んだ。
そして自分も死ぬかもしれない。
モニターの声が響いた。
『第一ゲーム終了』
誰も反応しない。
『生存者十四名を確認』
その言葉が異様だった。
まるで数字でしか見ていないような言い方。
人間ではなく駒。
そう扱われている気がした。
『次のゲームは六時間後に開始されます』
「六時間?」
高橋隼人がつぶやく。
『それまで自由行動です』
壁が振動した。
ゴゴゴゴゴ……
大広間の奥にあった鉄扉が開いていく。
暗い通路が現れる。
『生活区域を解放します』
そして映像は消えた。
数分後。
生存者たちは恐る恐る通路を進んだ。
先頭は岩崎亡き今、黒川蓮だった。
「罠があるかもしれねえ」
慎重に歩く。
しかし何も起きない。
通路を抜けた先には巨大な施設があった。
食堂。
浴場。
個室。
倉庫。
監視カメラ。
まるで閉鎖されたホテルのようだった。
「ここで暮らせってことか……」
桜井遥がつぶやく。
玲は壁を調べる。
コンクリート。
窓はない。
外の景色も見えない。
完全な密室だ。
「出口は?」
吉田翼が聞く。
誰も答えられない。
その日の夕方。
食堂。
十四人が集まっていた。
しかし空気は重い。
互いを信用できない。
なにしろ数時間前、自分たちは投票で人を殺したのだ。
沈黙を破ったのは藤原奏だった。
「自己紹介をしませんか」
生徒会長らしい落ち着いた声だった。
「少しでも情報を共有した方がいいと思います」
反対する者はいなかった。
一人ずつ話し始める。
名前。
年齢。
学校。
趣味。
しかしどこか嘘っぽい。
本当のことを話している保証はない。
玲の番になる。
「天城玲。高校二年」
それだけ言った。
余計な情報は出さない。
他の人間も同じだった。
だが一人だけ違った。
白石由奈。
「私は白石由奈」
そこで止まる。
「以上です」
「以上って……」
健吾が苦笑する。
しかし由奈は黙ったままだった。
玲は気になった。
彼女だけ様子がおかしい。
怯えているというより。
何かを知っているような顔だった。
夜。
玲は眠れなかった。
個室のベッドに横になっても目が冴える。
すると。
コンコン。
ドアが鳴った。
開ける。
そこには美咲がいた。
「ごめん」
小声だった。
「少し話せる?」
玲は頷く。
二人は廊下の隅に座った。
「怖くて眠れないんだ」
美咲は笑った。
だが無理に笑っているのが分かる。
玲も同じだった。
「私ね」
美咲が言う。
「死にたくない」
当たり前の言葉。
だが今は重かった。
「みんなもそう思ってる」
玲が答える。
「だから危険なんだ」
人間は追い詰められると何をするか分からない。
美咲は頷いた。
そして言った。
「玲は信用できる気がする」
玲は返事に困った。
信用。
そんなものが成立する状況だろうか。
その時だった。
悲鳴が響いた。
「きゃあああああ!」
二人は飛び上がる。
食堂の方向。
走る。
廊下を駆ける。
生存者たちも集まってくる。
そして。
食堂で全員が凍り付いた。
天井から。
人が吊るされていた。
中村真琴だった。
首にロープ。
目は見開かれている。
完全に絶命していた。
「うそだろ……」
黒川蓮がつぶやく。
誰も動けない。
第一ゲームは終わったはずだ。
なのに。
また死者が出た。
その時。
館内放送が流れた。
『おめでとうございます』
全員が顔を上げる。
『最初の殺人が発生しました』
空気が凍る。
『本施設では参加者による殺害も認められています』
「な……」
『犯人を見つける必要はありません』
『見つけても意味はありません』
『なぜなら』
数秒の沈黙。
そして。
『人を殺してもペナルティは存在しないからです』
絶望が広がった。
ゲームだけじゃない。
参加者同士で殺し合ってもいい。
そういうルールなのだ。
玲は吊るされた真琴を見上げる。
冷たい汗が流れた。
今この場に。
殺人犯がいる。
そしてその人物は。
何食わぬ顔で皆の中に立っている。
真琴の遺体が下ろされたのは、それから三十分後だった。
誰も近づきたがらなかったが、最終的に黒川蓮と玲が協力してロープを切った。
床に横たえられた真琴の顔は青白い。
もう呼吸はない。
現実だった。
第一ゲームで二人。
そして今、一人。
十六人いた参加者は十三人になった。
「誰がやったんだよ……」
吉田翼の声が震える。
返事をする者はいない。
全員が全員を疑っていた。
そのとき桜井遥が遺体の首元を見た。
「これ……」
首には赤い痕が残っている。
だが違和感があった。
「吊られて死んだんじゃない」
「え?」
玲も確認する。
首を圧迫された跡はある。
しかしロープによるものではない。
「先に殺されていた可能性が高い」
遥は冷静に言った。
つまり。
誰かが真琴を殺した。
その後で天井に吊るした。
見せしめのために。
食堂の空気がさらに重くなる。
「じゃあ犯人はここにいるってことか……」
健吾が後退る。
「そんなの分かりきってるだろ」
村上が死んでいる以上、生存者しかいない。
十三人の中に殺人犯がいる。
その夜。
誰も一人で行動しなくなった。
玲、美咲、黒川、遥。
自然と四人は固まっていた。
黒川が言う。
「犯人を見つけるしかねえ」
「でも証拠がない」
美咲が首を振る。
玲も同意だった。
監視カメラはある。
しかし映像を確認する手段がない。
運営側が見せるとも思えない。
遥が考え込む。
「犯人の目的は何?」
誰も答えられない。
だが玲には一つだけ思い当たることがあった。
「人数を減らしたかった」
全員が玲を見る。
「最後の一人だけが生き残るルールなら、参加者が少ない方が有利だ」
沈黙。
確かにその通りだった。
殺せばライバルが減る。
デスゲームでは合理的だ。
だからこそ恐ろしい。
翌朝。
食堂に集まった十三人の前で、モニターが起動した。
『おはようございます』
誰も返事をしない。
『第二ゲームを開始します』
空気が張り詰めた。
モニターに文字が表示される。
【第二ゲーム】
「信頼の橋」
『参加者は二人一組になります』
『橋を渡ってください』
『ただし橋の床には偽物が存在します』
『偽物を踏むと落下します』
『落下した者は死亡です』
吉田が青ざめる。
「待てよ……」
『制限時間は三十分』
『なお』
仮面の人物が笑ったように見えた。
『相方が犠牲になれば、安全な床の情報を得られます』
静まり返る。
誰もが意味を理解した。
先に相方を歩かせればいい。
落ちた場所は危険。
生き残った場所は安全。
つまり。
仲間を犠牲にできる。
そういうゲームだった。
会場へ移動する。
巨大な吹き抜け。
その中央に一本の橋。
下は暗闇。
高さは二十メートル以上ある。
落ちれば助からない。
「こんなの無理だろ……」
翼が呟く。
そのとき。
モニターが表示する。
ペア決定。
玲 ― 美咲
黒川 ― 遥
健吾 ― 愛
隼人 ― 奏
翼 ― 優斗
大地 ― 莉奈
由奈 ― なし
「なし?」
全員が驚く。
由奈だけ一人だった。
『白石由奈は特別参加者です』
その一言だけ。
由奈本人も表情を変えない。
玲は違和感を覚えた。
やはり何かがおかしい。
ゲーム開始。
最初のペアは健吾と愛だった。
二人は恐る恐る橋を進む。
一歩。
二歩。
三歩。
床は問題ない。
しかし。
四歩目。
パキッ。
床が割れた。
「え?」
健吾の身体が傾く。
「うわあああああ!!」
落下。
絶叫。
鈍い音。
そして沈黙。
愛はその場に座り込んだ。
泣きながら。
「いや……いやあ……」
だがゲームは止まらない。
『続行してください』
冷酷なアナウンス。
愛は震えながら前へ進む。
健吾が落ちた場所を避ける。
すると。
橋の向こうへ到達できた。
成功だった。
しかし代償は大きすぎた。
十二人。
生存者はまた減った。
続くペア。
翼と優斗。
二人は協力しながら進んだ。
だが中盤。
優斗が突然叫ぶ。
「ごめん!」
そして。
翼を突き飛ばした。
「なっ!?」
翼の身体が揺れる。
支えを失う。
そのまま落下した。
絶叫が消える。
静寂。
誰も言葉を失った。
優斗は泣いていた。
「俺は死にたくないんだ!」
それが本音だった。
責められる資格が誰にあるのか。
この場所では。
生きたいという願いが罪になってしまう。
玲は拳を握る。
怒りが込み上げる。
だが同時に理解もしてしまう。
極限状態では。
誰だって変わる。
自分も。
美咲も。
例外ではないかもしれない。
そして次。
玲と美咲の番が来た。
橋の前に立つ。
下を見れば闇。
足が震える。
美咲が小さく言った。
「生きて帰ろう」
玲は頷いた。
「絶対に」
二人は橋へ足を踏み出した。
玲と美咲は橋の前に立った。
冷たい風が吹き抜ける。
下は闇。
落ちれば終わりだ。
玲は深呼吸した。
「俺が先に行く」
「でも……」
「大丈夫だ」
本当に大丈夫かは分からない。
だが美咲を先に行かせる気にはなれなかった。
玲は一歩踏み出す。
床は無事。
二歩。
三歩。
問題ない。
背後から美咲が続く。
周囲では他の参加者たちが見守っていた。
誰も声を出さない。
ただ結果を待っている。
五歩目。
六歩目。
橋の中ほどまで来た。
玲の心臓が激しく鳴る。
汗が手のひらを濡らしていた。
そして七歩目。
パキッ。
嫌な音が響いた。
玲は反射的に身体を止める。
床にひびが入っている。
あと少し体重をかければ崩れる。
「危ない!」
美咲が叫ぶ。
玲はゆっくり足を戻した。
ひびは広がらない。
どうやら完全な偽物ではないらしい。
別の場所を探る。
右。
安全。
さらに右。
安全。
少しずつ進む。
時間だけが過ぎていく。
あと十メートル。
あと八メートル。
あと五メートル。
希望が見え始めた。
そのときだった。
後方から悲鳴が聞こえた。
「助けて!」
振り返る。
大地と莉奈のペアだった。
莉奈が橋の縁にしがみついている。
床が崩れたのだ。
大地はその手を掴んでいた。
あと少しで助かる。
誰もがそう思った。
しかし。
大地は莉奈の目を見た。
そして。
手を離した。
「え……?」
莉奈の顔が凍る。
次の瞬間。
落下。
絶叫。
そして沈黙。
全員が言葉を失った。
大地は震えていた。
「仕方なかったんだ……」
誰に言うでもなく呟く。
「俺も死にたくなかった……」
橋の上に重苦しい空気が流れた。
玲と美咲はついに向こう岸へたどり着いた。
成功。
二人とも生きている。
だが喜べなかった。
これまでに何人も死んだからだ。
その後もゲームは続いた。
隼人と奏は協力して突破。
黒川と遥も突破。
しかし優斗は途中で足場を見誤り落下。
最後に残った由奈は、一人で橋を渡り始めた。
全員が見守る。
彼女は迷わない。
まるで正解を知っているかのように。
左。
右。
左。
左。
右。
危険な場所を一度も踏まない。
そして。
あっさり渡り切った。
会場がざわつく。
「なんで分かった?」
黒川が言う。
由奈は答えない。
ただ静かに立っていた。
玲は確信した。
やはり彼女は何か知っている。
『第二ゲーム終了』
モニターが点灯する。
『生存者八名を確認』
玲たちは顔を見合わせた。
たった二日。
それだけで。
十六人いた参加者は半分になった。
生存者は。
天城玲
佐伯美咲
黒川蓮
桜井遥
高橋隼人
藤原奏
白石由奈
伊藤大地
八人だけ。
その夜。
玲は眠れなかった。
個室を出る。
廊下を歩く。
すると。
誰かの話し声が聞こえた。
倉庫の方向だ。
玲は足音を殺して近づく。
少しだけ扉が開いている。
中を覗く。
そこにいたのは。
白石由奈だった。
そして。
もう一人。
誰もいないはずの場所で。
彼女は壁に向かって話していた。
「予定より減るのが早い」
玲の背筋が凍る。
誰と話している?
由奈は続ける。
「ええ」
「順調です」
玲の鼓動が速くなる。
順調?
何が?
すると。
壁の一部が光った。
隠されていたモニターだった。
そこに映った人物。
黒い仮面。
ゲームマスター。
玲は息を呑む。
由奈は参加者ではない。
運営側なのか。
その瞬間。
床が軋んだ。
しまった。
玲の足音。
由奈が振り返る。
玲と目が合った。
数秒。
沈黙。
そして由奈は言った。
「見たのね」
玲は逃げようとした。
しかし扉が閉まる。
ロック。
逃げられない。
モニターの仮面が笑った。
『予想外ですね』
玲は後退る。
由奈が近づいてくる。
「本当はもっと後で知るはずだった」
「お前は何者だ」
玲が睨む。
由奈は少し悲しそうな顔をした。
そして。
「私は監視役」
そう答えた。
「でも黒幕じゃない」
玲は信じられなかった。
だが彼女の目は本気だった。
「このゲームにはもっと大きな秘密がある」
「秘密?」
由奈は頷く。
「参加者全員に共通する秘密」
玲の頭が混乱する。
そんなものがあるのか。
十六人全員に。
「次のゲームまでに思い出して」
由奈が言う。
「私たちがなぜ選ばれたのか」
その直後。
警報が鳴り響いた。
真っ赤なランプ。
施設全体が揺れる。
『緊急告知』
モニターが切り替わる。
仮面の人物の声。
『第三ゲームを一時間後に開始します』
「一時間後?」
『なお特別ルールを追加します』
全員の部屋に放送が流れていた。
生存者たちが飛び出してくる。
そして。
次の言葉で全員が凍り付いた。
『第三ゲーム終了時、生存者は四名以下になります』
絶望。
沈黙。
恐怖。
再び殺し合いが始まる。
しかも今度は。
半数以上が死ぬことを前提に。
玲は拳を握った。
由奈の言葉が頭をよぎる。
「参加者全員に共通する秘密」
そして。
ゲームマスター。
監視役。
謎の施設。
全てがどこかで繋がっている。
玲は決意する。
生き残るだけじゃない。
このデスゲームの真相を暴く。
そのために。
どんなことになっても。
生き延びてみせる。




