第305話 特大フィルターの残骸回収と、オカン流・深海のゴミ分別
上層のエリートたちと下層のスラムの住人たちが、種族や階級の壁を完全に越えて泥だらけになりながら作り上げた、十万個に及ぶ『特大・浄化泥団子』。
第七ドームの広場にズラリと並べられたその黒々とした泥団子たちは、乾燥してカチカチに固まり、内側に浄化のバクテリアをしっかりと定着させるための『おやすみ(発酵)タイム』に入っとった。
泥遊びの熱狂が一段落し、広場には心地よい疲労感と達成感が漂っている。
「……ふぅ。これで泥団子の仕込みは完了やな。あとは風通しのええとこで、表面が白っぽくなるまでしっかり乾燥させるだけや」
うちは、ヒョウ柄のタオルで額の汗と泥を拭い、広場を見渡して満足げに頷いた。
「へへっ、アタシらの手で作った泥団子が、あの死の海を綺麗にする兵器になるなんてな。早く海にぶち込んでやりてえぜ!」
油と泥にまみれた顔で、リコが巨大レンチを肩に担ぎながら機嫌よく笑う。
「俺たちスラムの連中と、上層のエリートたちが一緒に泥遊びをする日が来るなんてな。……オカンの号令一つで、この街の常識は完全にひっくり返っちまったよ」
新しいプロペラシールドの左腕の泥を拭いながら、スラムの顔役であるザックも、どこか誇らしげな笑顔を見せた。
情報端末を胸に抱いたミナちゃんも、乾燥していく泥団子のデータをスキャンしながら、ホッと胸を撫で下ろしとる。
「静江さん。泥団子の水分量と発酵の数値は完璧です。明日の朝には、強固な浄化カプセルとして海に投下できる状態になるはずです」
「よっしゃ、ミナちゃんのお墨付きが出たなら安心や! ……せやけどな、みんな」
うちは、パイプ椅子から立ち上がり、特大のゴミ拾いトングを肩に担ぎ直した。
そして、ドームの窓の向こうで渦巻いている、ドス黒い『死の海』の方角を、特大のサングラス越しに鋭く睨みつけた。
「泥団子が乾くまでの間、のんびりお茶飲んでる暇はあらへんで。うちらには、海を浄化する前にもう一つ、絶対にやらなアカン『お片付け』が残っとるんやわ!」
「お片付け……? まだどこか、掃除するところがあるんですか?」
ミナちゃんが不思議そうに首を傾げる。
「当たり前や! あんたら、深海の底で大爆発した『特大フィルターの残骸』を忘れたんか!」
うちの言葉に、リコとザックがハッとして顔を見合わせた。
「あいつは目詰まりを起こして破裂したまま、海の底に散らかしっぱなしになっとる! 掃除の途中で出たゴミをそのまま放置するなんて、オカンの名折れや! 泥団子を撒く前に、あそこに詰まっとるゴミを全部引き揚げて、きっちり『分別』したるでぇぇッ!」
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うちらは再び深海用輸送艦に乗り込み、フィルターが破裂したポイントへと向かった。
輸送艦の強力なウインチとアームを使って、海底に沈んでいた巨大フィルターの残骸を引き揚げ、甲板の上にドサァァッ! と乗せる。
だが、その引き揚げられた残骸を見て、みんなの顔色が一気に曇った。
「……うわぁ、こりゃひどいぜ。金網は酸でボロボロに溶けちまってるし、何よりこのまとわりついてる黒い塊……」
リコが鼻をつまみ、顔をしかめる。
破裂した金網の残骸には、炭や牡蠣殻の破片とともに、メガコーポが長年垂れ流してきた魔力廃液、重金属の削りカス、そして劣化した魔力樹脂が複雑に絡み合った、ドス黒くて異臭を放つ『産業廃棄物の山』がベッタリとこびりついて固まっとった。
触れただけで火傷しそうなほどの、致死レベルの毒性の塊や。
「……静江さん。このまま放置すれば、また海流に乗って毒が散らばってしまいます。……でも、これを人間の手で片付けるのは危険すぎます」
ミナちゃんが、情報端末の真っ赤なアラート画面を見つめながら、不安そうに声を上げる。
ザックも、忌々しそうにその猛毒の塊を睨みつけた。
「……危険だからって、また海にポイ捨てするわけにはいかねえしな。だが、あの猛毒の塊を生身で触れば、一瞬で皮膚が溶けちまうぞ。どうやって片付けるんだ?」
仲間たちが、その危険すぎる特大のゴミを前に途方に暮れる。
……やけど。
「危険やからって、また海に放置するわけにはいかんやろ! リコ! ザック! あんたらのジャンク屋の腕の見せ所や! ここからがオカン流・特大の『ゴミ分別作戦』やで!」
うちはパイプ椅子をガシャンと広げてその上に立ち、アイテムボックスの奥深くに両腕を突っ込んだ。
「……ゴミ分別作戦?」
ミナちゃんが不思議そうに目を丸くする。
「せや! ええか、あんたら! このゴミの山は、全部が全部使えへん猛毒っちゅうわけやないんや!」
うちは、第七ドームの掃除で使って余っていた大量の『重曹』と特大の『クエン酸』の袋、そして大和郷から持ち込んでいた『特大の金タライ』と『丈夫なスコップ』を、甲板の上にドサドサッと引っ張り出した。
「メガコーポの工場から出た重金属や魔力樹脂の中には、しっかり洗って毒を抜けば、『資源』として再利用できるお宝がぎょうさん混ざっとるはずや! ゴミと思うて諦めるから絶望するんや! 分別すれば宝の山やで!」
「資源……!? 確かに、メガコーポの排液なら、スラムじゃ絶対にお目にかかれないような高純度のレアメタルが混ざってる可能性は高いぜ! でも姐さん、あのドロドロの猛毒の中から、どうやってそれを見つけ出すんだよ!」
リコが巨大レンチを拾い上げ、興味と疑問が入り混じった声で尋ねる。
「だから分別するんや! リコ! この輸送艦に積んであるクレーンと廃材を使って、砂利を分けるための『特大のフルイ(網)』と、金属を引き寄せる『強力な電磁石』を即席で組みなはれ!」
「おうよ! アタシのジャンク魂が疼くぜ! どんなゴミの山からでも、お宝だけを引っ張り出す最高のシステムを、五分で組み上げてやる!」
リコの目に「お宝を狙うハイエナ」のようなギラギラとした光が戻った。
彼女はすぐさま工具箱を開け、火花を散らしながら作業を開始した。
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リコが凄まじい手際で、輸送艦の巨大なクレーンアームに特大の金網を吊るし、動力部から配線を引っ張って、廃材の鉄板を改造した強力な電磁石パネルを完成させた。
「ミナちゃんは、端末のセンサーで『使える資源』と『絶対に使えへん猛毒のカス』を数値で的確に判別して、うちらに指示を出しなはれ! 頭脳労働はエリートのあんたの十八番やろ!」
「は, はいっ! センサーの感度を最大に引き上げて、物質の分子構造を解析します!」
ミナちゃんも、情報端末のコンソールに向かい、真剣な眼差しでキーボードを叩き始めた。
「ザック! あんたは力仕事や! 防護服着て、スコップでこのゴミの山をフルイにガンガン放り込みなはれ!」
「任せとけ! スラムで泥水すすって培った腕力、存分に見せてやるぜ!」
ザックが分厚い防護服に身を包み、特大のスコップを両手で握りしめて気合を入れる。
うちらの泥臭い、けれど完璧に適材適所で役割分担された『深海のゴミ分別作業』が、ついにスタートした。
ザックが巨大なスコップで引き揚げたヘドロの塊を、特大のフルイの上に次々と放り込んでいく。
リコがクレーンを小刻みに揺らすと、細かい泥や液状の猛毒がフルイの下へと落ち、網の上にはゴツゴツとした固形物が残される。
「静江さん! 網から落ちた液状のヘドロの中にも、強酸性の毒素と微細なレアメタルが混ざっています!」
ミナちゃんが、センサーの数値を読み上げて指示を飛ばす。
「よっしゃ、任せとき!」
フルイから下に落ちたドロドロのヘドロに向かって、うちはすかさず、重曹とクエン酸を混ぜ合わせた『特製発泡ペースト』を、親の仇のようにぶち込んだ。
「そーれ! 毒素の強いヘドロは、酸とアルカリで一気に中和して毒抜きや!」
ジュワアアアァァァッ!!!
シュワシュワと激しく泡立つヘドロ。
酸性とアルカリ性が強烈な化学反応を起こし、猛毒の悪臭を炭酸ガスの泡で包み込んで無害化していく。
その泡立つヘドロの底から、ミナちゃんの情報端末がピィィッと反応を示した。
「静江さん! その泡の下に、高純度の魔力樹脂の塊が沈殿しています! それは洗浄すれば、強力なエネルギー源として再利用できます!」
「よっしゃ、回収や!」
うちは特大のゴミ拾いトングを泡の中に突っ込み、ヘドロの中からドス黒い石のような塊(魔力樹脂)をガシィッと掴み出して、用意したタライの中にポイポイと放り込んでいった。
そして、今度はフルイの上に残った巨大なガラクタの番や。
「リコ! 次は電磁石の出番や! 網の上に残った大きなゴミに、磁石を当てなはれ!」
「おうよ! 吸い付けェェッ!」
リコが強力な電磁石パネルを起動させると、網の上の猛毒にまみれたガラクタの中から、サビだらけの歯車や、メガコーポが使い捨てた無数の機械部品が、ガシャンッ! と凄まじい音を立てて磁石に吸い寄せられた。
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「すごいぜ姐さん! これ、全部チタンや超硬合金のレアメタルだ! 洗って溶かせば、海底都市のインフラを直すための最高の修理パーツになるぞ!」
リコが、磁石に張り付いた金属の山を見て、興奮の声を上げる。
それらは、メガコーポにとってはただの「産業廃棄物」やったかもしれん。やけど、スラムで生きてきたうちらからすれば、喉から手が出るほど欲しかった宝の山や。
「せやろ! ゴミやと思うて見捨てたらあかん! しっかり分別すれば、大半は次の命(資源)に生まれ変わるんやわ! どんどんフルイにかけるで!」
「おう! オカンの教え、身に染みるぜ!」
ザックが汗だくになりながら、休むことなくスコップでゴミを放り込み続ける。
リコのクレーン操作と電磁石が、金属とそれ以外を完璧に振り分け、ミナちゃんのセンサーが成分を特定する。
そして、うちの重曹とクエン酸のコンボが、こびりついた毒素をシュワシュワと音を立てて無害化していく。
数時間後。
山のように積まれていた最悪のゴミの塊は、オカン・ユニオンの徹底した分別作業によって完全に姿を消した。
輸送艦の甲板の上には、ピカピカに洗われて山積みになった『レアメタルと機械部品』のタライと、エネルギー源として再利用できる『浄化済みの魔力樹脂』が整然と並べられとった。
太陽の光の代わりに、艦内の照明を反射してキラキラと輝くその資源の山は、うちらの汗と泥臭い努力の結晶やった。
そして、最後に残ったのは、どうしても再利用できない、純粋な『猛毒のカス』が詰まった小さなドラム缶一つだけやった。
「……ふぅ。えらい手間やったけど、これで散らかしたフィルターのゴミも、スッキリ片付いたな」
うちは、ヒョウ柄のタオルで額の汗を拭い、綺麗に分別された資源の山を見てニカッと笑った。
「静江さん、この残った猛毒のカスが入ったドラム缶は、どうしますか?」
ミナちゃんが、厳重に密閉されたドラム缶を指差して尋ねてくる。
「これはな、後でメガコーポの上層の連中に『着払い』で送りつけたるための、大事な証拠品(クレームの品)や! 輸送艦の奥にしっかり保管しときなはれ!」
「あははっ! オカンの着払い、また上層の連中が泡吹いて倒れるぜ!」
リコが巨大レンチを肩に担ぎ、腹を抱えて大笑いする。
特大フィルターの破裂という絶望的な失敗を、ただ嘆くのではなく、オカン流の『資源の分別』という逆転の発想で見事な大勝利(お宝発掘)へと変えたうちら一行。
明日には泥団子も完全に乾き上がる。死の海の真の浄化に向けた大作戦は、いよいよここから本格的な最終フェーズ(種まき)へと突き進んでいくんや!




