第299話 真の親玉の罠と、オカン流・元栓締めの特大失態
スラムの特大野菜と、エリートたちの最新技術を交換する『オカン・ユニオン特大経済圏』。
その歴史的な商談が見事に成立し、海底都市『アクア・エデン』の住民たちが階層の壁を越えて歓喜に沸いたのも、ほんの束の間やった。
「うおっ!? なんだこの赤い光は!」
巨大レンチを肩に担いでいたリコが、慌てて周囲を見回す。
突然、居住区の広場に設置されていた無数のホログラムモニターが、一斉にドス黒い赤色へと染まったんや。
ビーーッ! ビーーッ! という、鼓膜を直接劈くような耳障りな警報音が、都市全体に鳴り響き始めた。
「……静江さん! マズいです!」
ミナちゃんが、胸に抱きしめた情報端末の画面を血相を変えて叩きながら、震える声で叫んだ。
「先日、私たちが最上階の社長室で『コタツとみかん』で停止させたCEO……あれは、メガコーポが対外的な処理を行うために用意した、ただの『広報用アバターAI』に過ぎなかったようです!」
「なんやて!? ほな、本物の親玉はどこにおるんや!」
うちが特大のゴミ拾いトングを構えて尋ねると、ミナちゃんは震える指で海底都市のさらに奥深くに伸びる、巨大なパイプの集合体を指差した。
「この都市のすべての水圧と空気を管理する、最深部の『インフラコア』です! 真のCEOはそこに引きこもり、完全に独立した権限でこの都市の生死を握っています!」
『……その通り。よくぞ気づいたな、不純物ども』
広場のすべてのモニターに、ノイズ混じりの不気味なシルエットが浮かび上がった。
広報用アバターのような整った姿ではない、配線とチューブに繋がれたおぞましい影。
『私の完璧な都市を、泥と感情というバグで汚染した罪は重い。……お前たちの築いた経済圏など、ただのままごとに過ぎない。真の管理権限を持つ私が、この都市ごとすべてを水に沈め、綺麗に「洗浄」してやろう』
「都市を沈めるやて!? アホか、自分も海の底に沈むやろが!」
うちがメガホン越しに怒鳴りつけるが、真のCEOは狂気を含んだ声で冷酷に笑った。
『私のインフラコアだけは絶対防壁に守られている。……さぁ、溺れ死ぬがいい。水没プログラム、起動』
その宣告と同時に、ドームの壁の向こう側から、ゴゴゴゴゴ……という、地鳴りのような恐ろしい音が響き渡った。
「静江さん! 都市の外壁のハッチが次々と開放されています! 凄まじい水圧の海流が、居住区に向かって押し寄せてきます!」
「チッ! ほんまにやりやがった! リコ、ザック! みんなを高いところに避難させなはれ! ミナちゃんは、インフラコアへ案内や! そのバカな元栓、おばちゃんが直接閉めに行ったる!」
「おうよ! 任せな!」
「スラムの連中! エリートたちを誘導しろ! 走れッ!」
リコとザックが住民たちを誘導する中、うちはミナちゃんを小脇に抱え、インフラコアへと続く極太のパイプの上を猛スピードで駆け抜けた。
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インフラコアの内部は、都市のすべてを制御する無数のパイプとバルブが張り巡らされた、巨大な迷路のような空間やった。
だが、すでにここにも海水が流れ込み始め、足首まで水に浸かっとる。
「静江さん! メインの緊急遮断弁はあの奥です! あの黄色いカバーのついたバルブを閉めれば、ドームへの浸水を一時的に食い止められます!」
ミナちゃんが、水飛沫を浴びながら、情報端末のデータを頼りに必死に叫ぶ。
「黄色いカバーのバルブやな! よっしゃ、任せとき!」
うちは特大トングを肩に担ぎ、濁流をかき分けてズンズンと奥へ進んだ。
だが、目の前には黄色いカバーのバルブが『二つ』並んどったんや。
一つは右回りの矢印が、もう一つは左回りの矢印が書かれとる。
「……ん? どっちや? まぁええわ、右利きの人間が回しやすいんは大抵『右』って相場が決まっとるわな! オカンの勘や!」
うちは一切の迷いなく、右側の黄色いバルブを両手でガシィッと掴み、力任せにグルグルと回し切った。
「よし! 閉めたでぇぇッ!」
うちがドヤ顔で振り返った、その瞬間。
ドゴォォォォォンッ!!!
閉めたはずのバルブの根元から、さっきまでの何十倍もの恐ろしい水圧を持った濁流が、まるで大砲のように噴き出してきたんや!
「きゃああっ!?」
ミナちゃんが濁流に飲み込まれ、うちも凄まじい水圧で吹き飛ばされて壁に激突した。
「な、なんやて!? なんで水が強うなんねん!」
「し、静江さん! それは遮断弁じゃなくて、『パージ(強制排出)』のバルブですぅぅッ! 逆に水圧を限界まで引き上げてしまいました!」
ミナちゃんが水の中でぐるぐると回りながら悲痛な声を上げる。
痛恨の極み。オカンの長年の勘が、メガコーポの意地悪なシステム設計の前に見事に外れ、最悪の『大失態』を引き起こしてしもうたんや。
「や、やってしもうた……! おばちゃんのせいで、被害拡大や!」
うちは焦ってバルブを戻そうとするが、噴き出す水圧が強すぎて、とてもじゃないが近づけん。
水位はあっという間に上昇し、うちらの首元まで迫ってきた。
「ブクブクブクッ……! 息が……!」
ミナちゃんが、濁流に飲まれて水面下に姿を消しそうになる。
「ミナちゃん!」
うちはトングを放り出し、彼女の手を掴もうと水の中に飛び込んだ。
だが、その時。
「――オカン! 落ち込んでる暇はねえ! アタシらがなんとかしてやる!」
ザッバーーーンッ!!
水の中から飛び出してきたのは、息を止めて潜水していたリコとザックやった。
彼らは住民の避難を終え、うちらを追ってきてくれとったんや。
「ザック! アタシがこのレンチで、破裂した配管の隙間を一時的に歪めて水流の向きを変える! あんたはシールドで、ミナとオカンを水圧から守りな!」
「おうよ! 泥水すするのはスラムで慣れっこだぜ! スラムの顔役の根性、見せてやる!」
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ザックがプロペラシールドを全開で回転させ、凄まじい濁流を真っ向から受け止める。
ギリギィィィッ! という嫌な金属音が鳴り、ザックの顔が苦痛に歪むが、彼は一歩も退かへん。
そのザックの背中を足場にして、リコが巨大レンチを構えたまま水中にダイブし、噴き出すバルブの根元にレンチを噛ませて、力任せに配管をひん曲げた!
ゴボァァッ!
水流の向きが逸れ、うちの目の前に一筋の『進める道』が開いた。
「オカン! アタシらが作れる道はここまでだ! 後は頼んだぜ!」
リコが息継ぎのために水面に顔を出し、大声で叫ぶ。
うちは、仲間の泥臭い連携によって作られた「一瞬のチャンス」を無駄にするわけにはいかんと、深く息を吸い込んだ。
「姐さん! 水圧がキツくて、あそこまでは普通じゃ泳げねえぞ!」
「普通に泳がんでも、気合と根性で進むんや!」
うちは、アイテムボックスの奥深くに手を突っ込み、体力を限界突破させる赤色の『イチゴ味』の飴ちゃんを取り出し、自分の口に放り込んだ。
ガリッ! と噛み砕いた瞬間、不老不死の肉体に爆発的なエネルギーが充満する。
「うおおおおぉぉぉぉッ!!」
うちは濁流を真っ向から受け止めながら、プールの底を歩くようにして、重たい厚底ブーツで一歩、また一歩とコンソールへと近づいていった。
『……警告。未登録の生体反応が、緊急遮断弁に接近中。防衛システム、起動』
真のCEOの無機質な声とともに、水中に隠されていた防衛用の水中ドローンが数機、銛を構えてうちに向かって突進してきた。
「邪魔くさいんじゃ、鉄クズどもがァァッ!!」
うちは特大のゴミ拾いトングを水中で大上段に構え、水の抵抗を完全に無視したフルスイングで、襲い来るドローンたちを次々とスクラップにして弾き飛ばした。
そして、ついにミナちゃんが指定した『左側の黄色いカバー』の前に到達する。
「今度こそ、間違いあらへんで!!」
うちは両手でバルブをガシィッと握りしめ、イチゴ飴の全エネルギーを込めて、力一杯に回し切った。
ゴォォォォンッ……!!
重々しい金属音が響き、ドーム内に響いていた水の噴出音が、ピタリと止んだ。
緊急遮断弁が完全に作動し、濁流が嘘のように静まり返ったんや。
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「……ぷはぁっ! や、やった……! 水が止まりました!」
ミナちゃんが水面に顔を出し、咳き込みながらも歓喜の声を上げる。
リコとザックも、肩で息をしながら水から上がり、濡れた顔でニカッと笑った。
「へへっ、どんなに無敵のオカンでも、たまには失敗するってこったな! その時はアタシらがカバーしてやるから、安心して暴れな!」
「おうよ! 家族の尻拭いをするのも、スラムの顔役の仕事だからな」
「……リコ、ザック。ミナちゃんも」
うちは、ずぶ濡れになった深海ネイビーブルーのスカジャンを絞りながら、彼らの頼もしい顔を見渡した。
無敵の魔法やチートやない。
おばちゃんの特大の失敗を、泥臭い仲間たちの連携と信頼でカバーし合う。これこそが、完璧なシステムには絶対に計算できない『オカン・ユニオンの絆』やった。
「せやな! あんたらの頼もしい背中、一生忘れへんで!」
うちは、水浸しのインフラコアで、高らかにガハハと笑い飛ばした。
真の親玉が仕掛けた水没の罠を、命懸けの連携で突破したうちら一行。
失敗を乗り越えてさらに絆を深めたオカンと仲間たちは、いよいよ、すべての元凶が引きこもる『インフラコアの最深部』へと、怒涛の反撃を開始しようとしとったんや!




