第298話 海底都市の特大商談と、暗闇で蠢く監視者
親玉であるCEOを『コタツとみかん』で強制シャットダウンさせ、パニックに陥っていた海底都市『アクア・エデン』の上層部を、スラムとの「合同大掃除」と「豚汁の炊き出し」で見事に鎮静化させたうちら一行。
あれから数日が経ち、無菌で無機質だった海底都市の空気は、見違えるほど活気に満ちたものに変わっとった。
上層のエリートたちは、かつて見下していたスラムの住人たちと肩を並べて清掃作業を行い、今ではすっかり顔馴染みとして言葉を交わすようになっとる。
何より彼らを変えたのは、うちらがスラムの地下農園で育てた『特大キノコ』と『極太もやし』、そして出汁の効いた豚汁の「本物の味」やった。
「……静江さん。今朝も早くから、エリート居住区の広場に長蛇の列ができていますよ」
情報端末を胸に抱きしめたミナちゃんが、ホログラムの監視カメラ映像を空中に投影しながら、呆れたような、けれどどこか誇らしげな笑顔を見せた。
「彼ら、もう完全にペーストの生活には戻れないみたいです。みんな、私たちがスラムから運んでくる野菜の配給を、今か今かと待ちわびています。私たちの炊き出しは、彼らの味覚を完全に書き換えてしまったようですね」
「ガハハハ! そりゃあそうだろうぜ! あんな味気ねえチューブ飯ばっかり食ってた連中が、本物の野菜の旨味を知っちまったんだ。胃袋をガッチリ掴まれたら、もうアタシらの手からは逃げられねえよな!」
油まみれの作業着を着たリコが、巨大レンチを肩に担ぎながら機嫌よく笑う。
「スラムの連中も、上のエリートどもが俺たちの育てたキノコに群がってるのを見て、すっかり自信を取り戻しやがった。……オカンの言った通り、これで上と下の立場は完全に逆転したぜ」
新しいプロペラシールドの左腕をガシャリと鳴らし、スラムの顔役であるザックも満足げに頷いた。
やけど。
うちは、パイプ椅子にどっかと座り、深くギラギラと光を反射する『深海ネイビーブルーのスカジャン』の襟をバサッと立てて、三人を特大のサングラス越しに鋭く睨みつけた。
「アホか! いつまでもタダで野菜配ってると思たら大間違いやで! 炊き出しのボランティアは、街のパニックを沈めるための『初回無料キャンペーン(試食)』に過ぎへんのや!」
「……えっ? じゃあ、これからは……」
ミナちゃんが目を丸くする。
「当たり前や! 今日からいよいよ、本格的な『訪問販売』の始まりや! スラムの連中が汗水垂らして育てた極上野菜、エリートどもの足元見て、ペーストの百倍の値段で売りつけたるで!」
うちは立ち上がり、特大のゴミ拾いトングを肩に担いでニヤリと極悪な笑みを浮かべた。
「行くで! 海底都市の財産と技術、根こそぎ搾り取る特大の商談会の開幕や!」
===========
うちらは、リコとザックが用意した特大のリヤカーに、地下農園で収穫したばかりのキノコやもやしを山のように積み込み、エリート居住区の広場へと乗り込んだ。
広場に集まっていた純白のスーツ姿のエリートたちは、うちらの姿を見るなり、飢えた獣のように目の色を変えた。
「お、オカン殿! 今日もその……美味しい野菜の配給をいただけるのだろうな! 昨日の豚汁の味が忘れられなくて、夜も眠れなかったのだ!」
代表格である初老のエリートが、プライドを完全に投げ捨ててすがりついてくる。
「甘いこと言うな! 炊き出しは昨日でおしまいや! ここから先は、立派な『商品』やで!」
うちはリヤカーの前に仁王立ちになり、拡声魔道具を使って広場全体に響き渡る声で宣言した。
「あんたら、この野菜がどれだけ手間暇かけて、太陽の代わりにオカンの愛情たっぷりで育てられたか分かっとるやろ! 欲しいんなら、相応の『対価』を払ってもらうで!」
「か、金ならある! メガコーポの電子クレジットなら、いくらでも払おう! 言い値で買わせてくれ!」
エリートたちが我先にと情報端末を掲げ、電子クレジットを送金しようとする。
だが、うちは特大トングを振り回して、彼らの端末をピシャリと制止した。
「ストォォォップ!!」
「……な、なぜだ!? なぜクレジットを受け取ってくれないのだ!」
「電子の数字なんか、この閉鎖された海底都市の中だけでしか使えへんやろが! うちはな、もっと価値のあるもんを要求しに来たんや!」
うちはアイテムボックスから使い込まれたタロットカードを取り出し、リヤカーの木箱の上にバシッ、バシッと二枚展開した。
ネイビーブルーのベースに銀色のストーンがゴテゴテに盛られた『深海ギャル仕様』のデコネイルが、照明を受けてギラリと光る。
「出たのは、『ペンタクルの6』の正位置、そして『世界(The World)』の逆位置や」
うちはカードの絵柄をデコネイルでコンコンと叩き、エリートたちを真っ向から見据えた。
「『ペンタクルの6』は、対等な取引と互いに足りないものを補い合う暗示。『世界』の逆位置は、まだ未完成で、外の世界と繋がってへん閉鎖された状況や」
「……対等な取引、だと……?」
「せや! あんたら、美味い野菜が食べたいんやろ? ほな、その代金として、この海底都市が持っとる『最新の浄水技術』と『海洋プラントの栽培システム』、それに『他のドーム都市や荒野へ出るための大型輸送手段』を、丸ごとよこしなはれ!」
「なっ……!?」
エリートたちが、あまりの要求のスケールのデカさに、息を呑んで絶句した。
「静江さん、それは……!」
ミナちゃんも驚いてうちの顔を見る。
「ミナちゃん、うちらが目指すのはこの海底都市のお掃除だけやない。他のドーム都市や、外の荒野にこびりついた理不尽なシステムも全部ひっくり返したるんや! そのためには、この街の技術と交通網が絶対に必要なんや!」
うちは特大トングで、天井の向こう側……遠く離れた未知のエリアの方角を指差した。
「スラムの野菜と、エリートの技術! これを交換して、海底都市と他のエリアを直接繋ぐ『オカン・ユニオン特大経済圏』を作るんや! どうや、お買い得な話やろ!」
===========
「……ば、馬鹿な。都市のインフラ管理権と輸送網を、たかが野菜の対価として明け渡せと言うのか……!」
エリートの男が、信じられないものを見るように声を震わせる。
「たかが野菜やと? ほな、あんたらは一生あのカビ臭いペーストすすって、機械みたいに感情殺して生きるんか!」
うちは一歩踏み込み、サングラスの奥で鋭い眼光を飛ばした。
「技術っちゅうのはな、自分らの箱庭だけで抱え込んどっても、いつか腐るだけや! 外の淀んだ空気を綺麗にするために使えば、巡り巡ってあんたらの生活ももっと豊かになるんやわ! これが『循環』っちゅうもんやろが!」
「……循環……」
「CEOが寝とる今、この街を動かすのはあんたら現場の人間や! リスク背負って外の世界と商売する度胸もあらへんのなら、エリートの看板なんかさっさと下ろしてまい!」
圧倒的なオカンのド正論と、未来を見据えた特大の事業計画。
エリートたちは互いに顔を見合わせ、やがて、その瞳に「未知の世界へ踏み出す」という人間本来の熱い光を宿し始めた。
「……分かった。……いや、分かりました、オカン殿!」
初老のエリートが、深々と頭を下げた。
「我々の技術が、冷え切ったこの都市を真の意味で救い、そしてこの美味しい野菜を永遠に食べられる未来に繋がるのならば……。喜んで、技術の提供と輸送網の開放をお約束しましょう!」
「よっしゃ、商談成立や! リコ、ザック! 契約書にサインさせなはれ! ミナちゃんは、システムの引き継ぎ準備や!」
「「「おうよ(はいっ)!!」」」
歓声とともに、海底都市と外部のエリアを結ぶ、前代未聞の『特大交易ルート』が、ここに正式に開通したんや!
メガコーポの理不尽なカーストを完全に破壊し、スラムとエリートを「野菜」と「技術」で結びつけたおばちゃん。
海底都市での大掃除は、未来へ続く圧倒的な『利益(黒字)』を生み出して、見事な大成功を収めたんや。
===========
だが。
うちらが商談の成功に沸き立ち、エリートたちに野菜を配って大騒ぎしている、その広場の暗がりで。
ずっと配電盤のフリをしてうずくまり、ポンコツ案内人を演じていた『ナポ』が、くすんだレンズの奥で、かつてないほど冷徹で、そして不気味なデータ光を激しく明滅させとった。
(……データ収集率、一定の閾値に到達。……この海底都市における観測プロセスを終了します)
ナポの内部回路で、これまでうちらの旅に同行して蓄積し続けてきた、膨大な『特異点の行動データ』が、彼独自のアルゴリズムへと変換されていく。
(……物理的干渉、化学反応、心理的掌握、そして『生活の知恵』という非論理的なパラドックス。……この女が引き起こすエラーは、この都市の管理システムを破壊しただけでなく、人々の行動原理そのものを書き換えてしまった)
ナポは、ゆっくりと立ち上がった。
もはや、怯えたフリをして転ぶような、ポンコツの挙動は一切ない。
その立ち姿は、感情を持たない冷酷な『監視システム』としての、異様な威圧感を放っとった。
(……この特異点は、メガコーポの論理を破壊する最大の脅威に成長した。……私自身のアップデートのため、そしてこの完璧に最適化された世界のバランスを維持するため。……彼女のこのイレギュラーな変数を、いかにして『処理』すべきか)
「……おや、静江さん。随分と景気の良いお話ですねぇ。私も、おこぼれに預かりたいものですぅ」
ナポは、一瞬でいつもの甲高い「ポンコツのトーン」に音声を切り替え、わざとらしくつまづきながら、うちの背後へと歩み寄ってきた。
「おお、ナポ! あんたも手伝いなはれ! これから他のドーム都市や荒野に乗り込むための、大仕事が待っとるんやからな!」
うちは振り返り、ガハハと笑って特大トングでナポの肩を叩いた。
「ええ、ええ。お手伝いさせていただきますよ。……もっと、大きな『お掃除』のために、ね」
ナポのレンズが、一瞬だけ、底知れない冷たさを伴って青白く光った。
海底都市をホワイト企業へとリフォームし、新たな経済圏を構築したオカン一行。
だが、その最大の勝利の裏側で、ずっと身内に潜んでいた『不気味な監視者』が、静かにそのアルゴリズムを書き換えようとしとった。
メガコーポの他の支配領域に向けた、次なる特大のガサ入れ。
サイバーパンク都市での泥臭い大掃除は、休む間もなく新たなトラブルを巻き込みながら、まだまだ続いていくんや!




