第34話 袁亮躂(リョウダツ)の意外な人生
「大人? 大人!」
「おや、もう屋敷に着いたのか?」
「屋敷に?
大人?
その……喜慶宮に着きました!」
「少し待て。
今、降りる。」
私はすぐに馬車から降り、自分の藍色の靴を見た。
履き間違えたのだろうか。
どうして歩くたびに、いつもより足取りが重いのだろう。
喜慶宮の門口の両脇には艶やかな赤い提灯が掛けられ、
どこからかゆるやかな楽の音が流れてきた。
まずい。
巧児に、提灯をちゃんと消すよう言い忘れていなかったか?
右側の庭にも一つ掛けてあったはずだ。
消し忘れて火事にでもなったら大変だ。
門番たちの訝しげな視線が何度もこちらに向けられ、
私は足を上げて外門の内へ踏み入れた。
いや、考えすぎだ。
巧児はもう十年近くここにいる。
さすがに忘れるはずがない。
空気には阿末香の香りが漂っていた。
濃すぎず薄すぎず、気持ちを落ち着かせる香りだ。
けれど私はふと、
忠楽に贈るはずの品をしまい忘れていないかと思い出した。
あれは西方の商人からようやく手に入れた品だ。
やはり一度戻って確かめるべきだろうか。
私は遠ざかっていく馬車を見つめ、
呼び止めたい衝動を必死に抑えた。
深く息を吸い、
天寿宴の会場へ足を踏み入れる覚悟を決めた。
巧児に家のことを任せてある。
あの子は私が信頼している侍女だ。
それなのに、どうしてこんなに不安になるのだろう。
はは……。
しまった、
巧児に錦崇の部屋を整えておくよう言い忘れた。
あの子が疲れて休みたくなった時、
部屋がなかったらどうするんだ?
宴が終わったら、その後の小さな集まりは忠楽に任せるしかない。
子育ての話なんて始まったら、
「霜火山」と「西国の噪鵑」は絶対に長い。
「郎君、どうしてこんなに遅かったのです?
何かあったのですか?」
私は上の空のまま外門の内側までやって来た。
美しい平安節が木窓のそばに掛けられている。
忠楽は淡い紫の、雲よりも柔らかな斜め襟の短衫をまとい、
赤い桃花の刺繍が入った桃色の裙が、軽やかに床へ垂れていた。
彼女は白い絹の上衣をそっと引き寄せながら、
笑って私の頬に触れた。
「拉致されていた。」
「まあ、亮躂。
お願いですから、
またそういう冗談はやめてくださいませ。」
だが、その冗談の材料、
だいたい私の人生そのものなんだが?
無名の魚売りの若者だった私が、
わけの分からないまま袁家に連れて来られ、
忠楽の許嫁として育てられ、
気づけば袁家の刑部侍郎になっていた。
「またうちに来た初日の話をするの?
あなた、毎回言葉の選び方が微妙にずれているのよ。
あれは拉致じゃないでしょう?
暴力で拘束されたわけでもないし。
あなた、寝ている間にうちへ運ばれただけじゃない。」
今の乾いた空気とは違い、
海辺の近くは肌が少し湿っぽく感じられる。
あれはちょうど、母が亡くなってから四年目、
元いた一族を離れてしばらく経った頃のことだった。
あの日は、過ごしやすい曇り空だった。
一族の呪いだと忌まれ、
肌は白く、感情が高ぶると目まで赤くなる。
そんな「白色悪鬼」と呼ばれていた私には、
都合のいい天気だった。
「さすが白くんだねえ。
今日の魚もみんな立派だよ。
ほら、これが今日の分の銅貨さ。」
繕い終えた魚を、数少ない愛想のいい老婆に渡すと、
老婆は赤い布袋をひとつ、私の手に載せた。
白い木綿の紐で、丁寧に結ばれている。
「老婆婆、赤い布袋が一つ多いよ?」
「海辺は風も波も強くて危ないからねえ。
今日はあんた一人で漁に出るんだろう?
縁起担ぎに少し包んでおいたんだよ。
運が向くようにね。」
「運?それは、
どうもありがとう。」
私は軽く笑って身を翻し、
自分で急ごしらえした茅葺きの小屋へ戻った。
心地よい空模様。豊かな魚の獲れ高。
しかも仕事も早めに終わって、休める時間まである。
今日はもしかすると、本当に特別な日なのかもしれない。
私はそこで回想を止め、忠楽を見た。
忠楽は手招きして、私に奥へ進むよう促した。
私たちは壁いっぱいに百獣図が描かれた長い回廊を抜けていく。
「亮躂、思い出した?」
「そう、思い出した!」
あの日、早めに家へ戻ったせいで、途中で同じくらいの年頃の娘と出会った。
その子は腹を空かせていて、行く当てもないようだった。
私は焼き魚を食べさせ、一晩だけ泊まらせてやった。
翌朝、あの子が簪を忘れていったのに気づき、親切心で官府に届けた。
すると長竹という穏やかな老人に茶を勧められて、
次に目を覚ました時には、もう袁家にいた。
「そうでしょう?
父上も使用人たちも、あなたを縛ったりしていないわ。
あの時のあなた、丸裸だったもの。」
忠楽の言う通りだ。
だが、私は縛られるほうが、何も着ていないよりまだましだった。
あの時、目を覚ました瞬間は本当に恐ろしかった。
私は周囲を見回したが、そこは見たこともない部屋だった。
木の椅子も机もひどく精巧で、
壁には私の見たことのない見事な絵まで掛けられている。
「おい、若者!」
目の前では、
威厳のある顔つきの男が私を見下ろしていた。
その低い声は、私がこれまで聞いたどんな鐘の音よりも響いた。
私は慌てて頭を抱えて身を縮め、
その拍子に、自分が丸裸だと気づいた。
あわてて股間を押さえると、まだ感覚がある。
私は……まだ生きているのか?
どうしてこんなにも現実味がないんだ?
だが、
冥府に行ってから数日は感覚が残ると聞いたことがある!
「あの茶……まさか。
まさか私は毒殺されたのか?
いったい、いつ恨みを買ったんだ?」




