第302話 死の海の白鯨と、オカン流・深海のアカスリ大作戦
メガコーポの親玉である真のCEOに『特大の定期購入契約』をサインさせ、海底都市『アクア・エデン』の内部をピカピカのホワイト企業にリフォームしたうちら一行。
やけど、うちらの『大掃除』はこれで終わりやあらへんかった。
都市を覆う巨大なドームの外側に広がる、何百年分もの不法投棄と工業排水で真っ黒に染まった『死の海』。
おばちゃんは、この巨大なゴミ箱を放置して帰る気なんて一ミリもなかったんや。
「……静江さん。ドームの外壁ハッチのロックを解除し、輸送艦の準備が整いました。……ですが、本当に外の海へ出るのですか? 外の汚染濃度は、私たちの想像を絶していますよ」
ミナちゃんが、分厚い防護服に身を包み、情報端末の真っ赤な警告画面を見つめて震えとる。
「当たり前や! 部屋の中だけ綺麗にして、出たゴミを全部家の外にポイ捨てするような真似、オカンが絶対に許さへんわ! 美味しい魚が食えん海なんて、ただの巨大なドブ川やないか!」
うちは、深海ネイビーブルーのスカジャンの上に透明な防水ポンチョを羽織り、特大のゴミ拾いトングを肩に担いで、ドームのハッチの前にズンと立ちはだかった。
「おうよ! アタシたちスラムの連中も、今までドームの底で上からの汚水に苦しんできたんだ! 今度はアタシらの手で、この腐った海を綺麗にしてやるぜ!」
リコが、防水加工を施した巨大レンチを肩に担いでニカッと笑う。
「スラムの顔役として、この大仕事、逃げるわけにはいかねえからな。俺の新しいプロペラシールドも、海中の推進器として役に立つはずだ」
ザックも、新しい機械の左腕をガシャリと鳴らして頼もしく頷いた。
「よっしゃ! ほな、気合入れて行くでぇぇッ! ハッチ、開けなはれ!」
ミナちゃんがコンソールを操作すると、重々しい警告音とともに、ドームの外壁を隔てる巨大なハッチがゆっくりと開け放たれた。
ゴボボボォォォォッ!!
ハッチの向こう側に広がっていたのは、光の届かない漆黒の闇……やない。
ドス黒いヘドロと、得体の知れない産業廃棄物が雪のように舞い散る、文字通りの『死の海』やった。
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うちらは、CEOから借り受けた最新鋭の深海用輸送艦に乗り込み、そのヘドロの海へと出航した。
「……うっわ。船の窓から見ても、外が真っ黒で何も見えへんわ。これじゃあ、お魚さんらも息ができんくて当然やな」
うちは、輸送艦の分厚いガラス窓にへばりつき、特大のサングラス越しに外の惨状を睨みつけた。
「静江さん、水質データの解析が出ました。……これは酷い。メガコーポが長年垂れ流してきた『魔力廃液』が海水と混ざり合い、強烈な酸性のヘドロとなって海流を完全に止めてしまっています」
ミナちゃんが、青ざめた顔で報告してくる。
「酸性のヘドロか……。なら、スラムの換気扇や第七ドームでやったのと同じや! アルカリで中野して、フィルターで濾し取るしかないわな!」
うちがアイテムボックスの奥深くに両腕を突っ込もうとした、その時やった。
ドォォォォォォンッ!!!
突如として、輸送艦全体がひっくり返るほどの強烈な衝撃に襲われた。
「な、なんだ!? 暗礁にぶつかったのか!?」
ザックが、コンソールにしがみつきながら叫ぶ。
「違います! ソナーに巨大な生体反応! なにか、とてつもなく巨大な生き物が、この艦にぶつかってきました!」
ミナちゃんが、パニックになりながらモニターを指差す。
真っ黒なヘドロの向こう側から、輸送艦の窓ガラスに巨大な『眼球』がヌゥッと近づいてきたんや。
「……クジラ……? いや、ただのクジラやないな」
うちは、窓ガラス越しにその巨大な生物と目を合わせた。
それは、全長が輸送艦の何倍もある、巨大な深海魚……この星の海を古くから守ってきた伝承の存在、『あやかしの白鯨』やった。
だが、そのかつて美しかったであろう真っ白な身体は、ドス黒いヘドロにまみれてドロドロになり、皮膚のあちこちが酸性の海水で焼け爛れとる。
『……ギョオォォォォォォォォッ!!』
白鯨は、痛みに狂ったような悲痛な鳴き声を上げ、再び輸送艦にその巨体を叩きつけてこようとしとった。
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「マズいぜ姐さん! あんなデカブツに何度も体当たりされたら、この船の装甲が持たねえ!」
リコが巨大レンチを構え、焦燥に顔を歪める。
(……驚嘆すべき事態です。致死量の汚染度を誇る死の海で、いまだ生命活動を維持している神霊クラスの生物が存在していたとは。……しかし、すでに理性を失い暴走しています。このままでは、彼女たちも海の藻屑ですね)
艦の隅で、ポンコツのフリをしてうずくまっていたナポが、くすんだレンズの奥で冷徹にデータを明滅させとる。
「……アカン! アホみたいに暴れとるけど、あの子、怒ってるんやない! 身体中にヘドロがこびりついて、息ができんくてパニックになっとるだけやわ!」
うちはパイプ椅子から立ち上がり、特大のゴミ拾いトングを肩に担ぎ直した。
「ミナちゃん! ザック! この船の外部アームを操作して、うちらが外に出るための『足場』を作りなはれ!」
「外に出る!? 静江さん、いくらなんでもこの酸性の海に生身で出るなんて自殺行為です!」
ミナちゃんが悲鳴を上げる。
「生身で出るわけないやろ! ちゃんと『お風呂掃除の装備』で行くわ! リコ、あんたはうちと一緒についてきなはれ! あのデカいクジラのお肌、ピカピカに磨いたるで!」
うちはアイテムボックスの奥深くに両腕を突っ込み、前世からずっと愛用している、極厚の『お風呂掃除用ロングゴム手袋』と、特大の『ナイロンボディタオル』、そして怪我を治す黄色の『レモン味』の飴ちゃんを大量に取り出した。
「ええか! 皮膚にこびりついた酸性のヘドロを落とすには、たっぷりの泡とビタミンで優しくこすり洗いするんが一番や!」
「あははっ! 最高にイカれた作戦だな姐さん! アタシもジャンク屋の意地を見せてやるぜ!」
うちらは、防水スーツの上からゴム手袋を装着し、飴ちゃんをすり潰して水と混ぜた『特製・回復ボディシャンプー』の詰まったタンクを背負って、輸送艦の外壁ハッチへと向かった。
プシュゥゥゥッ……!
ハッチが開き、猛烈な水圧とドス黒いヘドロの濁流が押し寄せてくる。
「行くでェェッ!! オカン特製、深海のアカスリ大作戦や!!」
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うちは特大トングを船体の縁に引っ掛けて身体を固定し、暴れ狂う白鯨の巨大な鼻先めがけて、ナイロンボディタオルを構えて海中へとダイブした!
『ギョオォォォォッ!!』
白鯨が、自分の顔に近づいてくる不審な影に向かって、巨大な顎を開いて丸呑みにしようとしてきた。
「こら! 暴れたら目ぇに石鹸入るやろが! 大人しゅうしとき!」
うちは、トングの先端で白鯨の顎の下をガシィッ! と挟み込み、強引にその動きを止めた。
「今やリコ! 背中から一気に泡ぶっかけなはれ!」
「おうよ! 極上の泡風呂を味わいな!」
リコが船の外部アームに掴まりながら、背負っていたタンクのホースから、レモン飴の魔力が溶け込んだ『特製・回復ボディシャンプー』の泡を、白鯨の背中めがけて猛烈な勢いで放射した。
ジュワアアアアァァァッ!!!
レモン飴の強烈なビタミンと回復魔力が、白鯨の皮膚にこびりついていた酸性のヘドロと化学反応を起こし、真っ白な泡となって汚れをみるみるうちに浮かせていく。
「よし! 汚れが浮いたな! 仕上げはオカンの本気のアカスリやで!!」
うちはナイロンボディタオルを両手で力強く握り締め、不老不死の限界筋力を使って、白鯨の巨大な身体を端から端まで、ゴシゴシゴシッ!! と猛烈な勢いで磨き上げ始めた!
『……キュォォ……?』
最初は痛みに暴れていた白鯨が、次第にその動きをピタリと止めた。
酸性のヘドロが剥がれ落ちる爽快感と、レモン飴の癒やしの魔力、そして何より、オカンの絶妙な力加減の「アカスリ」の気持ちよさに、完全に毒気を抜かれてしもうたんや。
「……よしよし、ええ子や。やっぱり、お風呂で背中流してもらうんは、誰かて気持ちええもんやからな」
うちは、白鯨のつるんとした本来の真っ白な皮膚が姿を現すのを見て、満足げに汗(というか海水)を拭った。
『……クゥゥゥン……』
白鯨は、まるで巨大な子犬のように、うちのボディタオルにすりすりと顔を擦り付けとる。
「やりましたね、静江さん! 白鯨の生体データが、完全に正常値に戻りました!」
船内のモニター越しに、ミナちゃんが歓喜の声を上げる。
「へへっ! 姐さんの風呂掃除テクニックは、神様クラスの化け物にも効くってことだな!」
リコも、泡だらけになった手で親指を立てて笑う。
(……信じられません。一切のハッキングを行わず、物理的な『アカスリ』と『洗剤』という非論理的な手段だけで、暴走した大自然の神霊を手懐けてしまうとは。……彼女のオカン力は、いかなる兵器をも凌駕する最大のバグです)
輸送艦の奥で、ナポのレンズが、完全に予測を裏切られた驚愕に激しく明滅しとった。
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「……さて。お風呂でスッキリしたんはええけど、肝心の『お風呂の残り湯(死の海)』がまだドス黒いままやわな」
うちは、船内に戻ってゴム手袋を外し、周囲の濁った海水を睨みつけた。
「この海そのものを浄化せな、またすぐにこの子がヘドロまみれになってまうわ。……ミナちゃん、この海底都市の浄水システムのパイプ、一番太いやつはどこに繋がっとるんや?」
「はい! ドームの真下、地下の集水層に繋がっています。ですが、あのシステムのフィルターは、メガコーポのペースト工場専用に調整されているため、この濃度のアシッドヘドロを直接吸い込めば、一瞬で溶けて壊れてしまいます!」
ミナちゃんが、情報端末のデータを指差して首を横に振る。
「せやろな。機械のフィルターなんか、大自然のゴミの前じゃすぐ目詰まりするわ。……だったら、機械やのうて『大自然の特大フィルター』をうちらの手で作って、パイプの入り口に被せたらええんや!」
うちはパイプ椅子を広げてどっかと座り、ニヤリと極悪な笑みを浮かべた。
「大自然のフィルター……ですか?」
ザックが不思議そうに首を傾げる。
「せや! ザック、リコ! スラムの地下農園の奥に、コンポスト用に溜め込んどった『特大の炭』が山ほどあったやろ! それと、この海に沈んどる『牡蠣の殻』や! 牡蠣の殻はな、海水を自然に浄化する最高のアルカリフィルターなんやわ!」
前世のテレビの生活の知恵番組で見た、牡蠣殻による水質浄化の知識。
「なるほど! 炭の吸着効果と、牡蠣の殻のアルカリ成分で、ヘドロの毒素と酸性を完全に中和してから、メガコーポのシステムに流し込むんですね!」
ミナちゃんが、そのアナログの極致とも言える論理的な完璧さに、目を輝かせてパァッと顔を明るくした。
「おうよ! アタシらのジャンク技術で、その炭と牡蠣殻を詰めた特大の網を組んでやるぜ!」
リコとザックが、闘志を燃やして立ち上がる。
「よっしゃ! ほな、オカン・ユニオンの『特大・海洋お掃除プロジェクト』の本番やで! このドス黒い海を、ピカピカの青空みたいな海に漂白したるわ!!」
白鯨という最強の助っ人(お風呂仲間)を手に入れたおばちゃん一行。
メガコーポが散らかした最大のゴミ箱である「死の海」を、泥臭いアナログの知恵で完全に浄化するための怒涛の作業が、いよいよ本格的に幕を開けたんや!




