第19話 幼名が「加護(かご)」だった第六皇子翼鷹
「翼鷹、安心して! お茶に問題はないよ!」
梓談の笑顔を見た瞬間、六歳の頃に戻ったような気がした。
あの時も、こんなふうに僕と錦崇へ茶を差し出していなかったか。
僕はさっき梓談から受け取った茶杯を見る。
中の褐色の茶は、淡く香っていた。
僕は別に茶が嫌いなわけではない。
ただ、この色を見ると、昔見た冷たい目を思い出す。
「草尚書!
お待ちください!
属下が賴太医に知らせてまいります!
草尚書!」
十年来の付き合いとはいえ、
梓談のそばにいる莓侑晴の反応は、相変わらずおもしろい。
外から院員の呼ぶ声が聞こえた瞬間、
彼女はすぐ咳払いをして布で口元を隠し、
口に含んでいた茶を少し吐き出した。
そのあと何かを探すみたいに何度もあたりを見回し、
最後には布で顔をすっかり隠してしまった。
だめだ、だめだ。
僕は皇子として、同窗に対する礼儀を見せなければならない。
今ここで、声を出して笑うわけにはいかない。
僕はきつくなりそうな目元をなんとか保ち、
口元だけはできるだけ穏やかな笑みに整えた。
賴太医はもう診療室を出ている。
僕のこれまでの経験からすると、
僕たちが安寿院へ着く前に、もう話は彼女の耳に入っていたはずだ。
「おはよう、吉帥くん。
今日はどういう風の吹き回しで来たんだい?」
草尚書の顔は、
刺すような寒風に晒されたみたいに冷え切っていた。
彼は無言のまま待診室全体を見渡し、
その視線はやがて布で顔を隠している侑晴のところで止まった。
僕のいる位置からは、
侑晴が鼻先にしわを寄せて変な顔をしているのが見えた。
もともと僕は、彼女を礼儀ばかり重んじる、
堅くて退屈な人だと思っていた。
同窗になってからも、彼女はあまり僕に構わなかった。
けれど最近は、少し様子が変わった気がする。
今朝も、また前より頻繁に彼女の姿を目にしていた。
頬が少し赤い。
室内が暑すぎるのだろうか。
「まことに申し訳ありません。
このような時に太医をお煩わせしてしまいまして。
娘の具合はいかがでしょうか」
「吉帥くん、心配いらないよ。
ただ少し驚いただけで、体に異状はないからね」
僕は、 草尚書が目を見開いたまま入口にまっすぐ立ち尽くし、
そのあとすぐにまた冷ややかな目つきへ戻るのを見た。
「俺はこのあと屋敷へ戻って用事を片づけねばなりません。
娘のことは、引き続き賴太医にお願いいたします!」
僕は、賴太医が 草尚書の耳元へ近づき、
何かを尋ねているのを見た。
手にした茶杯を持ったまま、
僕はゆっくりと二人のそばへ移動した。
「禎家が蕭貴妃に白銀の国外私売を黙認していた件だ。
殿下自ら調査を命じられた。
西国公の 鄭橡贏殿からも、
すでに相当数の物証が提出されている。
本府でも全員を動かして調べているが……翼鷹殿下?」
「太医、このお茶は実にうまい。
遠雲様にも何服か持って行きたい!」
「翼鷹殿下、そのお心遣いはたいへん結構です。
臣があとでご用意いたします。」
草尚書は素早く一礼すると、
そのまま車のほうへ大股で去っていった。
賴太医は軽やかに身を翻し、
白い絹の上衣がふわりと揺れる。
その姿は、薄青い雲のようだった。
僕には、母后が花茶を好まれるかどうかはわからない。
けれど、
僕はもう長いこと天礼寺へ母后を訪ねていなかった。
実は、僕はこのことを夢で見たことがある。
そして今、草尚書の口から直にそれを聞いたことで、
その夢が現実に近いものだったと、いっそう確かめられた。
この件は、どこか僕の手の届くところにある気がした。
もしかすると、今回訪ねれば、
母后の表情も、
雨雲が晴れたあとの陽だまりみたいにやわらぐのではないか。
僕は茶の香りを吸い込み、目を閉じた。
すると、まるで二年前の天礼寺、
客を通す仏間にいるような気分になった。
質素な装いの母后がそこにいて、
その金色の長い髪は、
午後の日差しが滝に降りそそぐように輝いていた。
「加護くん、煎茶を少し飲む?
御膳房から届けられたものよ」
「はい、母后!」
母后は淡い白の榻に正しく座っていた。
目の前の低い机には水紋紙が置かれていて、
母后は左手で右袖を軽くたくし上げる。
僕は、母后が墨筆を取って経を写す後ろ姿を見つめながら、
何度も迷った末に、ようやく口を開いた。
「母后、僕はもう大きくなりました。
妍妃が母后を陥れた件は、
烏台の莓御史大夫がすでに力を尽くしてくださり、
冤罪は晴れています。
あれから八年が経ち、今は先帝も崩御なさいました。
父帝もすべての経緯をご存じです。
今すぐ僕が父帝に申し上げれば、
母后はここを出て……」
母后は微笑みながら首を横に振り、それから静かに息を吸った。
次の瞬間、
その表情は重く引き締まり、まっすぐ僕を見た。
「此方はここを離れられません。
この一件で、
莓家にはもう二人の遺孤しか残っていないのです。
八年前のあの火事は、事故ではありませんでした……。
この件は、もう口にしてはなりません。
皇帝がこのことをご存じなら、
それだけで此方は十分です。」
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