第296話 冷徹なる社長室と、オカン流・特大のお茶の間(コタツ)
無機質なサイバネ医療局の恐るべきドローン部隊を、オカン流の「プチプチ梱包」で優しく無力化したうちら一行。
メガコーポのすべてを牛耳る冷酷なCEOとの直接対決へ向けて、直通の昇降機に乗り込み、いよいよタワーの最上階へと向かっとった。
「……静江さん。このエレベーターが止まる先が、本当にこの都市を管理するすべての中枢です。……想像を絶する防衛システムが待っているはずです」
ミナちゃんが、情報端末を胸に固く抱きしめ、青ざめた顔で震える声を絞り出す。
彼女はかつてこのタワーの中層で働いていたエリートやからこそ、最上階のCEOという存在がいかに絶対的で、恐ろしい存在であるかを誰よりも理解しとるんやろう。
「おう、どんな化け物が待っていようが、アタシのレンチとザックのシールドで道をこじ開けてやるぜ!」
リコが巨大レンチを肩に担ぎ、油にまみれた顔で獰猛な笑みを浮かべる。
「ああ。俺たちスラムの住人をゴミのように扱ってきた落とし前、きっちり払わせねえとな。オカン、あんたの背中は俺たちが死んでも守るぜ」
スラムの顔役であるザックも、プロペラシールドの左腕をガシャリと鳴らして頼もしく頷いた。
「ガハハ! 頼もしい家族やで! けどな、あんたら死ぬなんて簡単に言うたらアカン。うちらはただの『特級清掃業者(クレーム対応)』なんやから、しっかりお掃除して、全員で生きて帰って美味い飯食うのが鉄則や!」
うちは、深くギラギラと光を反射する『深海ネイビーブルーのスカジャン』の襟をバサッと立て、特大のゴミ拾いトングを肩に担いで、パンッと気合を入れるように両手を叩いた。
チンッ……。
やがて、昇降機が重々しい音を立てて停止し、分厚い黒鋼の扉が左右にゆっくりと開いた。
そこは、これまでのどの階層とも違う、異様で、そして圧倒的な空間やった。
広さはドーム球場ほどもあるのに、窓一つなく、ただ果てしなく続く「真っ白な虚無」の空間。壁も天井も床も、すべてが痛いほどの純白で統一されており、遠近感すら狂ってしまいそうなほどの無機質さや。
そして、その広大な部屋の中央にだけ、幾何学的なデータラインが青白く走り回る、宙に浮いたような巨大な玉座が鎮座しとった。
そこに座っていたのは、チリ一つない純白の高級スーツを着こなし、頭部の半分を流線型の魔導デバイスにサイボーグ化した、氷のように冷徹な男……メガコーポのCEOや。
『……よくぞここまで来たな、下層のエラー分子ども。私がこのドーム都市のすべてを統括する中央システムにして、完全なる秩序の体現者だ』
CEOが、感情の欠片もない冷酷な視線でうちらを見下ろした。
その声には、怒りも焦りも、一切の感情の揺らぎがない。ただ、自分の完璧なチェス盤の上に現れた不快なゴミを、機械的に処理しようとする絶対的な支配者の威圧感だけが満ちていた。
空間全体を重圧が支配し、ミナちゃんやリコ、ザックが息を呑んで足を踏み止まる。
「完全なる秩序やて? アホか! 人間を数字とマニュアルで縛り付けて、感情を切り捨てるような会社が、何が秩序やねん! ただの息の詰まるブラック企業やないか!」
うちは一歩も退かず、特大トングを突きつけてCEOを真っ向から睨みつけた。
『……理解不能なノイズだ。人間とは、放っておけば己の欲で争い、環境を汚染し、自滅する欠陥品に過ぎない。だからこそ、私がすべての確率を計算し、最適な役割(部品)を与えて管理してやっているのだ。……この完全な社会を破壊しようとする貴様らこそが、人類の敵だ』
CEOが指先で玉座のコンソールを軽く叩くと、部屋全体の空間がグニャリと歪み、青白い光のグリッド線が張り巡らされた。
「御託はたくさんだ! テメェのそのすまし顔、アタシのレンチで叩き割ってやる!」
「俺も行くぜ! スラムの怒りを思い知れッ!」
リコとザックが同時に地を蹴り、巨大レンチとプロペラシールドを振りかぶってCEOの玉座へと猛スピードで突進した。
ガキィィィンッ!!!
だが、二人の渾身の一撃は、CEOの数メートル手前に展開された透明な『空間断層シールド』に激突し、凄まじい反発力で後方へと弾き飛ばされてしもうた。
「ぐはぁっ!」
「きゃああっ!」
二人が真っ白な床を転がり、激しく咳き込む。
『無駄だ。この玉座を守るシールドは、私の演算システムによって敵対的ベクトルを感知し、あらゆる物理的・魔力的エネルギーを完全に相殺する。……計算上、貴様らが私に触れる確率は、ゼロパーセントだ』
CEOが、見下すような声で宣告する。
ミナちゃんが情報端末を操作しようとするが、「ダメです、システムの暗号化が高度すぎて、外部からのハッキングは一切受け付けません!」と絶望的な悲鳴を上げた。
どんな攻撃も通じない、絶対防御の壁。
だが、うちは大きくため息をつき、アイテムボックスからパイプ椅子を取り出した。
そして、真っ白な空間のド真ん中にガシャンと広げ、どっかと腰を下ろしたんや。
「……計算で全部弾き返すやて? ほんまに、頭でっかちの理屈っぽい親玉やな」
うちは、ネイビーブルーのベースに銀色のストーンが盛られた『深海ギャル仕様』のデコネイルを光らせながら、アイテムボックスから使い込まれたタロットカードを取り出した。
パイプ椅子の上で、シャッフルしたカードをバシッ、バシッと二枚展開する。
「し、静江さん!? 占っている場合じゃ……!」
「ミナちゃん、静かにしとき。おばちゃんの出張鑑定、ここが一番の見せ場やで」
出たのは、『皇帝(The Emperor)』の逆位置、そして『世界(The World)』の逆位置や。
「『皇帝』の逆位置は、独裁的で孤立した虚勢。そして『世界』の逆位置は、未完成で窮屈な枠組みの暗示やな」
うちはカードの絵柄をなぞり、玉座のCEOを特大のサングラス越しに鋭く睨みつけた。
「あんた、自分のこと完璧な神様やと思とるみたいやけどな。……そのシールド、要するに『自分を傷つけようとするモン(敵意)』しか計算してへんのやろ?」
『……何が言いたい』
「殺気立って向かっていくから、シールドが反応する。……やったら、敵意ゼロで、ただの日用品運ぶ業者になったらええだけのことや!」
うちはパイプ椅子から立ち上がり、アイテムボックスの奥深くに両腕を突っ込んだ。
「静江姐さん!? 一体何を出すつもりなんだ!」
ドサドサドサッ!!
うちが真っ白な床の上に取り出したのは、武器でも工具でもあらへん。
分厚い『コタツ布団』、巨大な『木の天板(コタツ板)』、そして電源いらずの『魔導ヒーター(掘りごたつ用)』や!
「リコ! ザック! うちについてきなはれ! 殺気はゼロや! ただ『家具を運ぶ引っ越し業者』のつもりで、完全にリラックスして歩くんやで!」
「ひぃぃ、私のようなポンコツがこんな最上階に……」と、ナポは部屋の隅の配電盤の陰で頭を抱えて震えとった。
「お、おう!? よく分からねえが、脱力すればいいんだな!」
うちは巨大なコタツ板を頭に乗せ、リコとザックに布団とヒーターを持たせて、鼻歌でも歌いながら、完全に無防備な歩みでCEOの玉座へと近づいていった。
肩の力を抜き、ただ「あー、今日の晩ご飯何にしよかなー」くらいのアホみたいなことだけを考えながら、ズンズンと歩みを進める。
『……エ、エラー! 対象者の接近を確認! だが、敵対ベクトル、ゼロ! 運動エネルギー、脅威度ゼロ! ……シールドの迎撃判定が、下りない……ッ!』
CEOがコンソールを激しく叩き、青白い顔に初めて明らかな焦りの色が浮かんだ。
システムは、うちらの「ただ家具を運んでいるだけの完全にリラックスした状態(オカン特有の圧倒的な生活感)」を攻撃とみなせず、シールドは全く起動せえへんかった。
うちらはそのまま、スゥッと空間断層をすり抜け、驚愕で固まるCEOの目の前まで到達したんや。
「ほら、そこどきなはれ! コタツ設置するで!」
うちは、CEOが座っている玉座のコンソールの上に、強引に魔導ヒーターとコタツ布団を被せ、一番上にコタツ板をドスン! と乗せた。
『な、何をする! 私の神聖なコンソールに、このような不衛生な布を……!』
「黙りなはれ! あんた、さっきから顔色悪いし、唇も真っ青やないか! 完璧な温度管理とか言うてるけど、こんな広い部屋で一人ぼっちでおったら、足元から冷え込んでくるに決まっとるわ!」
うちは、コタツ布団をバサッとめくり、CEOの機械化された両足を、強引にコタツの中へと突っ込ませた。
「冷えは万病の元や! ぬくぬくのコタツで、一回血流回して頭冷やし……いや、温めなはれ!」
『……っ!? な、なんだ、この……圧倒的な、熱は……!』
コタツに足を突っ込まれた瞬間、CEOの青白かった顔に、一気に赤みが差した。
魔導ヒーターの優しい温もりが、彼の冷え切っていたサイボーグボディの隅々にまで浸透し、ガチガチに張り詰めていた論理回路を、強引に『リラックスモード(副交感神経優位)』へと引きずり込んでいく。
「まだまだ! 仕上げや!」
うちはすり鉢を取り出し、精神を安定させるオレンジ色の『オレンジ味』と、体力を限界まで回復させる赤色の『イチゴ味』の飴ちゃんを粉々に砕いた。
それを、熱々に入れた『緑茶』の中にたっぷりと溶かし込み、特濃の『オカン特製・リラックス飴ちゃん茶』を完成させた。
湯気と共に、お茶の香ばしさと、柑橘とイチゴの甘い香りが、無機質だった部屋に充満していく。
「ほら、これ飲んでみかんでも食いなはれ! 難しい計算なんか忘れて、ボーッとする時間が、人間には一番大事なんや!」
うちは、熱々のお茶が入った湯呑みを、CEOの震える手に無理やり握らせた。
『こ、こんな非論理的な液体……飲むわけが……んぐっ』
CEOが払いのけようとしたが、コタツの温もりで完全に抵抗力を奪われていた彼は、無意識のうちにその甘いお茶を口に含んでしもうた。
ポンッ!
オレンジとイチゴの強烈な甘酸っぱさと、お茶のホッとする温かさが、彼の舌の上で弾ける。
『……あ……あぁ……』
CEOの手から、湯呑みがコトリと落ちて、コタツ板の上でお茶がこぼれた。
彼の目から、あの冷徹な機械の光が完全に消え去り、代わりに、人間の弱さと、何十年も忘れていた「温もりへの渇望」が溢れ出してきた。
『……私は……。この都市を守るために、自らの感情を切り捨て、すべてを数字に変えた。……傷つくのが怖くて、失敗するのが怖くて……ただ、一人で怯えて……この冷たい玉座に引きこもっていただけだったのか……』
完璧な支配者であったCEOの目から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
コタツの温かさと、おばちゃんの飴ちゃんが、彼を縛り付けていた「絶対的な秩序」という名の呪縛を、完全に溶かしきったんや。
「……気が済んだか。失敗を恐れて一人で震えてるくらいなら、下層の連中と一緒に、泥にまみれてやり直せばええねん。……みんな、あんたが思ってるより、ずっと逞しくて温かいで」
うちは特大トングを肩に担ぎ、コタツで泣き崩れるCEOの背中を、ポンと優しく叩いてやった。
「やりましたね、静江さん! CEOが……この街のシステムが、ついに完全に止まりました!」
ミナちゃんが、情報端末の赤い警告がすべて消え去ったのを見て、歓喜の涙を流して駆け寄ってくる。
「へへっ、どんな最新の防壁も、オカンの『コタツとみかん』には勝てねえってことだな!」
リコも、巨大レンチを放り出してガハハと笑い、ザックと力強くハイタッチを交わしとる。
「せや! 頭でっかちの計算なんか、家族の絆と生活の知恵の前ではただの薄っぺらい紙切れやわ!」
うちは彼らの肩を強く抱き寄せ、高らかに笑った。
すべてを計算式で管理しようとしたメガコーポの支配は、おばちゃんの圧倒的な「人情」と「コタツ」によって、ついに完全にシャットダウンされた。
ひとまずこの冷たい海底都市において、見事な一件落着を迎えたんや! ……やけど、星の運命を巻き込むオカンの大仕事は、まだまだ終わらへんで!
読んでくれてありがとうございます!
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