第307話 暴食のヘドロ怪物と、オカン特製・深海の特大胃薬
うちらが投下した十万個の『浄化の泥団子』を次々と飲み込み、巨大なスライムのような姿となって海溝の底から浮上してきた、意思を持つ猛毒ヘドロの怪物。
そいつは、自分の家(海)を汚す存在に体当たりを仕掛けた白鯨の巨体を、ドス黒い強酸性の触手で絡め取り、海の底へと引きずり込もうとしとった。
「白鯨ちゃん!!」
うちは、深海用輸送艦の分厚いガラス窓にへばりつき、特大のサングラスの奥で目を血走らせた。
『……キュゥゥゥンッ……!』
白鯨の真っ白な皮膚が、強酸性のヘドロによってジュワジュワと焼け焦げ、悲痛な鳴き声が海中に響き渡る。
物理的な打撃が一切通じない、流体でできた大自然のゴミの集合体。
「くそっ! アタシらの大砲を撃っても、ただの泥の塊じゃあ、穴が開くだけで全く効かねえぞ!」
リコが、操舵桿を握りしめながら焦燥に顔を歪める。
「俺のシールドで突っ込んでも、船ごと酸で溶かされちまう! 姐さん、どうすりゃいいんだ!」
ザックが、窓枠をバンバンと殴りつけて叫んだ。
圧倒的な質量と、触れるものすべてを溶かす強酸のバケモノ。
だが、うちはパイプ椅子にどっかと座り込み、目を閉じてアイテムボックスの奥深くに意識を集中させた。
(……焦ったらアカン。掃除の基本は、どんなにデカい汚れでも絶対に『弱点』があるはずや。……泥団子を飲み込んで、何でもかんでも溶かして食う……?)
うちはカッと目を開き、ミナちゃんの方を振り返った。
「ミナちゃん! あのバケモノ、強烈な『酸性』なんやろ! 中に取り込んだ泥団子のバクテリアも、酸で溶かして消化しとるんか!」
「はいっ! 異常なまでの強酸性です! 文字通り、胃酸のように何でも溶かして……」
「それや!!」
うちはパイプ椅子をガシャンと蹴り飛ばし、立ち上がった。
「なんでもかんでも腹に詰め込んで、強い酸で無理やり溶かしとる。……あいつ、ただの『特大の暴飲暴食』による『胃酸過多』を起こしとるだけやないか! 胃もたれして暴れとるおっちゃんと同じや!」
「い、胃酸過多……!?」
ミナちゃんが、情報端末を抱きしめたまま目を丸くする。
「せや! 胃酸が出過ぎて苦しいんやったら、オカンの『特製・胃腸薬』で、そのドロドロの胃袋ごとスッキリ中和させたったらええねん!」
うちはアイテムボックスの奥深くに両腕を突っ込み、第七ドームの掃除でも大活躍した『特大の重曹』と、強烈な清涼感で炎症を抑える青色の『ハッカ味』、そして胃腸の働きを整えて回復させる黄色の『レモン味』の飴ちゃんを、限界まで大量に引っ張り出した。
「ええか、あんたら! 酸性を中和するにはアルカリ性の重曹や! それにハッカとレモンの魔力を混ぜて、バケモノの『胃のド真ん中』に直接ぶち込むで!」
「あははっ! オカン流の特大胃薬ってわけか! 最高にイカれてるぜ!」
リコが絶望の淵から一転、ニカッと悪びれた笑みを浮かべた。
「でも静江さん! どうやってあの巨大な怪物の『胃のド真ん中』に薬を届けるんですか!? 触れただけで溶かされてしまいます!」
ミナちゃんが、真っ赤な警告画面を見せながら叫ぶ。
「リコ! ザック! この船の『魚雷発射管』、生かしとるか!?」
「おうよ! 弾はねえが、発射機構はアタシがバッチリ整備してあるぜ!」
「よっしゃ! 弾ならおばちゃんが用意したるわ! ザックはプロペラシールドで、発射管から薬が漏れへんように押し込む準備しなはれ!」
「任せとけ!」
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うちは、アイテムボックスから、海底都市のスクラップ工場で拾っておいた『空のチタン製ドラム缶』を取り出した。
その中に、山ほどの重曹と、すりこぎで粉々に砕いたハッカ飴とレモン飴の粉末を、これでもかというほどギチギチに詰め込む。
「これで『超特大・オカン特製カプセル胃薬』の完成や! リコ、これを魚雷発射管に装填しなはれ!」
「了解だぜ!」
リコがクレーンアームを操作し、ズッシリと重いドラム缶を船の底にある発射管へと押し込んだ。
「ミナちゃん! あんたのセンサーで、あのバケモノの一番酸性がキツい場所……『胃袋のド真ん中(中心核)』を特定しなはれ!」
「はいっ! ……捉えました! 白鯨を巻き込んでいる触手の根元、あの赤黒く光っている部分が、怪物の中心核です!」
ミナちゃんが、コンソールの照準をピタリと合わせる。
「行くで! 白鯨ちゃん、ちょっとだけ我慢しいや! 胃薬、発射ァァァッ!!」
うちの号令と同時に、リコが発射ボタンを力強く叩き込み、ザックが左腕のプロペラを逆回転させて、発射管から特大のドラム缶を猛烈な勢いで海中へと押し出した!
ゴボボボォォォォッ!!
チタン製のドラム缶が、強酸性のヘドロの海を一直線に突き進み、白鯨を締め付けていた怪物の『中心核』めがけて、ズブゥッ! と深く突き刺さった。
『……ルォォォ……?』
怪物が、自分の体内に異物が入り込んだことに気づき、その強酸でドラム缶を溶かしにかかった。
チタンの装甲がシュワシュワと溶け、数秒後……ドラム缶の中にギチギチに詰め込まれていた『重曹』と『飴ちゃんの粉末』が、怪物の強酸性の体液と直接触れ合ったんや!
その瞬間。
ジュワアアアアァァァッ!!!!!
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「おおぉぉっ! 化学反応が始まったぜ!」
ザックが窓ガラスにへばりついて叫ぶ。
アルカリ性の重曹と、怪物の強酸が混ざり合ったことで、怪物の体内で爆発的な『炭酸ガス』が発生した。
さらに、ハッカの強烈な清涼感とレモンの回復魔力が、怪物のドロドロの執念(胃もたれ)を内側から猛烈な勢いで中和していく。
『ゴルルルルォォォォォッ!!?』
怪物の巨大なスライム状の身体が、内側から発生した膨大な炭酸ガスの泡によって、風船のようにパンパンに膨れ上がり始めた。
「よし! 胃薬がバッチリ効いとるで! そのままゲップして、腹の中の悪いもん全部吐き出しなはれ!!」
うちがメガホンで叫んだ、直後。
ボッッッッッゴォォォォォォンッ!!!!!
怪物の身体が炭酸ガスの膨張に耐えきれず、深海の底で、凄まじいゲップのような大爆発を起こしたんや!
衝撃波が海中を駆け抜け、うちらの輸送艦が木の葉のように激しく揺さぶられる。
だが、その爆発は、ただ怪物を吹き飛ばしただけやなかった。
「……静江さん! 見てください! 怪物の体内に取り込まれていた『十万個の泥団子』が、爆発の衝撃で粉々になって、海流に乗って一気に拡散しています!」
ミナちゃんが、情報端末のモニターを見て歓喜の悲鳴を上げた。
強酸が中和されたことで、泥団子の中に眠っていた『浄化バクテリア』が死滅することなく、怪物の爆発によって広大な死の海の隅々にまで、特大のシャワーのようにばら撒かれたんや。
「せや! バケモノの胃袋を『特大のバクテリア散布機』代わりに使わせてもろたんやわ!」
うちは、パイプ椅子から立ち上がり、誇らしげに特大トングを肩に担いだ。
シュワァァァァ……。
重曹とバクテリアが混ざり合った海流が、ドス黒いヘドロの海を、まるで漂白剤をこぼしたように、みるみるうちに浄化していく。
光の届かなかった死の海に、本来の透き通ったクリスタルブルーの色彩が、波紋のように広がっていった。
『……キュォォォォンッ!』
ヘドロの拘束から解放された白鯨が、綺麗になった海水を全身に浴びて、歓喜の鳴き声を上げながら海中を優雅に旋回し始めた。
その焼け焦げていた皮膚も、レモン飴の魔力が溶け込んだ海水のおかげで、すっかり真っ白な美しい姿を取り戻しとる。
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「……やった。アタシら、本当に……この死の海を、綺麗にしちまったんだ……!」
リコが、レンチを床に落とし、信じられないものを見るように綺麗な海を見つめて、ポロポロと涙を流す。
「ああ。俺たちスラムの連中が握った泥団子が、この星の海を救ったんだぜ……!」
ザックも、機械の左腕で顔を覆い、男泣きしとる。
「大自然のバケモノも、オカンの胃薬には勝てへんかったな!」
うちは、ヒョウ柄のポンチョを翻し、清浄な海を泳ぐ白鯨に向かって、ガハハと笑いながら大きく手を振った。
何百年もメガコーポが垂れ流し続けてきた、死の海のヘドロ。
そのすべてを、オカンの泥団子と特大の胃薬によって、完全に見事に洗い流したうちら一行。
海底都市編の最大の目標であった『海の浄化(再生)』は、こうして泥臭くも圧倒的な大成功を収めたんや。
何百年もメガコーポが垂れ流し続けてきた、死の海のヘドロ。 そのすべてを、オカンの泥団子と特大の胃薬によって、完全に見事に洗い流したうちら一行。
ドス黒かった海は本来のクリスタルブルーの輝きを取り戻し、白鯨が気持ちよさそうに海中を泳ぎ回っとる。 海底都市編の最大の目標であった『海の浄化』は、こうして泥臭くも圧倒的な大成功を収めたかに見えた。
……だが。
歓喜に沸く輸送艦の甲板で、うちは綺麗になった海面をジッと見つめ、特大のサングラスを押し上げた。
「……なぁ、ミナちゃん。水は綺麗になったんやけど……なんか、物足りへんな」
メガコーポが散らかしたゴミを片付けるだけでは、オカンの大掃除は終わらない。 『美味しいお刺身を食べる』というオカンの強欲な目標を達成するため、泥臭いエコ・ミッションは、大自然の『命の再生』というさらなる未知の領域へと足を踏み入れていくんや!




